36.6.スペードのキング降格事件6 prev next
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 "とんでもない形"での"最強の5人の魔導師"誕生のニュースは、その日のうちに全世界を駆け巡った。
 トウジロウのこれまでの功績から賞賛を贈る者、ジパング人にこれ以上魔導師としての権力を与えるなと批判する者、魔導師協会連盟国(いわゆる魔法圏)はまさに賛否両論だった。

 同時にスペード軍職員すべてが集団ストライキ。各国の注目が集まっていた最中であった。

 事態の収拾責任の矛先はジョーカーに向けられた。




 ◆

 ――魔導師協会本部"バベルの塔"最上階。

 広間に集まっていたのは、余程の事が無い限り見ることの無いそうそうたる顔ぶれだった。会長、スペリアルマスターたち、副会長職にあたる各大陸支部長たち、そしてトランプ総統ジョーカーゼレル。

 この重苦しい空気をいつものごとくジョーカーは笑い飛ばした。
 「わっはっは! 災難じゃったのうマリア! まあそう気を落とすな、師は弟子に超えられてこそじゃよ!」
 両手の指の何本かと手首に痛々しい包帯を巻いたマリアはぶすりと頬を膨らませ、腕組みした。
 「そうね! 本来なら弟子の成長を喜ぶべきなんでしょうけど!」

 一番奥で人形のようにロッキングチェアに揺られていた小さな老人は漸く口を開いた。
 「スペードのキングは降格させよう。これではスペード軍がままならん」
 すぐさま、ジョーカーが割って入った。
 「そんなことをしては、またジパング人だからかとかそんなことを言い出すぞ。カグヤと違って上の言うことだからと素直に聞き入れるやつじゃない、何が理由で降格させるか納得させてやらんと」

 あからさまに呆れたと大きなため息をついて、ボソリと大きな独り言が一つ。
 「何を甘ったれたことを。やつは不向き、それだけではないか」

 すぐさま、マリアは声の主を睨み付けた。
 「……キリス! トウジロウは学校卒業して、就職して、でも自分はジパング人だからって、魔法圏の中での人生設計に焦っているだけよ。簡単に決めつけないで。あの子が冷静だったら、」
 「お前が甘やかすからだ、マリア。敗者に意見を述べる資格はない」
 「あんたが勝手にあたしの資格を決めるんじゃないわよ!」
 キリスは更に疑惑に満ちた視線を向けた。
 「"最強の5人の魔導師"の称号も、お前がわざとプレゼントしたのではあるまいな」
 「……もう一度言ってみなさい」

 会長の咳払いで、マリアとキリスは互いに顔を背けた。
 「キリス、マリア、話を脱線してくれるな。支部長たちも多忙だ。さて、トウジロウを一度この場に呼んでみるか、ジョーカー?」
 「呼んでどうする。全員で畳み掛けて論破するか? 今のやつはジパング人であることとカグヤの存在のプレッシャーでコンプレックスの塊だ。本来持っている真っ直ぐさが失われてしまった。それはキングに任命した儂の責任。やつを降ろすのどうのの前に、処分を下すべき人間がここにおるぞ」
 その一言に、場の誰もが緊張に満ちた。自分の首を盾に、部下トウジロウを守ろうと言うのか。仲間のため身を差し出すことを厭わず、忠義に熱い、それが本来あるべきトランプの気質、まさにそれを地で行くこの老将に、誰もが頭が下がる思いだった。それは同時になんとかしてやりたいと、一部の人間に思わせるほどだった。

 「あの〜〜」

ジャイブ先生

 どこか照れくさそうに挙手をしたのは、槍ゼミのスペリアルマスター・ジャイブだった。
 「こないだ俺んとこ卒業したやつで、口がえらい達者なやつがいるんですけど、そいつをぶつけてみませんか? 期間限定、トウジロウが立ち直るまでって条件なら、"あいつ"も呑むと思います」
 「あいつ?」




 ◆


 桃花源国 崑崙山 蒼穹殿――絶えず大量の線香が焚かれた最奥の広間。巨大な簾の前に侍女は膝まづいた。

 「白桜姫さま失礼いたします、シェンさまに文が届いております」

 簾の端からひょっこりと顔を出した屈託の無い笑顔に侍女は顔をしかめた。
 「魔導師協会からでございます」
 「ん? 健康診断か何かか?」
 赤茶色のツンツン頭に顔を斜めに縦断する大きな傷に、灰色のつり目をぱちくりと、侍女の険悪な態度など何ら気付いていない様子で男は封を開けた。
 手紙に灰色の瞳を滑らせ、考え込んだように神妙な面持ちで沈黙した。

