「いよお! お前が"問題"のスペードのキングかあ! でけぇなお前!」
「……誰やワレェ」
トランプ本部近くの運動場。なぜかそこにはストライキ中のスペード軍の隊員たちが輪を作っており、マリアとの決闘の時を彷彿とさせた。
「俺はシェン! 半年くらい前にアカデミー卒業の、学科は補助魔法でゼミは
なんだこのよく喋る男は、と怪訝そうなトウジロウの様子に、シェンは灰色の瞳をぱちくりとさせた。
「あれ? 今、誰って質問しなかった?」
「どうでもええけど、新人のペーペーやんけ、見覚えないぞ」
屈託の無い笑顔で、シェンは答えた。
「アハハ! 俺トランプじゃないし! 卒業してからはずっとかみさんのヒモだよヒモ! 桃花源の白桜姫って知らない?」
今、協会が頭を悩ませている外交問題の一つ。神使教の神々の中で唯一地上に居を置く神"
そのような背景を踏まえ、トウジロウが下した結論は一つだった。
"こいつは注目を浴びるのが大好きなただの病人"
「病院送りにしたるから、ついでにアタマ見てもろたらええわ」
さっさと終わらせようと先に仕掛けたのはトウジロウだった。礫のような大きな拳がシェンに襲いかかった。
「おわあ!」
受け止めたのは赤い棍。それが何なのか、一目で分かった。
「アーティファクトぉ!?」
「かみさんから貰ったんだ! ていうか、何で剣使わねーのっ?」
「要らんからに決まっとるからやんけ、舐めとんのかコラァ!」
シェンが顎の下に気配を感じた時、それは既に手遅れだった。真っ直ぐ上がったトウジロウの足。一瞬宙を舞ったシェンの体はくるりと一回転すると器用に着地した。顔をあげたシェンは涙目で顎を擦っていた。
「痛っっっ……へ(て)ぇ〜〜〜〜!」
「まともに入ってたら病院やったのに、残念やなあ?」
「ほへは、」
「何言うてるかわからんわ」
流れるような足さばきに乗って、次々と繰り出される拳。とても剣だけやっている人間には思えなかった。いくつかはぎりぎり持ち前の瞬発力で避けられるものの、やはり日頃の鍛え方の差がはっきりと見てとれた。周囲を取り囲む隊員のうちの一人がぽつりと呟いた。
「……一体いつ、あんなに鍛えているんだ?」
武器無しの戦いだからこそ、より浮き彫りになる、それだけ、いつもムスリとして岩のように動かない様子からは想像もつかない体さばきだった。
対して挑戦者シェンはというと、瞼は切れ腫れ上がり、肩が上下するほど息が上がっている。ダメだこりゃ、誰もがそう思った。
そのタイミングを見計らってか、シェンは漸く口を開いた。
「お前は強い!」

「当たり前や」
「だからこそお前はトランプに必要だ!」
突然、何を言い出すのかと、トウジロウは目を丸くした。
「お前も、みんなも、それが分かってない!」
「あかん……やっぱ病院、」
「俺は! この傾いたスペード軍を立て直すために協会から派遣された!」
その場の全員が、その発言に呆気にとられた。卒業したばかりの新人には、まず任されるようなことではない。本当に、ただ注目を浴びたいだけの病人ではないかと。
「ハッキリ言って、今トランプにお前の居場所はない」
「"俺が作ったる"言うつもりかアホくさ! お前に何ができるねん」
「見ててよ! ダメだったらボコボコにしてもらって構わない」
立場は逆だが、同じような会話を、以前ウランドと交わしたことを思い出した。ただその時と決定的な違いが一つ。
「……どこから見てろ言うとんのや」
「期限を決めよう! そうだな……三年! 三年俺にちょうだい!」
「聞けやクソガキ」
「きいてる。長らくエースが不在だそうだな」
しばしの沈黙。それは、どっちがどっちの座につくのかということを探りあっているようにもとれた。
「俺に賭けてくれ」
「はよ病院行けアホ」
