「カエル人間? ああ見た見た! あいつは本当に最低最悪なやつだ!」
「なんですって?」
ガラス張りの球体の建物。四方八方から降り注ぐ陽光で屋内は暖かく、美しい草花が咲き乱れていた。
その穏やかな温室内とは打って変わって、その年老いた庭師は心底腹を立てていたようだった。
赤茶色のツンツン頭に顔を斜めに縦断する大きな傷、灰色のつり目の小柄な青年・シェンは、その老庭師を落ち着かせようと必死でいた。
「だから! あいつは人殺しだって言っているんだ!」
「人殺し? そのカエル人間が? 誰を?」
「俺をだよ!」
シェンはキョトンと灰色の瞳を庭師に向けた。
温室の中央にポツンと一つ、粉々に割れた鉢。
そこへ庭師の憎しみに満ちた視線が落とされた。
この鉢にあったのは"不凋花(アマラントス)"。
人の余命を養分に育つ花の突然変異と言われており、この花の持ち主には不老不死が与えられると言われている。その反面、
「聞いたことある! 持ち主は例外なく非業の死を遂げるって有名なやつだよね!」
庭師は顔を覆った。
「旦那様から譲り受けた大事な花じゃ。ワシが最後の持ち主になると誓ったものを……」
シェンの肩に腰かけ、金の髪の妖精の少女・リンリンは眉を寄せた。
「盗られちゃったってこと?」
庭師は俯いたまま小さく何度も頷いた。
「ワシは数百年前から花を守ってきた。花を盗られてしまって、ここ数日で急激に老いだした。もう長くない」
そうして庭師はシェンの裾にすがりついた。
「どうか旅のお方、あのカエル人間からワシの花を取り返してはくれんか」
リンリンもシェンの髪を引っ張り懇願した。
「おじいちゃん可哀想だよ! 自分の呪いを解くためにこんなこと……自己中すぎだよ!」
「自己中かー」
シェンは顎に手を当て少し考え込み小さく呟いた。
「まだわかんないよ?」
そうして目の前で膝をつく庭師を見下ろした。
「犯人がカエル人間って知ってるってことは、直接会ったんだ?」
「ああ! まんまと口車にのせられたわい」
「そのカエル人間、奪い去るときに、何か言わなかった?」
一瞬、庭師の顔がひきつった。シェンは気づかぬふりをして続けた。
「なぁ、なんで旦那サマはわざわざじいちゃんにこの花を託したんだ? 不老不死を捨てて」
庭師は悲しみにくれた顔を見られまいと顔を俯かせた。
「旦那様は永遠に生きることの苦痛をおさとりになった。もう十分生きたから私にくださると」
シェンは庭師の前に腰を下ろし、その禿げ上がった頭をじっと見つめた。
「苦痛なものを、じいちゃんに託したの?」
「旦那様はお優しいかただった。他の人間が苦しまぬよう花守としてワシを選ばれたのだ」
「処分をするって選択肢はなかったんだ?」
庭師は黙り込んだ。シェンは背筋を伸ばした。
「ねー、じいちゃん。目を見て話してもらっていい?」
暫くの沈黙。
次の瞬間。
庭師は錆び付いた剪定鋏を振りかざした。
シェンは間一髪でそれを避け、だが庭師との距離はとらなかった。
「不老不死なのに非業の死って矛盾じゃん! やっぱじいちゃん、」
灰色のつり目に鋭さが増した。
「旦那サマとやらを殺して花を自分のモンにしたろ」
庭師は奇声を上げてシェンに襲いかかった。
「欲する人間に殺され奪われる。それが"持ち主の非業の死"の正体!」

リンリンは口をおおった。
「そんな……」
そうしてシェンの人差し指が襲い来る庭師を捉えた。
「カエル人間はこう言ったはずだ」
庭師の体は迫り来る度にボロボロと砂のように崩れ始めた。
――あんたは"非業の死"を遂げなくてよかったな
「じいちゃんの時間はとうに終わってる。あるべき姿に返りなよ」
ボロボロと砂の絨毯を作りながら、シェンの目の前で剪定鋏は虚しく転がった。
「この温室の花たちがじいちゃんの手向けの花だ。大丈夫。あんたが永久に世話したかったこいつらも、いずれあんたの傍らで後を追うよ」
温室の外で澄んだ空気を胸一杯に吸い込み、大きく吐き出すとシェンはニカリと笑った。
「さて、もうさっそく足取りが辿れなくなった」
リンリンはシェンの頭の上に寝そべり頬杖をついた。
「全然ダメじゃん」
シェンは腹を抱えて笑った。
「ハハハ! まあ、何とかなるさ!」
リンリンもまたクスリと微笑んだ。
「まあ、シェンならね」
――― trick beat ( にわしのはな )―――
2012.3.31 KurimCoroque(栗ムコロッケ)