31.3.みえないおにごっこ prev next
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 寝静まった宿場町。

 ある安宿に現れた人影は、ロビーの呼び鈴を鳴らすこと無く奥へと進み、そしてある部屋の前で足を止めた。

 部屋に錠はかけられていなかったようだ。
 ドアは音もなく開けられ、弱く絞られたランプの明かりがチラつく部屋をベッドの前まで歩み寄ると、鞘から刃物を抜き出した。
 ランプの灯りをキラキラと反射し、高々と掲げられた刃。




 だが、その手ははたと止まると向きを変え、カーテンの閉め切られた窓に向け、刃を突き立てた。
 ガツンと火花が瞬き、続くギリギリと刃物の擦れる音。

 「チェ、ばれたか!」

 火事じゃないよ

 カーテンが破れ、突き立てられた刃物の先には真っ赤な棍。
 ブチブチとレールから引き千切られたカーテンを翻し、そのまま刃の持ち主に投げ被せると、シェンはそのまま飛びかかった。
 間髪入れず、カーテンの下から突き出した刃はカーテン越しにも関わらず正確にシェンの位置を把握し、赤い棍と衝突した。
 ギリギリと拮抗する棍と刃。その下のカーテンに被さる人物にニコリと笑むと、シェンは声をかけた。
 「おーい、起きてる?」

 カーテンの下は無反応だった。代わりに拮抗する刃の力は増し、みるみるとシェンは壁際に押しやられてしまった。
 「いたた……これじゃ骨が折れちゃうよっと」

 棍を斜めに倒しバランスを崩すと、刃の持ち主の頭上を飛び越し、ついでに棍の先にカーテンを引っかけ剥ぎ取った。
 ほぼ同時に刃は宙を掻いた。シェンが着地すると赤い中華服の袖はぱっくりと割れていたが、気にすることなくカーテンを部屋の角に投げ捨て、刃の持ち主を振り返った。
 「起きろ、サラ!」

 あのアンティークの剣をまっすぐと構えていたのはサラだった。
 その瞳はまっすぐとシェンを捉え、だが夕飯時に出会った際に感じられた、どこか女性らしい、か弱い印象は微塵もなかった。

 ベッドの下から顔を出したリンリンはシェンの発言の意図がわかりかねた。
 「起きろって、起きてるじゃん」
 「いや、こいつは"おに"だよ、サラが追われている」
 リンリンは訳がわからないと、シェンとサラを交互に見た。

 シェンの灰色の瞳がサラを映した。
 「何がしたい?」




 「……女だからとバカにして……」

 サラは勢い良く斬りかかった。息をする間もなく繰り返し襲い来る激しい剣撃を、赤い棍が弾き、往なすを繰り返す。
 「バカに? 誰が?」
 「……女だろうが何だろうが……私は"お前ら"より強い!」

 ケタケタと笑いながら、剣撃の激しさは次第に増していった。リンリンは叫んだ。
 「やめて! シェンが死んじゃう!」

 三度拮抗する刃越しにシェンはニヤリと笑った。
 「ひぇ〜っ! 確かに強いなあ! こりゃ、確かに並以上の男でもなかなか敵うもんじゃない。すごいよ! ……でも、女だからって、認めてもらえなかったんだ?」

 「……私は強い……私は強い……」
 サラは同じ言葉をただ繰り返していた。

 その様子にリンリンもようやく違和感を感じたようだった。
 「なんなの?」
 「夢遊病の一種だろう。精神世界(深層心理)との調整機能が弱まっている魂魄障害だよ」

 次にシェンはアンティークの剣に目を落とし、ニヤリと笑った。
 「誘発してるのはお前か!」

 「死んじゃえええ!」

 笑い続けるサラは剣を振りかざした。
 同時にシェンも構えた。その一切の隙も与えない様に、サラは手を止め、距離をとった。
 「どうした? こないの?」

 サラはジロジロとシェンの様子を伺っているようだった。
 「早くその剣を手放せ。お前、そのせいで賞金首になってるよ」
 やはり、見覚えがあると思った、というリンリンの視線がサラに向けられた。




 ――Aクラス賞金首"辻斬りヴィーナス"

 「お前の懸賞金目的でやって来た賞金稼ぎを、昼間のお前は剣を狙う"犯人"と思い込み退け、夜のお前は精神世界からの衝動に抑制が効かず、自分の強さの証明のため次々と無差別に殺していった、サラが逃れようとしていた"犯人"だった。ただし"犯人"、"辻斬りヴィーナス"はサラにとっては"夢の中"の出来事にすぎない。自覚がないんだ、自分の意志じゃない」

 サラはただ「自分は強い」という言葉を繰り返していた。シェンとの会話はまるで成り立っていなかったが、そもそもシェンは"夢の中"にいるサラと会話をしている気は毛頭無かった。

 「認められない孤独感、高まる自己顕示欲、それを満たされず傷ついた自尊心、行き場のないストレスは、やがて破壊の衝動、願望を生む。そこをその剣は巧みについてタガをはずし、"辻斬りヴィーナス"が誕生した。見たことあると思ったけど思い出した、"吸血剣ダインスレイブ"だ」
 その単語に、反射的にリンリンはベッドの下に潜り込んだ。

 ――吸血剣・ダインスレイブ。手にしたものは、血に飢えた剣の為すまま、自らの意思とは関係なく殺人を繰り返してしまう呪われた剣。たまにニュースで事件として紹介をされては、いつの間にか紛失、そして忘れた頃に再び事件として世間に話題を投下する、を繰り返す"いわく付き"で有名な剣であった。

 リンリンは悲しそうに剣を見つめた。
 「そんなに有名な剣なら、コレクターのお父さんも大事にするはずね……」

 シェンが一歩踏み出すとサラも一歩後ずさった。
 「サラ、きっと誰にも負けないように努力して、磨いて、でも女だからってだけで認めてもらえなくて、さみしかったんだよな、そしてそれが悔しかったんだよな。確かにお前は強いよサラ。男にも負けないくらい。けどな、」

 赤い棍の先端が真っ直ぐとサラを捉えた。
 「その剣に負けてんじゃん」




 意識などないはずなのに、「負けている」という言葉に、僅かだがサラの剣の切っ先がぐらついた。赤い棍がクルリと弧を描いた。
 「どんなに技術が、実力があっても! だからお前は剣士として半人前だったんだよ!」

 金属音が響き、サラの手元から弾かれた剣は真っ直ぐと天井に突き刺さった。

 「お前の親父さんの遺言の続きは多分こうだ」

 ――あの剣を、"棄てろ"

 支えを失ったためかサラの体は力無く崩れ落ちた。
 それを支え、そっとベッドに横たえると、シェンは天井に深く突き刺さった剣を引き抜いた。

 「"剣は心技体"が揃って初めて形になる、心も大事なんだって、モモ(※)が言ってた」
 ※トウジロウのこと

 「え〜っ! アイツの受け売り〜!?」
 心底嫌そうな様子のリンリンにシェンは苦笑した。
 「だって俺、剣の道は詳しくないし」
 そうして手にした剣をランプに翳した。
 「サラに話してコイツを貰おう。クラブのキングを誘き出すエサにする」

 後日、スペードのキングの説得で"辻斬りヴィーナス"が出頭。"吸血剣"のせいということで情状酌量となり、"辻斬りヴィーナス"案件が終幕となった話はハンターズギルド利用者に瞬く間に広まった。





―――  trick beat ( みえないおにごっこ3 )―――






2012.4.27 KurimCoroque(栗ムコロッケ)