4.2.each friend prev next
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フィード「あーめんどくせぇ」
ヤクトミ「は?」
フィード「だって"コレ"、演習のたんびに書くんだろ?」
フィードはそう言って机の上の白い紙を顎で指した。

呆れたため息をついて、ヤクトミは自分の机の上の白い紙に向き直った。
ヤクトミ「……お前、俺ら今日が初演習なんだぞ。ハナからそんなんで、どーするよ」
フィードは机に突っ伏した。
フィード「何書きゃいーっつーんだよ」
ヤクトミ「オヤジさんいるつってたじゃねーか。オヤジさんに、……何か……メッセージとか……」
フィード「もう俺様のオヤジじゃねーんだよ。ここ(アカデミー)入るのに反対しててさ、入る代わりに縁切るっつわれて」
ヤクトミ「そのまま切ってきたのか」
フィード「切られてきたんだよ」
ヤクトミ「……でも、それまではお前のオヤジだったんだろ? その事実は変わりようがねーし、いいんじゃね?」

ヤクトミはフィードが父親から反対された理由は聞かなかった。
聞かなくても、今書かされている"コレ"で理由はわかった。

――遺書である。

フィード「……それもそうだなー……」
フィードはだるそうにペンを握り、机に向かった。


魔導師養成学校アカデミー第18演習場。
深い森の中にぽつんと開けた広い土地。太陽がさんさんと降り注ぎ、小鳥が戯れ、風が木々を撫で、穏やかで、静かな場所だった。

フィード「なるほど。初めて魔法使うやつらにはもってこいのとこだな」
それは、周りに何もないから何が起こっても大丈夫、という意味が込められていた。 ヤクトミ「……」
ヤクトミはしきりに後ろの5,6人の同期の集まりを気にしていた。その様子に、フィードはやれやれとため息をついた。
フィード「何だよ」
ヤクトミ「や……ここでも"やつら"、何か企んでんじゃねーかってさ……」
フィードは鼻で笑った。
フィード「キンチョーの初演習で、いくらなんでもそりゃありえねーだろ」
ヤクトミ「……そうだな」

パンパン! ――静粛に、と手をたたく音。
「はいはい! これから"爆炎魔法実践基礎"の演習始めるぞー。間違って来たやつ、遺書書き忘れたやつ、いないな?」
参加者は静まった。
「よし、俺は今日の演習の担当のジャイヴ・タイラーだ。マスター・ジャイヴ、またはジャイヴ先生、好きな方で呼べ。ただし、名前の方で呼んでくれよな。その方がお互い親近感が湧く。大事なことだ」
フィード「……よくしゃべるやつ」
フィードはジャイヴと目が合った。
ジャイヴ「"ヤツ"じゃない。"ジャイヴ先生"、だろ?」
フィードは舌打ちして視線をそらした。

ジャイブ「では、今から15分。体内に魔力をためる時間を作るから、よろしく! やり方わかんねーやつは基礎の基礎から出直しな。 15分後にまた来る」

そう一方的に言い放つと、ジャイブの姿はスッと中空に消えた。
ジャイヴの指示に従い、しばらく、生徒たちは各々瞑想し、魔力を体内にためていた。ヤクトミも木陰に座り、そうしていたが、ふと、目の前がかげったことに気が付いた。

ヤクトミが上を見上げると、さきほど自分が気にしていた同期たちが自分を囲うように立っていた。

「何でお前と同じ演習受けなきゃなんねーんだよ。てめーはさっさと外されろ」

すると、パン! とヤクトミの胸に何かを張り付けた。

ヤクトミ「なっ!? 何だよこの魔法陣サークル……」
そこには赤いインクで刷られた不思議な模様のステッカーが貼られていた。
「取り込んだ魔力を倍にする魔導師専用道具だと。これでオーバーパニックでも起こしな」

