旅の音楽家によってもたらされたゾンビパウダー被害により、死ぬに死ねない体となってしまった"死体のおじさん"。
時間に蝕まれ、ただ朽ちてゆくだけの肉体とともに、自分はこれからどうしていけばよいのか。その答えを求め、この世で唯一、人間界に住まう神"白桜姫"を目指し、巡礼の旅の途中だったハニア親子とその用心棒ハイジに"運び屋"まで連れてもらう旅を続けていた。
道中立ち寄った遊園地で人違いにより従業員に連れていかれた"死体のおじさん"を、ハニアの父親、母親、ハニアとハイジの三手に分かれ、園内をくまなく捜すことになった。ところがどこを探しても、何人もの係員に聞き込みをしても、手がかり一つ見当たらない。歩き回り、疲れたとハニアはついにベンチに座り込んだ。
「も〜! 遊園地って広すぎ! 人多すぎ!」
仮面の男はその隣に静かに腰かけた。そうしてぼんやりと、園内を駆け回る子どもたちの姿を眺めていた。
「あ〜……ハイジ子ども好きそうだもんね、保父さんになれば? あっ! あのおじさんも!」
ハニアが指差す方向に、植木の影で子どもたちの姿をぼんやりと眺める無精髭の小柄な男。
「ハイジみたいにずっとちっちゃい子たち見てる、誰かのお父さんかなあ」
そのうち、元気に駆け回っていた青い服の男の子が公衆便所へと入っていった。それを見てハニアはもぞもぞと体を動かし始めた。
「あ〜おれもトイレ行きたくなってきた! ハイジ! ちょっと待ってて」
公衆便所の入口で、ちょうど先ほど話題にしていた無精髭の男と出くわした。男は便所から出てくるところだったようで、その腕にはスヤスヤと眠る、ヒラヒラとたくさんのフリルのついたワンピースを来た小さな子どもが抱かれていた。
(やっぱり誰かのお父さんだったんだ)
そうしてそのまま男子便所に入りかけたその時だった。
ガン、と固いもので壁を突く鋭い音に、ハニアは心臓が跳び跳ねた。何事かと出入口を振り返ると、先ほどの無精髭の男の通行を遮るように、木製の鞘が壁に突き立てられていた。その持ち主にハニアは血の気が引いた。

「ハイジ! 何やってんの!」
ハニアは出入り口で人の往来を妨げる木製の鞘に慌てて飛び付き、その持ち主である仮面の男の奇行を制止した。その隙に無精髭の男は通り抜けようとしたが、再び鞘によって制止された。次に鞘の先は無精髭の男が抱えるヒラヒラとした女児用の服を来た子どもの、その足に向けられた。つられるがままに目を止めたその子どもの足に、ハニアは違和感を感じた。靴が、男児のものである。
「え? あれ?」
スヤスヤと眠りにつくその寝顔には、見覚えがあった。先ほど一人でトイレに入っていった、青い服の男の子。怪訝そうに眉根を寄せ、ハニアは無精髭の男の顔を見上げた。
「え……なんで……?」
血に飢えた仮面の"犬"はニタリと笑うと長ドスの柄に手をかけた。
その狂気に満ちた"明らかにヤバそうな"雰囲気に身の危険を感じ、無精髭の男は抱いていた子どもを仮面の男に投げつけた。子どもはがっしりと仮面の男に受け止められたが、その隙に男は走り去ってしまった。さらには、仮面の男がいくら見渡せど、その場にハニアの姿が見当たらない。
「ちょっと、あんたぁー!」
女の張り上げる声。仮面の男の視界に、憤怒の形相で向かってくる女の姿が飛び込んだ。
「うちの子になにしてんのよっ!」
仮面の男は自身の腕の中でスヤスヤと眠る、たくさんのフリルがついたワンピースを着せられた男児に目を向け、再び女を見た。
「おじさん! ちょっと待ちなよ!」
人気の無い建物の裏。そろそろ撒けただろうと振り返ったすぐそこには、先ほどの狂暴な仮面の男を制止した少年。あの仮面の男は一緒ではないようだ。
「おじさん、あの子のお父さんじゃ、ないよね……」
無精髭の男は舌打ちして口をへの字に曲げ、ハニアを睨んだ。
「なんだ小僧、偉そうに」
そうして懐から取り出したのは小さなダガーナイフ。ハニアは思わず口の端から「ヒィ」と声が漏れた。
「そんなもの持ってるなんて、お、おじさんあの子を殺すつもりだったの」
無精髭の男は笑った。
