38.3.絶望宅配3 prev next
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 「さようなら」

 涙に濡れた瞳は、その男を映してなどいなかった。

 女の姿は吸い込まれるように屋根から消え、建物の下から悲鳴があがった。

 ほんの、あともう一瞬、届けば。

 虚しく宙を掻いた指先は、力なく垂れた。




 ◆


 「支店長殿、ライエルただいま戻りました」

とぐろおとうと!?

 どうやら転た寝をしていたらしいその男は、最近雇ったばかりの部下の声で現実に引き戻された。
 「収穫あったかいぃ?」
 「ええ、ええ。あとは"お客様"に選んでいただくだけかと」
 「ああぁ〜そうぅ〜」

 金銀宝飾を派手に着飾った、色とりどりの大きな花が柄として散りばめられたゆったりとしたシャツ、細目のサングラスにこめかみ辺りから頬までの大きな縫い痕――H.P.D(ツードットエイチピーディー/希望宅配)南パンゲア支店長 クタン。
 多くの装飾品のうち、中指にはめていた純金の指輪をライエルの目の前に投げ捨てると、早速"次の準備"に取りかかるよう指示した。




 今回の案件は、さる国の富豪が依頼主。そこの"バカ息子"が友達への見栄張りで、"世にも奇妙な動物"を集めた動物園を作りたいとのたまった。
 金さえ払えばこの世のどんなものでも"届ける"のがこの犯罪組織。そして、この組織の大躍進に貢献したのがこのクタン……ではなくクタンが目をつけ雇った魔導師"取替屋"ソジーの活躍があった。お陰で、中途採用であるクタンは初期メンバーを差し置いて支店長にまで登り詰め、組織内での確固たる地位を築いていた。

 その立役者ソジーはよく働く。いやむしろ働くというより、妄想じみた強迫観念にかられ、突き動かされているというほうが適切だ。その強迫観念とは何か。

 「取り替えなくちゃ、取り替えなくちゃ」




 ぎょろりと骸骨のように窪んだ瞳、薄く禿げ上がった頭、乾いた薄い唇は青紫で、見えない恐怖に戦慄し、疲れきった顔。筋肉の落ちきったその姿からは、魔導師などとは到底想像もつかない。

 「"ホンモノ"にしなくっちゃ、"ニセモノ"を、なくさなくっちゃ」

 ある時期から、ソジーに取りついた妄想――"この世のすべてはあべこべのニセモノで、クタンが連れてくる『商品』同士を取り替えることで漸くホンモノになる"――

 補助魔法専攻、中でも浮遊などの物体操作系魔法に興味を持ち、卒業研究は"物質と物質の位置交換"。マジックワープの精度向上にも一役買ったその成果は、H.P.Dでも単価の高いある"商品"へと姿を変えた。

 "臓器交換"――健康な同種族を拐い、顧客の罹患箇所と"交換"する。

 この"商品"と、その売上げ、それはクタンの組織内の地位を確固たるものにした。まさに金の卵を生む雌鶏。クタンは笑った。
 「ソジーさえいればぁ、組織で俺に歯向かえるやつぁいねぇえ」




 ◆


 「ここだ〜」
 「……南パンゲア支店……"H.P.D"!?」

 街道を外れ、草原の奥のまた奥、地面が隆起してできた段差に開けられた洞穴。その横にポツリと掲げられた表札の屋号に、エリスは背中から脂汗が滲むのを感じた。

 「人身売買や違法取引、ヤバイことやりまくってるくせに、バックに富豪やら権力者がついてるって、公的に悪事を揉み消されてる犯罪組織だ……!」
 「へ〜おばあちゃん詳しいね〜」
 「知り合いが何人も、ここにちょっかいかけて社会的に抹殺された」
 「え〜なにそれ〜超ウケる〜」
 「どこが!?」

 ニヤリと口の端を釣り上げ、ロロの指がバキバキと鳴った。
 「お届けするのは"希望"じゃねぇ(社会的抹殺=絶望)のかよ。丁度良いや、おれが"ホンモノ"の"絶望"を"お届け"してやるよ」





―――  黒い三日月 ( 絶望宅配3) ―――






2013.2.16 KurimCoroque(栗ムコロッケ)