37.4.カグヤ、出張す4 prev next
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 「そちらは」

 その低く重い一言に大気は震え、肌の表面がピリピリと痛い。

 「魔導師協会所属、市松芳也と申します、件の魔導師の上司にあたります」




 長い髭をひと撫でし、憤怒の神像のようなぎょろりとした目玉をじろじろと、その大柄の壮年の男はカグヤの様子を観察しているようだった。

 「あの件は道士でありながら魔導師ふぜいに組み伏せられるなどといった失態を犯した、"我が国の妹"にも責がある、あれは道士の恥だ」

 すかさず、儡乾道が慌てた様子で割って入った。
 「お待ちください、雷乾老師! 今一度! 今一度あの愚坤道に機会をお願い申し上げます! あれはまだ若い! 今一度! 今一度どうか……何卒!」

 老師よりずっと年を重ねているであろうこの小さな爺が、額が床に付かんばかりにひれ伏していた。カグヤの中で、確証はないが、あることが繋がった。あの、大馬鹿者が考えそうなことだ。

 「老師!」

 カグヤは片手に拳を作り、両手を合わせ、僅かに頭を下げた。




 「本件、近々件の魔導師に処罰が下ります、彼は協会内でも地位ある者です、協会としてはかなりの痛手を負うことになります、これにて我々からの謝罪とさせていただきたい」

 "憤怒の目玉"はジロリとカグヤを見下ろした。

 「上司である貴様に責はないのか」




 カグヤの返答は冷静だった。

 「内輪事で大変恐縮ではありますが、軍内部は世界中からの案件に非常に逼迫した状況にございます。件の魔導師だけでなく某まで欠けば協会内だけでなく、多くの民衆に犯罪や災害の魔の手が降りかかります。魔法圏を守る責務を負う者として、それはできませぬ」

 そうして漆黒の鋭い瞳が見上げた先で、髭をさすりニヤリと笑みを浮かべ、老師は目を細めた。


 「魔導師どもは皆腰抜けばかりかと思っていたが、中には骨のあるやつもいるようだ。魔導師にしておくのは惜しいものだな。謝罪は受け入れよう、しかし歩み寄りや友好といった類いではない、努々忘れるな、若き魔導師よ」

 カグヤは再び頭を下げた。

 「お、お待ちください!」

 隣ですがるように頭を下げ続ける儡乾道。それを見下すように一瞥し、老師は再び激しい風と雷電に包まれ、消えた。




 「……儡乾道殿、貴方が守りたいものと、私の部下が守りたいものは同じであるようです」

 垂れた頭を持ち上げ、ギラリと睨み付ける鋭い瞳。

 「なんだ、同情のつもりか?」
 「いいえ、同調のつもりです」

 なんだか、返しがウランドくさいなと思いつつ、続けて一つ、提案をした。
 「先ほどいただいた"お取引"、こちらもできうる限りの支援をいたしましょう。復権の足掛けとして、ロロ・ウー確保の手柄を、あの女性に」

 「誰が魔導師の言葉など、」

 「老師に骨があると評していただいた私を信じられぬとお思いか」

 それは、老師の審美眼をも否定することになる。儡乾道は唸った。





―――  A. ( カグヤ、出張す4) ―――






2012.12.29 KurimCoroque(栗ムコロッケ)