――オーバーパニック
自らの容量以上の魔力をとりこみすぎて、失神などを起こす症状

ヤクトミ「ぐっ」
ヤクトミは急激に胸が苦しくなった。


少し離れた場所で、ポツンと瞑想にふけっていたフィードは、友人のただならぬうめき声に、慌てて駆け付けた。

途中、同期の何人かとぶつかった。
フィード「いてっ!」

彼らは全員顔が真っ青で、ガタガタと震えていた。
「こ……こんなつもりじゃなかったんだ……」
フィード「は!?」

バキバキバキ……

突然、正面の木々が倒れ、鳥たちが一斉にはばたいた。

フィードは空を見上げた。

そこには、フィードの体など一口で平らげてしまえそうなほど巨大な白い狼が、牙をむいて見下ろしていた。


フィードは自分を見下ろすその金色の瞳に見覚えがあった。
フィード「え……ヤクトミ……?」
ヤクトミは樹齢数百年の大木のような太い前足を振り下ろした。

「うわぁ!」

一瞬にして、その場にいた全員が、4,5メートルほど遠くの木まで叩きつけられた。

フィードはよろりと起き上がった。
フィード「いっつ……おい! ヤクトミ! 何してんだよお前!」

獣化したヤクトミは耳まで裂けた巨大な口を少し開け、大量のよだれをボタボタと落とし、フィードと眼を合わせた。

その眼は――理性あるものの眼ではなかった。

フィードは、フッと内臓が浮くような、自分を自分の脳みその少し上から眺めるような感覚に襲われた。

手に、足に、のどに、力が入らない。

ヤクトミがその巨大な口を大きく開けた瞬間、強い光で目はくらみ、激しい爆音で耳はキーンという耳鳴りにより周囲の音が聞こえなくなった。

おびえフィード

ぼやっと正面に見えるのは自分の右手。
まっすぐ、正面にかざされている。

その先には、うつぶせに転がっている人型のヤクトミ。

よかった、何が起こったが、わかんないけど、あいつ、元に戻ったんだ!

しかし、こぼれかけた安堵の笑みは凍りついた。

ヤクトミの体の下から、濁流のように流れ出る赤い液体。

フィードは反射的に駆け寄った。

慌ててヤクトミをあお向けると、胸のあたりが黒く焼け焦げ、その中心から絶え間なく血があふれている。

木の陰に隠れていた傷だらけの同期の一人が言った。

「うわ……あいつ、友達に向けて"カラ魔法"うちやがったよ」

その言葉に、自分では全く何を言われているのか理解できなかったが、ボロボロと涙がこぼれ始めた。

フィードはわんわんと泣き叫んだ。


魔導師養成学校アカデミー 第8保健室

「いやー、相手が"あの"ヤクトミくんでよかったよ」
保険医が言った。
「獣人の頑丈な体に加えて、彼は獣人の中でも特別な家系の生まれでね。心臓が3つあるんだ。残り2個が無事だから、死なないよ。まあ、オーバーパニックの症状も特殊だったねー」

憔悴しきったフィード。

ただひたすら、遺書を書いていたヤクトミの横顔が頭から離れなかった。

あれは、誰にあてたものだったのだろう。

どんな思いで書いていたのだろう。

その人がこの事を知ったらなんて悲しむだろう。

次にフィードは自分の右腕を見た。

自分が死にたくないから、だから"とっさに"出たのか。
ああ、自分はなんて醜く、汚い人間なんだ。



―――俺様は  魔導師に向いていない ……―――



ふと、その右手にベッドから手が伸びた。

フィードはベッドの上の友人を見た。

ベッドの上の友人は息のかすれた、声とは言い難い声で、語りかけた。

ヤクトミ「ありがとな」

フィード「……なんで……礼なんか言うんだよ……」

ヤクトミは何言ってんだ、と笑った。
ヤクトミ「何でって……俺、危うくみんなを傷つけちゃうとこだったし。それを止めてくれてマジ助かった。やっぱお前、親友だわ」

フィード「違う、俺様は死にたくなかったんだ……だから……」

ヤクトミはペシリと手の甲でフィードの額を叩いた。

ヤクトミ「覚悟が足りん。だからそうなる」

フィードは額をさすりながら、気まずそうに口を尖らせた。

フィード「……ガルフィンのマネかよ」

ヤクトミ「次からはちゃんと遺書かけよ。あれは"魔法を扱う覚悟"を決めるためのもんだって俺は思ってる。"こんなこと"で心折れるやつに魔導師なんてつとまんねーよ。今の気持ちに負けんなよ。ふんばりどこってやつだぞ」

フィードはうつむいた。
口角は上がっているが、ぽたぽたと涙が落ちていた。

フィード「やっぱお前、親友だわ」



フィード、ヤクトミ 14歳――




――― each friend (閑話) ―――





2009.5.23 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2011.10.12(改)