「"
目の前には骸骨のように痩せ細った、窪んだ瞳。
「お前、は、"悪(ニセモノ)"、だ」
唸る拳。
「ねえ、それって誰が決めるの?」
ソジーの拳を軽く往なし、そのまま"頭蓋骨"めがけるカウンターの拳。
「"存在置換"」
目の前にあったはずの"頭蓋骨"は忽然と姿を消し、ロロの拳は振りきる前にピタリと止まった。まるで、この拳が当たらないことが判っていたかのように。
そして地面に着地すると、その姿を探すことなく、ダルそうに両手をポケットに突っ込んだ。
「魔法ってさ、わかるんだよね」
頭上に"忽然と"現れた巨石。
「ハエ、と、岩、の、"存在置換"……!」
「悪魔に強制されて、精霊が悲鳴を上げてる」
巨石が、落ちかけた瞬間。
「"
次の瞬間、巨石の真下にいたのは、ロロではなくソジーだった。
「おれの"
寸でのところで巨石を避け、ユラリと立ち上がった"骸骨"は、新たな呪文を唱え始めた。
「ねぇ、おれさっき言ったよ? 魔法は跳ね返せるって」
ソジーの薄い唇はピタリと止まった。
「もったいないな〜」
「何、が」
わざとらしく首をかしげ、ニコリと笑う蒼い瞳。
「とっても便利な魔法だと思うなぁ〜。でも、使い手の発想力が貧困すぎ。宝の持ち腐れって言葉わかる?」
そして、袖を捲り、びっしり経文に埋め尽くされた腕を出した。
「おれだったらこう使うかも? "反転如律令"〜!」
ふと気付くと、ソジーはこれまでと景色が異なっていることに気が付いた。
いつの間にか別の場所に立っていた。社員達の人だかりの一番後方。しかも、なんだか背が縮んだ? タバコ臭い? シワシワの手には真っ赤なマニキュア。
次いでその人だかりの向こうから聞こえた、あわてふためいた――自分の声。
「なんだいこりゃあ! 糞ガキ! あたしに何しやがった!」
「アハハハハハハ! ちょ〜ウケる!」
人混みをかき分け前に出ると、ロロに詰め寄る、女口調の――ソジー自身。
茫然と"自分を見つめる"ソジーに、空色の瞳が向いた。
「ババアとあんたの魂魄を入れ換えたよ。これがあんたのいう"ホンモノにする"ってことでしょ〜?」
「ち……ちがう……クタンの、言うことが、」
「ね〜クタン? そうだよね? それとも、」
その顔に浮かぶは、いつもと変わらぬ薄ら笑い。
「クタンも、洗脳されてんじゃなくって、ただの"ニセモノ"だっただけ?」
"入れ替えられる"……!
直感的に、命の危険を感じた。
「……ク、クタン」
視線を向けたその先で、答えを求めたその相手は、視線を返すことはなかった。
その時だった。
「いたっ!」
突然走った頭の痛み。目の前には自分の拳、見上げると自分の姿。
「バッカじゃないのかい!? 何が偽物で何が本物かなんて、他人が決めることじゃないだろ! 審美眼のあるやつは得をする! ないやつはバカを見る! そんだけだよ!」
「やっば〜い、おばあちゃんオトコマエ〜」
「お前はとっとと元に戻しやがれ!」
「いいじゃ〜ん、今の方がまだ見れる姿だしィ〜。あ、でもそしたらソジーくんがかわいそうか〜」
「なんだとこのクソガキーーーッ!」
「オエエ……」
"ソジーの姿をした"エリスは、目の前で膝をつき嘔吐する自分の姿に頭を抱え叫んだ。
「ぎゃーっ! "アタシ"が吐いてるーーっ!」
「ウケる。あんた今のが面白いよ」
「ううううるさい! お前の術の影響じゃないのかい!?」
「魄ごとひっぺがしてるからそれはないよ」
そうして"エリスの姿をした"ソジーの前に腰を下ろした。
「怖くなった?」
クタンは
「あんたが信じてた世界が"ホンモノ"の"ニセモノ"だったって」
何も聞きたくない、何も見たくない、何も感じたくない。ソジーは頭を抱え踞った。
「ねぇ、ソジー? 教えてあげよっか、"ホンモノ"の世界ってやつを」
直ぐ様「は?」とエリスが顔をしかめた。
「"黒い三日月"。おれって"絶対的な神"のいる、
「やめろ糞ガキ、吐き気がするよ」
「もう吐いてんじゃん」
「うるさいよ!」
「楽園、神、ホンモノ……」
それは蚊の鳴くような、すがるような声だった。笑う蒼い瞳。
「クタン、ソジーくんが"
このH.P.Dで地位を築かせたソジーがいなくなる、それは組織内でのクタンの転落を暗示するものだった。
噛んだ唇に血が滲んだ。
――― 黒い三日月 ( 絶望宅配7) ―――
2013.3.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)