「三年でいい、キングの座を譲ってくれ」
周りを取り囲む隊員たちから一斉に歓声があがった。もう、
なるほどな、と心の中で呟くと、トウジロウの口の端はニヤリとつり上がった。
「譲ってくれ言う割にはゴミうろつかせて、上から圧力かい、えげつな。ただ"お上"推しいうのんはわかった」
その時、シェンは初めて辺りを見回し、それらの存在に気がついたようだった。
「なんで隊員たちから、お前に声の一つもかからないかわかるか? トウジロウ!」
「俺がジパング人だからや」
その、当然ではないかという呆れの混じった即答に、シェンは何やら考え込んでいる様子だった。
「……一つ、教えてもろてもええですかぁ"大将"はん」
「んえっ!? た、大将? お、お〜なんでしょう」
その挑戦的な口振りは、あからさまにシェンへの不信が含まれていた。
「"俺は魔法圏から疎まれとる、ジパング人や"。おどれは何を変える言うてるん?」
「……俺にはお前の気持ちがわかる」
今度は何を言い出すのかと、トウジロウは明らかに不快感を示した。
「俺が白桜姫と結婚してんのは有名な話だよな! なんで俺たちが結婚したかわかるか?」
「玉の輿やろ」
「外野はな、そう言ってる。けど事実は違う。俺は彼女の心根が好きなんだ。彼女もそう」
「あほか、誰が信じんねん」
それだよそれ、とシェンは手を叩いて意図した回答をもらえたことを示した。
「そう! 周囲は誰も信じねえし、認めてもくれねえ! でも、俺にとっては別にどうでもいい。大切にしたいのはそんなんじゃない。俺たち二人の心だ……!」
「ここでもそれが大事やー言いたいんか? 俺には人の心なんぞ動かせへん。俺がジパング人だからや。だから力しかない、これからも、それは変わらんし、おどれごときに変えられへんぞ」
「それは、俺とお前、別々に一人でやってたらな! でも、俺がキングになったらそうはさせない!」
その希望いっぱいの夢いっぱいの"戯言"に、トウジロウは鼻で笑い踵を返した。
「具体的なプランも何もない、ただの夢物語やんけ、せいぜい三年後に"夢から醒めたらええ"わ」
その嫌味たっぷりの批判を、全く気が付いてすらいない様子で、シェンはただ"三年後に"という発言に認めてもらえたと喜んでいた。
「ああ、それと」
その漆黒の鋭い瞳は周囲の隊員たちに向けられた。
「おどれら、三年後に俺がキングに戻ったアカツキに、全員反逆罪でクビや、それまでにその薄汚れたクビ洗とけよ」
その一言に場の空気が縮み上がった。その蛙の集団とそれらを睨みつける蛇とのやり取りに、やれやれとシェンの口から重苦しいため息が洩れた。
◆
「どうも、スペードのエース」
ほとんど全員出払ったはずのスペード軍の建物で、背後からの聞き飽きたその声に、トウジロウはうんざりしたように振り向いた。
「なんや、バカにしにきたん」
振り向いたその先のクロブチメガネはニヤニヤと含み笑いしながら近づいた。
「まあ、そう言うな、エース同士よろしくな」
「なんでタメ語やねんコラァ!」
「だって、同じ階級だろ?」
エースになることに、こんな弊害があったか、とトウジロウはくしゃくしゃに顔をしかめて悔しそうに盛大に舌打ちした。
「まあそう気を落とすな、お前の新しいスタート、俺も楽しみだからさ」
「"お前"ェ!?」
おどけた様子から一変、ウランドは静かに微笑んだ。
「ようこそエースの地位へ。せっかく"与えられた機会"だ、よく勉強しろよ」
「やかましいわ! 言わんでもわかっとるさかい、いちいち俺に構うな!」
スペード軍のキング交代劇は暫くの間、世間を賑わせる大ニュースとなった。
――― A. ( スペードのキング降格事件7 ) ―――
2012.11.22 KurimCoroque(栗ムコロッケ)