「オレじゃねぇよ、しかしまあ、そうだなあ……」
無精髭をジャリジャリと擦り、男はハニアの頭の先からつま先までジロジロと舐めるように見つめた。
「お前でもいいか、需要はあるだろうしな」
ハニアは訳がわからない、と眉を寄せた。
「需要って、何の?」
「売るんだ、"希望"を」
そうして指さされたのはハニア自身。ハニアは思わず自身を指さした。 「おおおおれっ!?」
遠い国の、実際にある話として聞いたことがある。
――人身売買――
「お前自身には用はない。用があるのはお前の"中身"さ、内臓! 世の中にゃお前みたいな生きのいい"の"を喉から手が出るほど心待にしてる病気の子持ちのバカな金持ち連中がごまんといやがんのさ。病気の内臓とお前の新鮮な内臓を"とっかえる"なんざ、犯罪魔導師様には朝飯前さ。あ、たまに"美食家"なんておかしな連中もいやがるけど」
次に男はポケットからハンカチと小瓶を取り出し、小瓶のコルクを抜くと中に入っていた透明な液体をハンカチに含ませた。そうしてナイフを構えながらゆっくりとハニアに近づいた。透明な液体がなんなのかはわからないが、ナイフを向けたまま迫ってくる男に恐怖を感じ、ハニアは直感的に逃げなければと思った。
「うわぁ!」
ハニアは慌てて真後ろにあった建物の扉を開け、中に入った。すかさず男も後を追った。だが、潜り抜けたドアの先は蝋燭の灯りがポツポツと置かれた薄暗い部屋。部屋の回りには墓石や悪趣味でグロテスクな飾りがぶら下げられていた。どうやら、ホラーハウス(お化け屋敷)のようである。
「あのガキ、どこ行きやがった」
(うわわ、変なとこ入っちゃったよ……)
思わず叫び声を上げてしまいそうな不気味な景色の中、ハニアは出口へ向かうべく、順路と書かれた看板に沿って、静かに音を立てないよう、だが必死に小走りに進んでいた。暫く進み、目の前に飛び込んだ墓石の裏に蠢く影を発見した。人影だ。ハニアはホッとし、駆け寄った。
「あの、すみませ」
「バアアァア」
「ギャアアアア!」
突然飛び出したおぞましい姿のゾンビに、ハニアはついに叫び声を上げた。
「……あれ? ハニアくん」
よくよく目を凝らすと、ゾンビはゾンビでも見慣れたそのゾンビは"死体のおじさん"だった。
「お、おじさん!? こんなところで何をしてるの!?」
"死体のおじさん"はいつものように陽気に笑った。
「ハッハッハ! いや、実はここのゾンビのアルバイトと勘違いされてしまったみたいで……」
「あっ! おじさん、話はあと! 隠して! 変な人に追われてるんだ!」
「何ですと?」
「おーい、坊主、さっきは悪かったよー」
先ほど叫び声がしたのはこの辺りだ、必ず近くにいるはずだと、無精髭の男は慎重に暗がりの隅々まで目を凝らした。
「もう何もしないから、出てきてくれよー」
無精髭の男は不気味なセットの裏を隈無く確認しながら徐々にハニアたちに近づいてくる。
"死体のおじさん"は読めない状況に耐えきれず小声で訊ねた。
「ハイジさんは、一体どうしたのです」
ハニアは慌てて人差し指を立てた。
その時だった。墓石の上から、ニンマリと笑む狂気に満ちた瞳。無精髭の男だった。
「見ぃ〜つけた」
同時刻。
息を切らし、広場を出ていったかと思えばまた戻ってくるを繰り返す怪しい仮面の男に、見かねた父兄が声をかけた。
「もしかして、ご一緒だった男の子を探しています?」
仮面の男はなぜわかるのかと少し驚いた表情を浮かべた後、コクリと深く頷いた。
父兄はこの黒づくめの仮面の男の風体があまりに印象的だったのと、行動を共にしていた少年が、今度は別の男を追いかけて走り去っていったのに疑問を持っていたため、その存在を覚えていた。
「彼なら、別の男を追いかけてホラーハウスの方へ走っていったけど」
仮面の男はペコリとお辞儀をすると今まで走り回っていたことを全く感じさせない身のこなしで、鋭く走り去っていった。
父兄はキョトンとして呟いた。
「そっちじゃないけど……」
――― HoPe DeliveryU ―――
2011.12.9 KurimCoroque(栗ムコロッケ)