たくさんの檻が積み上げられた、薄暗い部屋。
多くの動物たちの鳴き声が響きわたり、がさごそと蠢く気配が絶え間ない。
そんな部屋の真ん中で、麻袋から顔だけ出し、身動きとれなくなっている黒猫。
「おい、畜生ども! 喚くな! くっそ〜……臭え〜」
このイモムシ状態になって、どれだけ時間が経っただろうか。この騒々しさと強烈な動物臭の中、長時間身動きとれず放置されているこの状況は、大悪魔クリスにとって非常に屈辱的な状態だった。
「フィードのバカの呪い(黒猫の姿の呪い)さえ解ければこんな所破壊しつくしてやるのに……!」
それから暫くが経過し、前触れもなく開いたドア。
飛び出したのは、蝶ネクタイのパリッと仕上がったシャツに汚れを知らないであろう真っ白な靴下、何一つ厳しさを知らないと言わんばかりの、自信に満ち溢れた笑顔の少年。
明らかに嫌な予感がした。
が、しかし、その後に着いて現れた女性の姿に予感は一変した。
「びっ美女だーっ!」(鼻息)
きょろきょろと声の先を探すが誰もいない。少年は気味悪がって女性に駆け寄った。
「かあさま、だれかいるよ」
「そうみたいね、ちょっとライエルさ、」
「しかも人妻ーっ!」
また聞こえた。しかも近くだ。一体なんだと部屋をよくよく見渡すと、ビチビチと鮮魚のように床を跳ね回る麻袋。
少年は目を輝かせて駆け寄った。
「なんだこれー!」
「こら、危ないから離れて」
「ハハハ、大丈夫ですよ奥さん」
そう、ライエルが言い放ったそばからだった。
「ヤローが気安く触んじゃねえ!」
「ぎゃー!」
少年の足にくっきりとついた咬み痕。
「言ったそばからー! こっ、このクソ猫……! すみません、奥さん、お坊ちゃん……!」
「早く! うちの子の手当てをして!」
ライエルと母子は慌ただしく部屋から出ていき、部屋は再び暗闇に閉ざされた。
がっくりと肩を落とし、クリスはメソメソと泣き始めた。
「ひとづま〜」
◆
「ごめ〜んく〜ださぁ〜い」
まるで、ご近所さんの家にお伺いする少年のような調子。新規の客かと社員が入り口まで赴くと、そこには蒼い瞳の若い男と紫の髪の老婆。祖母と孫のように見えた。若い男は言った。
「おーとどっけものでぇ〜す」
「お届け物?」
"本店"からだろうか。定期便の予定時間でもない。一体なんだと首を傾げる店員に、拳を差し出す男。そんな小さな届けものかと手で受け皿を作ると置かれたのは小さな石ころだった。
「……バカにしているのか?」
「なんで? あんたの大事なもんじゃない」
そして、つり上がる口の端。
「
瞬きした瞬間、真っ赤に染まる手に溢れる生暖かい感触。たった今まで石ころが乗っていたそこにおさまっていたのは、どくどくと、つい今しがたまでその社員の左胸で脈打っていた"大事なもん"だった。
そのまま真後ろに倒れた体をわざわざ跨ぎ、蒼い瞳の男はずかずかと"社内"に足を踏み入れたが、数歩進み、おもむろに振り返った。
「行かないの? 別にいいけど」
入り口に横たわった死体を前にカタカタと体を震わせている老婆。
「……ば、化け物め! あたしの妹もこうやったのかい!?」
その質問に、返ってきたのは小バカにしたような渇いた笑みだった。
「殺したやつも殺し方も、いちいち覚えてなんかないしー?」
まるで挑発するような言いっぷり。いや、挑発しているのだ。エリスが自分を殺しにかかれば、"手を出せる"。道中も度々、似たような挑発にあった。その度に、クリスが割って入り、事なきを得てきたが、そうでない今の状況で、溢れ出る復讐心を押さえきれるはずもなかった。
(……やつは、背中を見せている)

わざとか本当か、隙だらけだ。近くに転がっていた石を拾い上げた時だった。
ぞくぞくと"社員"たちが集まり、その中をかき分け慌ただしく出てきたのは支社長クタン。
その顔に、ロロは見覚えがあった。むしろこの数年、一時も忘れることすらなかった存在だった。そしてその顔に溢れるは焦がれる笑顔。
「クタン! こんなところにいたの!」
対してクタンの瞳には狂気にも似た憎しみが点っていた。
「ロロ・ウゥゥウウーーー! よくも現れたなァア!」
狂った叫び声のような怒号に、ロロの穏やかな笑顔は全く気にも留めて"すら"いないようだった。
「探したよ、帰ろ?」
「"黒い三日月"はもう無ェだろうが! 相変わらず気色の悪いイカレ野郎め! オイ! ソジーを呼べ!」
――― 黒い三日月 ( 絶望宅配4) ―――
2013.2.24 KurimCoroque(栗ムコロッケ)