38.7.絶望宅配7 prev next
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 「"存在置換ソジー・オリジナル"」


 目の前には骸骨のように痩せ細った、窪んだ瞳。
 「お前、は、"悪(ニセモノ)"、だ」


 唸る拳。

 「ねえ、それって誰が決めるの?」
 ソジーの拳を軽く往なし、そのまま"頭蓋骨"めがけるカウンターの拳。

 「"存在置換"」

 目の前にあったはずの"頭蓋骨"は忽然と姿を消し、ロロの拳は振りきる前にピタリと止まった。まるで、この拳が当たらないことが判っていたかのように。
 そして地面に着地すると、その姿を探すことなく、ダルそうに両手をポケットに突っ込んだ。




 「魔法ってさ、わかるんだよね」

 頭上に"忽然と"現れた巨石。

 「ハエ、と、岩、の、"存在置換"……!」
 「悪魔に強制されて、精霊が悲鳴を上げてる」

 巨石が、落ちかけた瞬間。

 「"反転如律令ルミナスターン"」

 次の瞬間、巨石の真下にいたのは、ロロではなくソジーだった。
 「おれの"反転如律令じゅつ"と似たような魔法だよね。知ってる? これって後だしが勝ちって」

 寸でのところで巨石を避け、ユラリと立ち上がった"骸骨"は、新たな呪文を唱え始めた。
 「ねぇ、おれさっき言ったよ? 魔法は跳ね返せるって」

 ソジーの薄い唇はピタリと止まった。

 「もったいないな〜」
 「何、が」
 わざとらしく首をかしげ、ニコリと笑う蒼い瞳。
 「とっても便利な魔法だと思うなぁ〜。でも、使い手の発想力が貧困すぎ。宝の持ち腐れって言葉わかる?」

 そして、袖を捲り、びっしり経文に埋め尽くされた腕を出した。
 「おれだったらこう使うかも? "反転如律令"〜!」




 ふと気付くと、ソジーはこれまでと景色が異なっていることに気が付いた。

 いつの間にか別の場所に立っていた。社員達の人だかりの一番後方。しかも、なんだか背が縮んだ? タバコ臭い? シワシワの手には真っ赤なマニキュア。

 次いでその人だかりの向こうから聞こえた、あわてふためいた――自分の声。

 「なんだいこりゃあ! 糞ガキ! あたしに何しやがった!」
 「アハハハハハハ! ちょ〜ウケる!」

 人混みをかき分け前に出ると、ロロに詰め寄る、女口調の――ソジー自身。
 茫然と"自分を見つめる"ソジーに、空色の瞳が向いた。




 「ババアとあんたの魂魄を入れ換えたよ。これがあんたのいう"ホンモノにする"ってことでしょ〜?」
 「ち……ちがう……クタンの、言うことが、」
 「ね〜クタン? そうだよね? それとも、」
 その顔に浮かぶは、いつもと変わらぬ薄ら笑い。
 「クタンも、洗脳されてんじゃなくって、ただの"ニセモノ"だっただけ?」

 "入れ替えられる"……!

 直感的に、命の危険を感じた。
 「……ク、クタン」
 視線を向けたその先で、答えを求めたその相手は、視線を返すことはなかった。

 その時だった。

 「いたっ!」
 突然走った頭の痛み。目の前には自分の拳、見上げると自分の姿。
 「バッカじゃないのかい!? 何が偽物で何が本物かなんて、他人が決めることじゃないだろ! 審美眼のあるやつは得をする! ないやつはバカを見る! そんだけだよ!」

 「やっば〜い、おばあちゃんオトコマエ〜」
 「お前はとっとと元に戻しやがれ!」
 「いいじゃ〜ん、今の方がまだ見れる姿だしィ〜。あ、でもそしたらソジーくんがかわいそうか〜」
 「なんだとこのクソガキーーーッ!」

 「オエエ……」

 "ソジーの姿をした"エリスは、目の前で膝をつき嘔吐する自分の姿に頭を抱え叫んだ。
 「ぎゃーっ! "アタシ"が吐いてるーーっ!」
 「ウケる。あんた今のが面白いよ」
 「ううううるさい! お前の術の影響じゃないのかい!?」
 「魄ごとひっぺがしてるからそれはないよ」

 そうして"エリスの姿をした"ソジーの前に腰を下ろした。
 「怖くなった?」

 クタンは視線こたえを返してはくれなかった。自分が必死にしがみついていた土台は土などではなく、仮初めの薄氷だったのだ。ガラガラと、足元の薄氷が崩れていく。体を動かす気力がわかない。

 「あんたが信じてた世界が"ホンモノ"の"ニセモノ"だったって」

 何も聞きたくない、何も見たくない、何も感じたくない。ソジーは頭を抱え踞った。

 「ねぇ、ソジー? 教えてあげよっか、"ホンモノ"の世界ってやつを」




 直ぐ様「は?」とエリスが顔をしかめた。
 「"黒い三日月"。おれって"絶対的な神"のいる、楽園パラダイスだよ」
 「やめろ糞ガキ、吐き気がするよ」
 「もう吐いてんじゃん」
 「うるさいよ!」

 「楽園、神、ホンモノ……」
 それは蚊の鳴くような、すがるような声だった。笑う蒼い瞳。
 「クタン、ソジーくんが"黒い三日月ウチ"に来てくれるって。……クタンは、どうする?」

 このH.P.Dで地位を築かせたソジーがいなくなる、それは組織内でのクタンの転落を暗示するものだった。
 噛んだ唇に血が滲んだ。





―――  黒い三日月 ( 絶望宅配7) ―――






2013.3.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)