30.1. クラブのキングと解呪の呪い prev next
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 トランプ本部 スペード軍棟――

 磨きあげられた年季の入った木の床に、コツコツと一定のリズムを刻むヒールの音。
 眩しい朝日が差し込む明るい廊下は、早朝の澄んだ空気と小鳥の囀りが清々しい。

 その朝日をキラキラと反射する綺麗に纏めあげられた金の髪、美しいブルーグレーの瞳は廊下の一番奥のドアを見上げた。

 リシュリュー

 毎朝の日課である上司の執務室の空気を入れ換えにやって来たリシュリューは、ここ数日無人だったその部屋から主の声が聞こえることに気がつき、その足で給湯室へと向かった。




 「で、どうやって探すの? クラブのキング」

 妖精の少女リンリンの鈴を転がすような声が執務室に華やかに響き渡った。
 その質問、というより疑問を投げ掛けられた、赤茶色のツンツン頭に顔を斜めに縦断する大きな傷のある小柄な青年、シェンは顎に手を当て唸った。
 「ない。手がかりが。これっぽっちも」
 リンリンは整頓された広いデスクの真ん中でうつ伏せに肘をついて足をブラブラとさせた。
 「クラブのキングっていつも何やってるんだろうね、全然見たことないけど」




 シェンは少しの間リンリンの様子を窺うように見つめ、それから口を開いた。
 「あいつは魔導師裁判所セイラムからかけられた呪いを解くために世界中を駆け回っているのさ」
 リンリンはキョトンとシェンを見上げた。
 「犯罪魔導師なのにトランプでキングやってるの?」
 「……まあ〜、そうだな。でも悪い奴じゃないんだよ」
 その灰色の瞳はどこか沈んでいるようだった。リンリンは直感的にその先をシェンにしゃべらせたくないと胸の奥が痛むのを感じた。そして話をそらすように次の質問を投げかけた。
 「……クラブのキングは呪いを解く方法を探してるんだ? でもセイラムに"執行"された呪いを解く方法なんて世界を旅したところでわかるものなのかなあ?」
 シェンは窓の外を眺めた。

 「いいや、解呪の方法はもうわかってる」
 デスクに置かれたその拳は固く握り締められた。

 「この世の全ての呪いを、その身に受けること」

 リンリンは思わず起き上がった。
 「呪いって……死んじゃうやつだって一杯あるでしょう!?」
 シェンは小さく頷いた。
 「あいつはそれでもいいんだ。解呪の目的は自分が生きるためじゃない」




 「クラブのキングのお話ですか」

 静かに置かれたティーカップ。ふわりと広がる紅茶の香り。
 リンリンが顔をあげると、そこには見慣れた暖かな微笑み。だがそれはどこか悲しげでもあった。
 「リシュリュー!」
 「お帰りなさいませ、キング、リンリンちゃん」

 「どうして悲しそうな顔をしてるの?」
 シェンとリシュリューは互いに顔を見合わせた。
 「リンリン、あいつって誰のことかわかってるか?」
 「誰って……クラブのキングでしょ?」
 「顔は?」
 「へっ!? だって、あったことないよ?」

 「リンリン」
 シェンは「本当に?」という顔で苦笑した。
 「実はこの話はもう何度もお前にしてるんだよ」
 リンリンはシェンの発言の意味が分からずキョトンとした。リシュリューの沈んだ声が続けた。
 「それがクラブのキングにかけられた呪いなのよ。"人々の記憶に留まれない"呪い」

 リンリンはさらによくわからないと眉根を寄せた。自分はわからないが、シェンとリシュリューは知った風である。彼らの記憶には、留まっているということにならないのか。
 「今は相当数の呪いを集めて、魔力の高い一部の人間の記憶に留まることはできるようになったけど、あいつが一番自分を覚えていてほしい人は別にいる」
 リンリンは首をかしげた。

 「故郷の、家族だよ」

 リンリンはシェンやリシュリューの顔を見上げた。
 もし、自分は彼らをわかっているのに、彼らが自分をわかっていない、知らないとしたら――
 「シェンにもリシュリューにも、忘れられたら、悲しいよ」

 リシュリューは人差し指でリンリンの小さな頭を撫でた。
 「そうね……」




 そのような沈んだ空気を全く気に留めていない様子で、シェンは伸びをしながらため息をついた。
 「しっかし、せめてあいつがまだ集めてない呪いとかわかればなー」

 「わかりますよ」

 シェンはリシュリューを見上げた。
 「へっ?」
 リシュリューは記憶を辿るように顎に手を当てた。
 「クラブのエースが、これまでクラブのキングがお集めになった呪いをリストにしておりまして、任務に出られる際は必ず秘書に託しております。それはセキュリティの観点からではなく、ご自分が任務で何かあった時のためですので、入手は容易です」

 リンリンはパチリと指を鳴らした。
 「なるほど! そのリストに無い呪いを、クラブのキングは集めに行ってる!」

 リシュリューは心配そうにシェンを見つめた。
 「しらみ潰しにはなりますが……」
 シェンはいつもの屈託の無い笑みをリシュリューに向けた。
 「いいや、一歩どころか百歩前進! 俺、各地の呪いの情報集めたいからさ、リシュリュー、悪いけどリストの入手頼める?」
 リシュリューは微笑んだ。
 「もちろんです」





―――  trick beat ( クラブのキングと解呪の呪い )―――






2012.3.10 KurimCoroque(栗ムコロッケ)