初日の初っぱなから
ハートのキングも明らかに不機嫌で、それはこのスペードのキングの態度のせいだとばかり、その時ウランドは思っていた。
重苦しい空気の中、上層部会議は終了。
長らく潜っていた水中から地上の空気を求めんばかりに、真っ先に退室したのはハートのキングだった。
「……次はハート軍内部の朝礼です」
「わかっている」
低く短いその一言では、機嫌が悪いかどうかなど、窺い知れることはできなかった。
◆
朝礼も堂々と済ませた新たなキングに、一般隊員たちは肩透かしを食らった様子だった。予想以上に、頼りがいがある。一般隊員時代や学生時代よりカグヤを知る一部隊員たちからは、既に歓迎されていた。そのことが、カグヤの人となりを物語っていた。
朝礼も終わりかけ、そんな時だった。バタバタと廊下をかける音、慌てた様子で乱暴に開く扉。
「ハートのエース! 助けてください!」
それは、上層部会議で急遽スペードのエース代理に選定された隊員だった。
それに対してカグヤから発せられた声色はどこか突き放すような形だった。
「行ってやれ。ただし案件報告会議までには戻るように」
◆
スペードのエース代理に連れてこられたのはトランプ本部から少し離れたところにある運動場。
そこはまるで戦地ではないかと見間違えるほどに、倒れこむ隊員たちで埋め尽くされていた。だがよく見ると整列していた様子がある。全員、腹を肩を上下させ、滝のように汗を流していた。
その正面で一人、岩のように胡座をかいてその様子を睨み付けていたのはスペードのキングだった。

隊員たちはみな、ウランドの姿を見つけた途端、すがるように視線を集めた。
「随分過激な朝礼ですね。何事ですか、スペードのキング」
まるで本物の岩のように、スペードのキングはピクリとも動かなかった。その後ろでスペードのエース代理は鬼の首でも取ったかのように得意げに声を張り上げた。
「あんたがどれだけ不適正か! これからハートのエースに訴えてやるからな!」
訴えられたところで、たかだか隣の軍の
◆
腹筋背筋腕立て1000回ランニング10km。理由は朝礼の時間が勿体無いから。ただそれだけだったが、とても朝礼の短い時間内に終わるものでは無かった。
「どうです!? 貴重な朝礼の時間をこんな……」
「お前はまだ途中やろ」
差し込まれた雷のような声。その"岩"は鷹のような鋭い瞳をエース代理に向けた。
「はよ戻らんかいボケェ」
エース代理はウランドの影に隠れた。そこで初めて、"岩"はウランドを一瞥した。
「邪魔や消えろ」
なるほど、とウランドは顎をさすりながら、しゃがんで目線を合わせた。
「明日はどれだけです? スペードのキング」
何を言い出すのだろうかとその場の全員がウランドに視線を集めた。
「新生スペード軍では朝礼の時間を鍛練に費やす方針と理解しました。今日の量では時間が押すこととこれからの業務に支障をきたすことがわかりましたね。であれば今日のは適正な量ではなかったということですよね、それで? 明日はどのくらいの量になさるのですか?」
この場で、量を減らす約束を取り付けるつもりだった。それであるならキングの方針を尊重しつつ、隊員たちの負担も軽減できる、と考えた。
漆黒の瞳は視線を倒れ込む隊員たちに戻した。
「まだランニングが残ってんで」
完全に、ウランドを無視だった。どうしたら話を聞いてもらえるのか、とあれこれ考えを巡らせていたときだった。再び、漆黒の鋭い瞳がウランドを睨み付けた……かと思った途端、ゴツゴツとした、それこそ岩のような大きな手がウランドの胸ぐらを掴んだ。
「ん?」
「今、ハートのキングと俺を比較したやろ」
一瞬、何を気にしているのかわからなかったが、ジパング人同士でしのぎを削り合っているということだろうか。だがそれを仕事に持ち込まれては困る。トランプの各軍は柔軟性を保つために自由度の高い協力関係になければならない。反論しようと口を開きかけた時だった。
「ハートのエース、そろそろお時間で……きゃあ!」
背後から、ハート軍の秘書官が呼び戻しに来たようだ。答えようと振り向きかけた瞬間、周囲からどよめきに繋がる声が上がった。
大きく吹き飛んだウランドは後頭部をさすりながら口の端の血をなめた。
次に思ったのはメガネのレンズが割れたからヨトルヤに怒られるといったことだった。
そんなウランド本人とは裏腹に周囲は凍りついていた。
スペードのキングが、ハートのエースを殴った――スペード軍に対してハート軍が悪感情を抱く、と。
――― A. ( スペードのキング降格事件2 ) ―――
2012.10.19 KurimCoroque(栗ムコロッケ)