37.3.カグヤ、出張す3 prev next
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 古い木材と線香の香り。
 天窓から差す光に映える線香の煙。
 冷たい空気が、その部屋だけ更に冷たく、重く、沈澱していた。




 部屋の奥には見渡すほどの巨大な祭壇。恐ろしい憤怒の形相の神像を取り囲み花や飾り、供物が山のように積まれ、時計などないこの部屋で、大量の蝋燭と線香が静かに時の進行を刻んでいた。

 待たされること、程無く。

 現れたのは髷を中にしまった道士独特の冠と細かな装飾が施されたガウンのような巻き衣装、長い髭を蓄えた、それこそ祭壇の神像のような鋭い目に厳格な雰囲気をたたえた、大柄な初老の男。

 「老師、連れて参りました」

 物怖じする様子など微塵もなく、カグヤは手を合わせお辞儀した。
 「魔導師協会所属のトランプはハートのキング、市松芳也と申します。件の魔導師の上司に当たります。この度は……」
 「道士は国の宝。坤道(女の道士の意)は国の母であり姉妹であり娘である。そちらが何をしでかしてくれたか、解っておられるか」

 大気が、震える。その隙間をチリチリと駆け巡る光。
 「漆黒の炭にして土に還してくれよう」
 光が、あちこちで激しく弾け始めた。

 「……紙人形ごしでかよう不躾の挨拶、些か無礼ではないか、道士協会殿?」




 光がおさまった。老師と呼ばれた男は一瞬ぺらりと波打つとぱくぱくと口を開いた。

 「謝罪の申し入れは拒否する」

 その声は老師からと、そしてカグヤの隣、儡乾道から。目があった途端、老師の姿は人型に切り抜かれた紙切れに変わり、ひらひらと床に落下した。儡乾道は何食わぬ顔で続けた。
 「それが道士協会からの回答だ」
 「協会長ではなくただの一魔導師ふぜいが参じたことを気に障られたか」
 「この回答は我々道士協会の"怒り"だ」
 「察して余りあるそのお怒りに応えるために参りました。それに対してお応えいただくことは最低限の礼儀ではありませんか? 老師にお会いしたい」
 「そちらの礼儀を押し付けられても迷惑だ、本件で我々は魔法圏への敵対心を更に強めた、最早友好の道など残されていない、そちらは自ら断たれたのだ、いまさらどうしようなどと遅い」
 「真摯に、受けとります」

 その後、儡乾道は何か考えている様子だった。カグヤは言葉を待ち、暫く沈黙が流れた。
 「だが、一つ、そちらの"誠意"を受け取るならば」

 妙な言い回しだが、取引のようだ。




 「魔導師協会が示せる誠意でしたら」

 「公に触れぬよう烏螺羅ロロ・ウーを捉え、"国外で"先ほどの臉坤道に引き渡せ。烏螺羅には非常に頭を悩ませており、早急に対処せねばならん」

 どうにも引っかかる。なぜ公に触れぬようにする必要があるのか。
 単純に受けとるならば、魔導師は桃花源国に基本的には入国しないものであるし、国外で引き渡しというのもうなずけるが、公にできない謝罪というのも、友好云々を歌っていたわりにはその気が感じられない。

 「それが誠意となるのでしたら公的に示したい。もしくは公に出来ぬ明確な理由がおありか?」
 儡乾道は暫くの間押し黙っていた。明確な理由を言い淀んでいるようだった。
 「……公的に出来ない理由でしたらこちらも、内密にいたします」
 「……魔導師の言葉など信用でき、」

 「儡乾道!」
 低く重苦しい落磊のような声。




老師

 祭壇の前に激しく風が渦を巻き、バチバチと音を鳴らせ弾ける雷電。その光の渦の中から姿を現したのは、先ほどの紙人形と瓜二つの男。
 儡乾道は直ぐ様両手を袖に入れ、ひざまづいた。

 「……これは雷乾老師」

 ジロリと、憤怒の神像のような瞳がカグヤに向いた。





―――  A. ( カグヤ、出張す3) ―――






2012.12.22 KurimCoroque(栗ムコロッケ)