32.2.シェンと蠱毒屋1 prev next
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 がやがやと、多くの冒険者たちで賑わう店内。
 併設のカフェでオレンジジュースを飲んでいたシェンは、ふと自分に向けられる視線に気がつき、顔を上げた。

 シャーペン

 マッシュルームカットの金髪に、眉の無い大きな三拍眼、ほとんど無い鼻に唇の黒いピアスが印象的な猫背の小さな男だった。
 「顔に"盛大な"呪創。お前が"スペードのキング"カ」
 「あ、じゃあお前がザパイ?」
 はじめましてと右手を差し出すも、ザパイは応じなかった。
 「オレになんの用ダ。手短二」
 「まあ、取りあえず座れよ」
 ザパイは踵を返した。
 「オレは仕事が詰まってるんダ。長話なら応じなイ」

 「じゃあ、仕事しながらでいいから!」
 「……ハ?」

 ダメだダメだと拒むザパイを気に留める様子は微塵もなく、シェンは無理矢理後についていった。




 新市街のとあるカフェが依頼人との待ち合わせ場所のようだった。
 賑わう通り沿い、ワイン色の扉が印象的な落ち着いた雰囲気のカフェ。中はコーヒーや軽食とともに会話を楽しむ客たちで溢れかえっていた。
 まるでこれから相手を呪うだのなんだのという話をする場とは思えない、似つかわしくない場所だった。

 やがてふらりと現れたのはカーディガンにひらひらとしたロングスカートのふくよかな初老の婦人。醸し出す雰囲気はリンリンがすぐ懐きそうなくらい優しそうだった。

 ザパイは無愛想に席につくように促した。

 婦人は幻でも見るかのように目を真ん丸とザパイとシェンを見つめ、口を開いた。
 「本当に呪い屋さんなの?」
 毎度同じリアクションを貰うのか、ザパイはうんざりしたように口を開いた。
 「あんたが依頼したんだロ? 呪いレベルは一番高額の"呪殺"、金はすでに支払い済ミ、あとは実際殺るだけダ。どいつをヤればいイ?」

 何なの、この愛想の悪い男は、と婦人はムッとした様子で店員にコーヒーを注文し、テーブルに一枚の写真を置いた。
 「ターゲットは旦那の不倫相手よ。メッタメタにしてちょうだい」
 優しそうな雰囲気からは想像もつかないおぞましい言葉。一目その顔を見てやろうとシェンの襟首から顔をだしかけたリンリンだったが、シェンの人差し指に押し込められた。ザパイのリアクションは淡々としたものだった。
 「わかっタ。使う呪いは"蟲毒"という蟲を使った呪いダ。一週間以内には望み通りの結果になっているだろウ」




 早々にカフェを後にし、町外れの廃屋に隠されていた地下通路を通り、辿り着いた先は裏ギルドのようだった。
 その間、絶え間ないシェンの会話を全く無視。リンリンの我慢の限界もとうに過ぎた頃だった。
 「なあ、"魔蟲ウイルス"って最新の呪いを使えるんだろ?」
 ザパイはようやくシェンと目を合わせた。
 「これから見せてやル。だからもう付きまとうなヨ」




 そうしてテーブルにつくと、袖の中から小さく折り畳まれたわら半紙を取り出した。
 わら半紙を開くと、中には白い粉。
 シェンは目を細めた。
 「これが"魔蟲"?」
 次に袖の中をごそごそと漁ると、やがて中から小さな蜂のような虫が羽音を立てて飛び出した。蜂は花粉のように粉を付けるとそのまま飛んで行った。
 「……終わっタ。もういいだロ」

 「なあ、その粉ちょっとでいいから譲ってもらえない?」
 ザパイの苦々しい視線がシェンを突き刺した。
 「ダメに決まってるだロ。ただでさえ流行しそうな新作ダ。同業に広めたく無イ」
 「同業じゃないし、使ったり、広めたりする目的じゃない」
 ザパイは首を傾げた。

 「"クラブのキング"ってお宅の客にいるだろ? アイツをおびき寄せるのに最新の呪いが必要だった。流行しそうってことは今いろんなところの呪い屋で広まり始めてるってことなんだ?」
 明らかに不愉快、という表情がザパイの顔に広がった。
 「ヤツには何度も仕事の邪魔をされていル。お前のように言葉の端から情報を引き剥がしていくところなど、まさにヤツと"同業"ダ」

 シェンの快活な笑い声が陰気なバーに響き渡った。
 「ま、トランプとして目の前で人が死ぬのは見過ごせないからな」
 「お前はたった今見過ごしたじゃないカ」
 「ハハハ! "目の前"じゃないからかな?」
 シェンは席を立った。
 「サンキュー! 他の同業に当たってみるよ」
 シェンが席を立って暫くし、ザパイはふと思った。
 (随分と引き際がいいな)




 蜂のあとを追う黄金の鱗粉。
 軒下や雑踏の間を、暫く激しいチェイスを繰り広げ、屋上の開けた場所まで追い詰めるとリンリンは蜂に向かい、手をかざした。

 「キラキラキャンディー!」

 金色に輝く水飴のような光の弾が蜂に命中した。光の弾に絡めとられ、みるみる動けなくなった蜂は力無く屋根の上に転げ落ちた。
 リンリンはニヤリと笑った。
 「"クラブのキング"のエサ! ゲットぉ〜♪」

 ところが、蜂はむくむくと巨大化し、凶悪な雄叫びと共に、翅の振動であたりに激しい爆風を巻き起こした。

 「きゃあ!」

 衝撃でリンリンは屋上の手すりに叩きつけられた。そのまま後頭部を抑え、うずくまった。

 水飴のようにまとわりつく光の球が飛び去ることを許さず、ズン! と音を立て、蜂は屋上に止まった。ガラガラと足先の重みに耐えきれない外壁を崩しながら、リンリンに近寄った。

 (や…やばい)

 凶悪な牙がぱっくりと広げられた。





―――  trick beat ( シェンと蠱毒屋1 )―――






2012.5.26 KurimCoroque(栗ムコロッケ)