38.1.絶望宅配1 prev next
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 日は高く、雲は流れ、そよ風が通る。

 のどか、という一言に尽きるその街道は疎らな木々に見渡す限りの草原、歩けば土煙が舞い、荷馬車や旅人が多く通る、"誰かを見ない"ということがない賑やかさがあった。

 その中、明らかに旅の装いではない、二人と一匹。
 腰パンにダボダボのTシャツ、目深に被ったワッチから覗く蒼い瞳の男と、その後ろをよたよたと項垂れながら着いて行く、アジサイ柄のド派手なワンピースに紫に染め上げたド派手な髪の老婆、その肩に揺られる真ん丸とした黒い猫。

 老婆エリスは前を行くロロにイラついたように文句を言い始めた。
 「やい糞ガキ、ちょっと歩くの速すぎやしないかい! こっちはいくつだと思ってんだ」
 それに対しロロは見向きもしなかった。
 「おれ歩くの遅いって結構言われるよ〜? つーかババアな自覚があんなら足腰鍛えるのにちょうど良いとか思わねぇの? 甘えんな糞ババア」
 「エオルはおぶってくれたのに!」
 「エオルくんやさし〜! 女調子付かせて重くなって別れるタイプそ〜」
 「女をなめんな!」
 漸く振り返った蒼い瞳に、まさか機嫌を悪くしたかとエリスは反射的に後退りした。しかし、機嫌を悪くしていたのはロロではなかった。




 「ガキ! てめぇ俺のエリスちゃんをババア呼ばわりしやがって!」
 エリスの肩に乗っている黒猫、クリスだった。
 「誰があんたのだいデブ猫」
 「クリスくん退いたげたら? 弱りきったババアの足腰じゃ猫一匹でも重いだろうし」
 「それは気遣ってんのかい? バカにしてんのかい?」

 わいわいと騒がしい奇妙なパーティー。全く旅の装いとはかけ離れた面々だが特に喋る黒猫には道行く人々誰もが目を丸くした。

 そこに、目をつけた一人の男。

 「あの猫は良い商品になりそうだ」




 街道と街道の交差点は更に賑やかさを増した。屋台からの良い香りに楽しげな談笑。漸く休憩だと屋台に立ち寄りかけたエリスは背後から静かに腕を取られ、振り返った。その先には辺りを見回しどうにも落ち着きのないロロ。
 「ここは避けよう、嫌な予感がする」

 苛つきと呆れ混じりにエリスは大きく溜め息をついた。
 「出たよ、"スピリチュアル・ロロ"」
 「なぁにそれ?」
 「あんたのそのよくわかんない"占い"だよ!」




 道中、天気の予報やら随分先の魔物の襲撃やらことごとく言い当て、その度にパーティーは危険を回避してきた。全く、何の前触れもなくぽつりと言い放ったことが現実となるのだ。予言かはたまた言ったことが現実となる妖しい術か、とにもかくにも気味の悪さといったらない。それを振り払いたい欲求が、余計にエリスを逆らわせた。

 「そう百発も百中されてたまるかい」
 「んじゃあ、あんたは別にいいからクリスくんと待ってるよ」
 「別にってなんだい!」
 「……クリスくんは?」

間




 言われてふと気がついた。肩が軽くなっていることに。

 「道理で急に元気になったと思った」
 「メシの匂いに釣られただけだろ」
 「喧しいわっ! だいたい、あんたが肩から降りろって言ったから降りたんじゃないのかい」
 「ちっ! 気づけよなババア」
 「糞ガキ! てめえを棚に上げんな!」

 賑わう雑踏、色とりどりの旅の衣装。猫一匹など、到底見つけられそうもなかった。





―――  黒い三日月 ( 絶望宅配1) ―――






2013.2.2 KurimCoroque(栗ムコロッケ)