36.5.スペードのキング降格事件5 prev next
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 水を打ったような静けさ、呼吸ですら音を立てることを許さぬ空気。

 まるで、ほんの少し吐息が触れただけで張り裂けてしまわんばかりの、一瞬の集中力の途絶えが命取りになる。

 マリアとトウジロウ、それぞれの剣はピクリとも動くことはなかった。石像のような、完全に生の気配を断った、時の止まった世界に二人だけ、そびえているかのようだった。


 どれだけ時間が経ったかわからなくなってきた頃、いつまで経っても戻らない隊員たちを心配し、秘書の一人が呼びに来た。
 それを合図に、マリアとトウジロウは寸分のズレなく同時に動いた。




 通常であればこの一閃で決するものが、それぞれの刀身は貼り付いたように拮抗した。同時に秘書は叫び声を上げた。それに続いて、場の隊員たちは一斉にマリアへ声援を送った。

 「この声援の意味、わかる?」
 「そらオバハンが"魔法圏の人間"やからな」
 「違うわ!」

 火花を散らし、一瞬間合いが空くも、呼吸する間も惜しまんばかりに続けて火花が何度も散った。

 何やら運動場が騒がしい、と徐々にトランプ本部から人が集まり出した。

 「オーディエンスは多い方が元気が出てくるわね」
 「興味ないわ」
 「貴方をトランプに入隊させたのは、仲間の存在を感じられる環境をあげたかったからよ」
 「いらん言うとるやんけ! ハナから!」

 再び、剣と剣とがかち合い、ギリギリと擦れ合った。

 「その若さでキング職に就かせたのはゼレルの采配ミスだわ……! 悪いことは言わない! 大人しく役職を降りなさい」

 その言葉に、トウジロウの口の端はニヤリとつり上がり、次にバカにしたように鼻で笑ってみせた。
 「ハッ! 俺に勝ってから言えやババア……!」

 マリアより30センチ以上は上背のあるトウジロウの体重がマリアにのし掛かる。すでにマリアの両足は地面に沈んでいた。
 そのこととは別のところで、マリアは不快そうに眉根を寄せた。
 (何かしら、嫌な予感がする)




 そのままトウジロウの剣に沿って刃を這わせ、鍔ごと指を叩き折ろうとした時だった。トウジロウの手首は滑らかにクルリと回り、マリアの剣を大きく弾いた。この瞬間マリアの胴はがら空きとなった。
 貰った、と振り上げられたトウジロウの剣。それを受け止めたのはマリアの足だった。更に、もう片方の手からもう一本剣が引き抜かれ、そのさまに注意が向けられた隙に、弾かれた剣が再びトウジロウの剣と拮抗した。

 「出たな、"化石"剣術」
 「祖国の伝統芸能よ、古いものから学ぶことはたくさんある」

 そうしてもう片方の剣が来るかと思えば蹴り技が襲いかかる。まるで三本の剣を相手にしているかのような錯覚に陥いらせる、マリアの剣術"トライアザン"。

 元々は祖国の伝統舞踊だったが、その特殊な動きを魔導師の身体能力を駆使し実践用に組み立てた、マリアが祖の剣術流派。
 二刀流と鋭い蹴り技の組み合わせで高い身体能力と空間把握能力、そしてスタミナさえあれば死角無しとうたわれる最強剣術。これにより、マリアは天才とうたわれ、当時のアカデミー最年少卒業記録を打ち出した。
 ※そののち、更に最年少卒業記録を樹立したのがカグヤとトウジロウ、という構図となっている。

あらそう

 「俺はお前の記録を塗り替えた! ほんなら今度は最強を塗り替えたる!」
 「目をさましなさい! あんたが本当に欲しいものは何! 地位や権力なんかじゃ無かったでしょ!?」




 何度か金属と金属が激しくぶつかる音が鳴りそして再度ギチギチと拮抗が始まった。

 「それがあらな、なんもでけへん! 認められるために結果残せ言うたのは、お前やろうがクソババアーーーっ!」

 キン、と高く澄んだ金属音が響いた。




 同時に天高く舞い上がった剣。マリアの右手から真っ二つに折れた剣が滑り落ち、そのまま左手を押さえ膝をついた。左手は、空だった。

 少し遅れて、遠くでマリアの剣が地面に突き刺さった。


 周囲は、起こるはずがないと思っていた目の前の事実を、飲み込めずにいた。

 そのうちの一人が呟いた。
 「これってまさか……"最強の5人の魔導師グランドファイブ"の誕生……?」

 周囲のどよめきの中、トウジロウの冷めた瞳に見下ろされ、マリアはただ一人、別のことを考えていた。


 ――ダメ……! この子たった数年でここまで……私では敵わない……一体どうしたらいいの……!





―――  A. ( スペードのキング降格事件5 ) ―――






2012.11.9 KurimCoroque(栗ムコロッケ)