桃花源国 某所――
霧深い冷えた空気の中を進む二つの影。
前を歩く小さな爺と、凛と伸びた背筋の美しい女との距離は一定を保たれていた。道中はまったくの無言。整然と並べられた石畳は等間隔で窪みがあり、カグヤはそれを見て目を細めた。魔導師養成学校にも、同じようなものがある。恐らく、道士一人一人が整列して鍛錬を行っているものが、年月をかけてこのようになっているのだろう。
やがて、霧の向こうにうっすらと大きな建物の影が見えてきた。近づくにつれ明らかになる、その大きさに、そして醸し出される重厚な神聖さに、自然と身を引き締められた。
歴史を感じさせる古い瓦屋根。ひびの入った年期のある太い柱。心地よいカビ臭さ。長い間、鎮座し続けるそこは桃花源国神使教僧兵"道士"たちの総本山――道士協会本部"太極廟"。
「……魔法圏の"輩"がここに足を踏み入れるのは"前代未聞"じゃ、まったく」
重苦しい、盛大に嫌味を含んだ溜め息をつき、爺は古巣に足を踏み入れた。
一定間隔に並ぶ柱の間に立てられた炬のパチパチという音、それと2つの足音以外何もない。廟の中は水を打ったような静けさに包まれていた。だが、どこかしらから感じる視線、殺気。それも一つ二つどころではない。
「帰れ、裏切り者」
ぽつりとどこかしらから降ってきた呟き。特にその言葉に何を思ったという訳でもないがどうにも、"元神使教"としては解せないことがあり、カグヤはとうとう口を開いた。
「道士とはかようにも品なきものか」
廟内に響き渡る真っ直ぐの声。谺のかわりに返ってきたのは大勢の罵倒であった。
「品がないのはどちらだ魔導師!」
「我らが同胞を汚したのは品性なしとは言わぬのか!」
「それこそ品がない! 獣だ獣!」
内容はともあれ、なるほどなとカグヤは思った。
――これが、神使教の"過激派"というものか。
ものの考え方が根本的に異次元で、どれだけ主張しようとも理解を示そうとも平行線、そしてこれが、あの魔導師協会上層部たちが、長年真正面から向き合っている"問題"なのだ。
「おい、てめぇら勝手なことばっか言ってんじゃねぇ!」
響き渡る、ドスのきいた女の声。すかさず、儡乾道の鋭い声が割って入った。
「お前は謹慎中だろうが! 下がれ臉坤道!」
その言葉などまるで無視だと柱の間からズカズカと現れた、柳のような小豆色の長い髪、オリーブ色の切れ長の瞳の美女。
「魔導師が来たって聞いたよ」
「私です、臉坤道殿。件の魔導師の上司をしております市松芳也と申します」
まるで挨拶を返す気も無い様子で臉坤道はキョロキョロと辺りを見回した。
「ウランドは? 来てないの?」
「こら!」
儡乾道は慌てて臉坤道の首根っこを引っ掴んだ。
その様子を映すカグヤの漆黒の瞳は普段放つ鋭さとはかけ離れ、驚き……というよりまさか、という疑念と驚嘆の入り交じった、それでいて唖然と見開かれ真ん丸となった。
こんな美女が、件の道士なのか?
というより、このような美女に相手にされるウランドに驚きだ、とも思ったが直ぐ様いやいやと気を取り直した。
(完全に美人局じゃあないか。やつめ、こんな古典的な手に引っかかって)
儡乾道を押し退け、臉坤道はカグヤの目の前に迫った。
「ねえ、ウランドは? つーか、上司とかいって本当はなんなの? あんたが婚約者?」
ここで更に被害者として騒ぎ立てるつもりか、下劣極まりないとあまりの呆れっぷりにカグヤは目眩を起こしそうだった。
「彼の婚約者は一般の方です。今回は……」

臉坤道の美しい顔がズイとカグヤに近づけられた。ジロジロとくまなくカグヤの顔を観察すると、何やら結論を出したようでニヤリと笑うと満足げに顎を擦った。
「ま、こんな陰気な女、ウランドじゃ合うわけねぇわ! アハハハ疑ってごめん!」
「んな……」
そうしてふと寂しげな表情を浮かべ、カグヤを見上げた。
「元気にしてる? あんま怒んないでやって、悪いのは、」
「こんの糞餓鬼が!」
直ぐ様儡乾道の鉄拳が下った。
「ってぇな! 糞ジジイ!」
「お前は邪魔だ! さっさと消えろ!」
反論しかけた臉坤道の体に、天井から降ってきた白い布が絡まった。
「てめえ! こら! 離……」
布はみるみる絡まり、やがて繭のように臉坤道の全身を真ん丸と包むと、そのまま天井へと俊敏な早さで引き上げられていった。
見上げた天井は暗闇に包まれ、どこまでの高さかすら窺うことは出来なかった。
「無礼を謝罪しよう。今の輩は気にされなくてよい」
そうして再び歩き続ける爺の小さな背中を見つめ、カグヤは首をかしげた。
――ウランド、お前、また私に虚偽の報告をしたのではあるまいな。
――― A. ( カグヤ、出張す2) ―――
2012.12.14 KurimCoroque(栗ムコロッケ)