「ミャーミャーミャー」
「なぁにがミャーだ! さっきまで喋ってたじゃねぇか」
雑踏にまみれ、男と老婆が離れたほんの一瞬、すれ違い様のことだった。道中よりずっと狙っていた"喋る猫"の、ポテンと垂れた尻尾をふん掴み、人と人の肩が擦れ合うタイミングに併せ、老婆の肩から猫をつるりと引き剥がした。
釣りたての魚のようにビチビチと暴れまわるその猫を麻袋に詰め、口を幾重にもロープで巻き付けた。男は所有の馬車の荷台に投げ入れた。
「いてっ!」
「大人しくしてな」
やがて、馬車は動き出した。
麻袋の口から無理矢理顔を突っ込み、抉じ開けるような形でなんとか顔だけだした。荷台は多くの鳥獣の入った檻が乱雑に積まれ、ガサゴソ、ギャーギャーと喧しい。
「この俺を畜生どもと同じ場所にするとは……」
よく見ると、檻の中の動物たちはどれも形や色が珍しいものだった。そうしてふと思い出した。
(ん? あのオヤジ、どっかで見たような……)
思い出した。見世物小屋経営のライエルだ。
(懲りねぇオヤジだなあ……)
ともあれ、袋から出られないことにはどうすることもできない。
前足が短くて、今の体勢では袋の口にかけることすら出来ない。イモムシのような状態だった。

「くっそ〜……」
◆
「ああ〜〜! もう、見当たりゃしない!」
人混みをかき分け、街道の交差点の広場をくまなく探したつもりだが、全く見つかる気がしなかった。エリスはついに座り込んでしまった。
「ロロ、あんた術で探せないのかい」
「そんなべんりな"占い"あったらな〜」
「根に持ってんのかい」
「じょ〜だん。悪魔の気配ってよくわかんないから出来るかどうか……あ、できた」
まっさらな札に血文字(といってもロロの場合は墨だが)とエリスの肩についていたクリスの毛を入れ、折り鶴を作り、息を吹き掛けた。途端に折り鶴はユラユラと揺れ、何かに引っ張られるようにフラフラと宙に浮いた。
「今度は手品かい……」
「てじなぁ〜? ヤバイ〜おれ多才〜」
「自分で言うんかい」
折り鶴のあとを追って、二人は歩き始めた。
この間、始終ロロは折り鶴に目を細めていた。
折り鶴を引っ張る無数の精霊たち。彼らは自分たちに助けを請うロロを心底歓迎し、歌と踊りで情愛を示し続けていた。この世に生まれ落ちてから、寝ても覚めても、四方八方から常に耳を苛む彼らの声は、みな聞こえているものと思っていた。みな、これらの姿を見えているものと思っていた。
精霊たちが折り鶴を引っ張ることを、エリスは"手品"と称した。見えていないのだ。
魔導師や、道士たちも一部は見えているが、自分にしか見えない精霊がいることも、分かった。
(……闇の精霊が多い。こんな真っ昼間にこんな拓けたところには普通いない。これが悪魔かあ〜)
おもむろに、ロロは札に文字をしたため、エリスに差し出した。
「ちょっと持っててよ」
反射的に、エリスは身をこわばらせ拒絶した。
「悪さするようなもんじゃねえし。あんたに何かあったらおれがクリスくんに怒られちゃうじゃん」
なるほどそれもそうか、恐る恐る、エリスは札を受け取った。
「……なんって信じるバッカがいる〜♪」
エリスは叫び声を上げ、札を投げ捨てた。その様子に腹を抱え爆笑するロロ。
「うそだし」
「何が嘘で本当かわからん! もうお前の札なんかいらない!」
「じゃあ大人しく誘拐犯にブッ殺されてな。不細工な断末魔あげんじゃねえぞ、おれの耳が腐る」
「あんたがあたしを守りな!」
蒼い瞳は冷ややかに、呆れたため息をついた。
「絶対やだ」
――― 黒い三日月 ( 絶望宅配2) ―――
2013.2.9 KurimCoroque(栗ムコロッケ)