32.3.シェンと蠱毒屋2 prev next
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 「待テ」

 ザパイとの話を終え、立ち去りかけたシェンは振り返った。
 「……連れていた妖精はどうしタ」

 パタパタと服の上を押さえて潜り込んでいたはずの相棒を探るも、見当たらない。
 「お前の服の中潜り込んでない?」
 三拍眼がジロリと睨み付けた。
 「オレの蟲がエマージェンシーを発報していル。……"邪魔が入った"ト」




 シェンは内心舌打ちした。そこまで仕掛けがあるとは気付かなかった。
 「やはり、"セルダン"と同業だナ。関わるんじゃなかっタ」
 ニカリと屈託のない笑顔を向け、シェンは誇らしげに答えた。
 「や〜っぱ目の前じゃなくても、殺人は見過ごせないからね〜、職業柄!」
 「職業病の間違いだロ」

 シェンの背中を見送った後、ザパイは静かに立ち上がった。
 「仕事の邪魔はさせなイ、職業柄ナ」




 ◆


 「きゃーきゃー! きゃあぁあ!」

 町の上空を大人一人飲み込めるのではないかというほどの巨大な蜂のような昆虫が何かを追い回している。
 昆虫が追うその先、キラキラと輝く鱗粉の尾を引き、逃げ惑うリンリン。

 急上昇。

 急旋回。

 急降下。

 何をしても妖精のスピードにピタリとついてくる。過去の、住んでいた森での弱肉強食の生活がふと蘇った。
 だがここは町の上空。町中であれば小さなリンリンの体はいくらでも隠れる場所はあったが、これだけ巨大な魔物が舞い降りれば大勢の人間に迷惑がかかる。

 「うわぁ〜ん! シェ〜ン〜!」




 背後でバシリと乾いた音、続いて足元でズンと巨大なものが落下する音が聞こえた。そして、遥か下方から聞こえるいつもの明るい声。
 「お〜い、リーンリ〜ン! 大丈夫かー!」
 「シェン!」
 流星のごときスピードでシェンのもとまで降りると、しがみついてわんわんと泣きだした。
 「怖かったあ」
 シェンの暖かい手が優しく撫でた。
 「怖い思いさせてごめんな」

 そうして、直立した人間の大人くらいの長さの昆虫の太い脚、その根元についていた白い粉に手を伸ばしたときだった。
 何処からともなく現れた毒々しい色の蛇がシェンの手元に牙を剥いた。間一髪避け、後退ると、朱色の棍を構えた。

 ガシリと蛇の尾を捕まえる手、横たわる巨大な昆虫の向こうから現れたのは、怒り心頭といった様子のザパイだった。

 「オレの仕事の邪魔するナ、くそ魔導師ガ」




 シェンは負けじと両手を差し出した。
 「じゃあ邪魔しないからちょうだいよ! 魔蟲!」
 子どものわがままを見るかのような、見下した眼差しでザパイはわざとらしく舌打ちした。

 だが直後に、どうやら何かを思い付いたのだろう。ニヤリと笑い、顎をさすった。
 「やらなくもないガ、条件があル」

 シェンの灰色のつり目がパチクリと見開かれた。
 「何々?」

 「お前のせいで仕事を潰されタ。代わりに仕事をこなしてこイ」

 キョトンとするシェンを尻目にザパイは踵を返した。
 「そんなに欲しいモノならバ、どんな手を使ってでもという意気込みが無けれバ」
 堪える笑みを袖の下に、ザパイはその場を立ち去った。

 ボールペン

 ――お前が一番嫌がっている"殺し"ヲ、そラ、やってみロ





―――  trick beat ( シェンと蠱毒屋2 )―――






2012.6.2 KurimCoroque(栗ムコロッケ)