 少しして、簾の向こうから嗄れたゆったりとした声が"降って"きた。
 「行って、おあげなさいな」
 同時に侍女は畏まった様子で深々と頭を垂れた。

 「……でもさ、お前、」
 「わたくしを、枷になさいますおつもりですか」
 男はばつが悪そうに頬を掻いた。
 「わかったよ、行ってくる」




 ◆


 「おや、奇遇ですね、スペードのキング」
 「またお前か……」

 トランプ本部、三角屋根の上で寝そべっていたトウジロウは場所を変えようと起き上がった。というのも、以前より何かにつけてはどうでも良いことを話しかけてくるこの隣の軍の副将軍エースは、はっきり言って鬱陶しかった。

 「今日、"お暇"でしょう?」
 嫌味かとトウジロウはイライラと睨み付けた。
 「そら隊員が誰一人来ぇへんからな、ほらみろとか思てんねやろ」
 「いいえ、そういう意味での質問ではありません」
 「じゃあ何や、また説教か」
 「いいえ。相変わらずひねくれてますね〜」

 このウダウダした馴れ馴れしい態度にトウジロウの額に青筋が立ち始めた。
 「せやから! 何やて聞いてんねん!」
 「何仰ってるんですか、暇かとお尋ねしたのですから、飲みにいきませんかと言う意味ですよ」
 思いがけぬ申し出とこの馴れ馴れしさにいよいよ不快さが頂点に達しつつあった。
 「ほか当たれ、なんで野郎と飲まなあかんねん」
 「たまには仕事抜きで仲間と時間を共有するのも、いい息抜きになりますよ」
 「誰が仲間や」
 「誰って……我々トランプ全員ですよ」

 何を訳のわからないことをとトウジロウはついに無視して歩き始めた。ウランドもまた、微塵も気に留めることなく後に続いた。
 「貴方が相手にしているのは、頑張ったら飴を貰える"システム"ではありません、いろいろな考えを持つ人間です」
 「ほら始まりよった、お得意の説教が」
 「向き合う方向がちょっとズレているだけですよ、まだ間に合います」
 「よう言えるわ、アホくさ」
 「もうお気づきでしょう、やり方が間違っていたことが。壁を崩したかったら貴方がまずは折れなければいけないことも。出来ないのは何故です?」

 僅かに、トウジロウの歩く早さが増した。

 「……人種の壁で、世の中から梯子を外される恐怖は察するにあまりあります」

 ぴたりと、トウジロウの足は止まった。

 「でも貴方は気付いていないのか振りをしているのか、梯子から落ちても手を差し伸べてくれる人が何人もいるじゃあないですか」




 「……後者や」


 振り返ったトウジロウは皮肉に満ちた笑いを浮かべていた。
 「差し伸べる手ェ取ったら、そいつも梯子下ろされんねん。落ちるんなら、俺一人でええ、それだけや」
 間髪入れず、盛大なため息。
 「貴方はわかっていらっしゃらない、貴方がそうお思いだと言うことは、相手も同じなのですよ、何故なら貴方に手を差し伸べる覚悟を持っているから。貴方はもう少し他人を信頼するということを学ぶべきです。でなければ相手は悲しむだけですよ」
 「くだらん」

 「……チキン野郎」

 トウジロウはその聞き逃しそうな呟きを聞き間違いではないかと、思わず聞き返した。
 「はあ!?」
 今度のウランドの声はこれまでの低くボソボソとしたものではなく、真っ直ぐ、ハッキリとしていた。
 「スペードのキングは臆病者だと申し上げました」
 「何言い直しとんねん! しかも意味的に変わらんし!」
 というより、自分自身何となくわかっていたことだが、まさか他人の口から聞くことになろうとはつゆほども思わなかった。

 「キング!」

 トウジロウのすぐとなりの窓から顔を出したのはリシュリューだった。
 「お客様です、その、キングの座をかけて勝負しろと」

 一体どこのバカだ、このタイミングで、しかもマリアを破った相手に。
 トウジロウは心底面倒くさそうに、剣を取りに執務室へ戻った。





―――  A. ( スペードのキング降格事件6 ) ―――






2012.11.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)