「あ! あいつは!」
人ごみの隙間、男の視線の先には、見覚えのある猫の獣人の少女。
髪をバッサリ切って、身なりも見違えるほど"まとも"になっているが、間違えない。盗まれた俺の"商品"――
なんだなんだ? 一人前に、男と一緒にいやがんのか?
獣人のくせに、けがらわしい。
床屋の前で、店から出てきたラプリィの頭を見、ヤクトミは目を丸くした。
ヤクトミ「そんな短くすんの? 大丈夫かよ?」
ラプリィ「ベリーショートって言うんだって。邪魔だったし、丁度いいわ。それより悪いわね、髪から服から揃えてもらっちゃって」
ヤクトミ「……別に頼まれてやったわけじゃねーし、あんたが気にする必要なんかねぇよ」
ラプリィはあっけらかんと笑った。
ラプリィ「思うわけないじゃん。あんたが勝手にやったんだから。 今の"悪いわね"は、ありがとって意味よ」
ヤクトミ「……あっそ……」
ふと、その傍若無人な様に、あの銀髪赤目の旧友が頭をよぎった。
ヤクトミ(……なんかこいつ……誰かを彷彿とさせるな……)
「ちょっとアンタ……」
声をかけられ振り返ると、そこには見知らぬ男。
ヤクトミ「はい?」
ラプリィ「……ラ、ライエル……」
「その女の彼氏さんかい? 止めた方がいいよ、その女」
「なんだコイツ」と訝しみつつ、どうやらラプリィを知る様子に、ヤクトミは相手をすることにした。
ヤクトミ「彼氏じゃないんスけど……」
真っ先にに食って掛かりそうなやつが、やけに大人しいじゃないか。不思議に思ったヤクトミはすぐ隣のラプリィに視線を落とした。
視線の先のラプリィは、今しがたとは打って変わり、顔はこわばり、呼吸が浅い。
ヤクトミは男に視線を戻した。
ヤクトミ「何か?」
男は笑った。
ライエル「私、ライエルという行商をしている者です。そいつは私のところから"物を盗んで"逃げた輩でしてね……」
ラプリィ(違……!)
反論したい、だが、恐怖に竦んだ喉からは息が通るだけで、声がでない。
ライエル「おまけにその女……獣人なんですよ」
わざとらしく強調した"獣人"という単語に、街ゆく人々が反応した。視線が、ラプリィの元へと続々と集まってくる。
好機と嫌悪が入り混じる周囲の空気を背中に感じ、ライエルは満足げに口角を釣り上げた。
ライエル「おっと、つい周りにも聞こえてしまいましたか……まあ、これ以上そんなのと一緒にいたら、あなたも……」
ヤクトミ「俺も獣人ですけど?」
あっけらかんと言ってのけるヤクトミは、次いで尻尾をパタパタと振った。
さらに周囲がざわめいた。
ライエル「え……!」
ヤクトミ「ついでに言うと、」
そうしてヤクトミは学生証を取り出した。
ヤクトミ「魔導師です」
瞬間、周囲の空気が安堵へと変わった。
顔を真っ青に、ライエルは尻もちをついた。
ライエル「あ……あの……」
ヤクトミ「獣人への差別発言は聞かなかったことにします。代わりに、もう二度と、この子の前に現れないでいただけますか」
ライエル「はははははいぃぃ!!!」
ライエルは慌てて逃げ去った。
残されたヤクトミとラプリィ。二人の間にしばらく沈黙が流れた。
ヤクトミ「……別に何も言わなくてもいいから」
あからさまに不機嫌そうに、ラプリィは頬を膨らませた。
ラプリィ「魔導師なら、獣人でも見方は180°変わるのね」
ヤクトミ(……そこ!? 助けたとこじゃなくて!? ……まあ……頼まれたわけじゃないか……)
小さく溜め息をつき、ヤクトミは答えた。
ヤクトミ「そうだな。そんなもんだよ」
ラプリィは手を握りしめてうつむいた。
ヤクトミはニヤリと笑った。
ヤクトミ「今はな」
どういうことかとラプリィはヤクトミを見上げた。
ヤクトミ「魔導師になって、トランプになって、功績あげて、獣人を世界に認めさせるのが、俺の目標だし、役目だと思ってる」
ラプリィはヤクトミを一瞬見つめ、そして目を離し、歩きだした。
ラプリィ「ずいぶん壮大な夢ね。何百年先になることやら」
やれやれ、とヤクトミは呆れた笑みを浮かべた。
ヤクトミ(どこまでもかわいくねー女だな)
ラプリィはまっすぐ前を見据えた。
そっか。
お金じゃなくて、自由になる方法、あった。
力だ。
ライエルの影にも、お金にも、負けない力、手に入れてやる!!
――― for the next stage(閑話) ―――
2009.10.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.6.4(改)