26.1.HoPe DeliveryT prev next
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 「いやはや、酷い湿気ですなあ」
 「大丈夫?」

 色とりどりの昆虫や鳥が行き交う熱帯雨林。
 むせ返るような緑の湿気。湿った地面を這う蔓や根に足をとられながら、馬を引く中年の男女、13,14歳くらいの少年、黒のキャソックに制帽を目深にかぶった仮面の男。少年は、前を歩く黒づくめの仮面の男が引く馬にまたがる、頭の先からすっぽりと姿を隠すようにマントを被る"死体"に目を向けた。
 "死体"はいつものように陽気に笑っていたが、声色や息づかいから身体的に辛いであろうことが伝わってきた。ただでさえ腐敗の進んでいる体に、このジメジメとした蒸し暑さだ。心なしか、向かい風に流れてくる死臭がきつい。

 少年の後ろを歩く父親が手綱を引く馬にまたがる母親は、明るい声で提案した。
 「次の町、遊園地があるって!」
 少年は目を輝かせた。
 「ゆうえんち!」
 父親は呆れたと溜め息をついた。
 「観光旅行じゃないんだぞ」
 少年は口を尖らせた。
 「いいじゃん、ちょっとした息抜きくらい、ねぇ! ハイジも遊びたいよね!」
 先頭を歩く仮面の男は自身が引く馬上の"死体"を見上げた。だが、見上げたまま、何も言わない。見つめられた当の死体は、この仮面の男とのコミュニケーションには毎回悩まされていた。一言も発しないので、何を伝えたいかがわからないのである。こんなときは決まって、"通訳"である少年に助けを求めるのだった。
 「……ハニアくん、ハイジさんはなんと言いたいのかなあ?」
 ハニアと呼ばれた少年は「そっか」とばつの悪そうに"死体"を見上げた。
 「ごめん、おじさんのことちゃんと考えてなかったよ、息抜きより、この蒸し暑さから早く抜け出したいよね、やっぱり先に進もう」
 "死体"は成る程と、歩みを進める仮面の男の背中を見つめた。そして、いつものように陽気に笑った。
 「はっはっは! 私も息抜きがしたいですぞ! あ、私の場合は"生き抜き"か! ハッハッハ!」
 「おじさん、おもしろくなーい」




 それから一日半、蔓や草木をかき分け、ようやく辿り着いたその町では、さすがに遊園地があるだけあって人の手が加えられた通りや、市場など、"久しぶりに"多くの人が行き交っている光景を目にすることができた。特に親子連れの旅行者が目につく。
 ボロの安宿でハニア親子と用心棒ハイジ、そして"死体"の五人分ベッドを確保した。さっそく町に繰り出そうというときに、宿の店主から呼び止められ、こう言われた。
 「あんた、クサすぎだよ、戻ってくるまでに、シャワー浴びてもらわないと、泊められないからね」
 死体は申し訳なさそうにフードを目深に被り直した。
 カラー絵の限界
 「すみません」
 シャワーなど、浴びようものなら、腐りきった肉などあっという間に流されてしまう。物理的に、店主の要求は不可能だった。

 街を歩きながら、母親はある店の前で立ち止まった。
 「魔法圏の人たちは"香水"というものをつけて、体をいい香りにするそうよ」
 そう言って、旅の財布を握る父親と母親は香水屋のショーウィンドウを覗き込んだ。ほどなくして父親は伸び放題の髭を擦りながら、渋い顔をした。
 「けっこうするな……」
 死体は慌てた。
 「いいですよ! いざとなれば表で寝ます! その、部屋の中より風通しがよいでしょうから、寧ろそのほうが良いですわ! ハッハッハ!」

 ハニアは眉間にシワを寄せて、腕を組んだ。
 「なんとかなんないかなあ」
 そうして見上げた仮面の男は全く興味がないと、完全に余所見をしていた。
 「ハイジ〜」
 仮面の男は名を呼ばれ、頬を膨らませて自分を見上げる少年に顔を向けた。次に自分たちが立っている店の看板を見上げた。
 少年はため息をついた。
 「ま、ハイジに言ってもしょうがないよね、いいよ、もう」




 そうしてたどり着いた遊園地。入場チケット売り場の前で父親は再び渋い顔を浮かべた。
 「けっこうするな……」
 もともと信仰中心の生活で、このような娯楽になど手を出したことはない。というより、娯楽のあるような大きな町になど来たことがなく、今回のこの巡礼の旅でもほとんどが戸惑うことばかりで、そもそも遊園地というものも噂に聞いていただけであり、ましてや入場料の相場など知りもしなかった。慣れない旅の疲れから、かねてより耳にしていた娯楽というものでリフレッシュできればと考えていたが、どうやらそのような考えはこの貧乏旅では甘かったようだ。

 母親はニコリと笑った。
 「だったら香水を買ったほうが、いいわね」
 死体は再び慌てた。
 「いえいえ、みなさんで遊園地に行きましょう! 私も遊園地というところに行ったことがないので、行ってみたいですし!」
 自分一人のために金を使うのであれば、全員のために使ってほしかった。

 その時だった。遊園地の中から、門を抜け、制服姿の従業員とおぼしき女が駆け寄って来た。
 「ダメですって! "そのまま出てきちゃ"! ホラッ」
 死体は辺りをキョロキョロと見渡し、自分に話しかけているのか? と自らを指差した。
 「当たり前ですっ!」
 従業員の女は死体の手を引き、遊園地の中に戻っていった。
 きょとんと従業員と死体の背中を眺め、ハニアはようやく気がついたように叫んだ。
 「おじさんが誘拐された!」

 慌てて入場券を買い、園内へと入ったが、大勢の親子連れで溢れかえるそこで、最早従業員と死体の姿をとらえることは不可能だった。
 「ど、どうしよ、」
 困ったと見上げた先の仮面の男は、目の前でヒラヒラと舞っている蝶を見つめていた。今にも追いかけて、それこそフラフラとどこかへ行ってしまいそうだった。少年はため息をついて、仮面の男の袖を掴まえた。父親と母親は互いを見合わせ、頷いた。
 「とにかく、探そう」


 そんな彼らの隣を無精髭の小柄な男が横切った。一人で遊園地へと入場するその男は、ズボンのポケットの中で小さなダガーを握っていた。





―――  HoPe DeliveryT ―――





2011.12.2 KurimCoroque(栗ムコロッケ)