薄暗い密室、不気味な蝋燭の灯り、グロテスクな装飾。
墓石の影に隠れていたハニアと"死体のおじさん"。そして墓石の向こうから覗く男の瞳。
旅の途中で遊園地に立ち寄ったハニアは、はぐれてしまった"死体のおじさん"を探していた際、臓器売買のために子どもを誘拐しようとしていた無精髭の男に出くわし、追いかけられるハメとなった。逃げ込んだホラーハウス(お化け屋敷)で"死体のおじさん"と再会したのも束の間、無精髭の男に潜んでいた墓石の裏を発見され、危機に瀕していた。
「があああ!」
"死体のおじさん"は先ほどハニアを驚かせた時と同じように男に両腕を振りかざした。しかし、男は呆れたように舌打ちしただけだった。
「ぜんっぜん怖くねぇんだよ」
そうして"死体のおじさん"の胸のど真ん中に持っていたダガーを突き立てた。"死体のおじさん"はよろよろと後ずさりながら自分の胸からそびえ立つそれに視線を落とすと、目を剥いた。
「わああああ! ナイフが! 刺さったアァァアア」
壁に背中をぶつけ更には尻餅をついてなおも慌てふためく"死体のおじさん"にハニアは駆け寄った。
「おじさん! 大丈夫!?」
「あわわわ〜死んじゃうー死んじゃうよー……あれ?」
"死体のおじさん"はダガーが刺さっている少し下あたりを擦り、そしていつものように陽気に笑った。
「ハッハッハッ! そう言えば死なないんでした!」
「よかったぁ」
ハニアはホッとし、思わず笑顔が零れた。対照的に、みるみる顔色が変わっていったのは無精髭の男の方だった。
「な、なんだこいつ」
ただのホラーハウスのアルバイトだと思っていたのに、ナイフを刺してもケロッとしている、まるで本物のゾンビではないか。無精髭の男は訳もわからずただただ混乱した。後ずさった拍子にセットの棺に足をかけ尻餅をつき、そのまま呆然と目の前のゾンビを見つめた。
"死体のおじさん"はゆっくりと立ち上がって静かにダガーを引き抜いた。放られてカラカラと音を立て転がったダガーには腐った血肉がべったりとこびりついていた。ペタリペタリと音を立て、死臭を纏う腐った身体が、徐々に徐々に、男と距離を縮めてくる。
男は叫び声を上げ、笑った膝は力なく何度も尻餅をつきながら、殆ど這うように逃げ去った。
前を行く客を乱暴に押し退ける男の気配を耳で感じながら、ハニアと"死体のおじさん"は互いを見合わせゲラゲラと笑った。
「最初に会った時も、俺たちの事驚かせようとしてたよね」
「ハッハッハ! そう言えば、人を驚かすのが趣味でした! やはり楽しいなあ」
二人がホラーハウスから出ると、出入口に人だかりが出来ていた。その中心には泡を吹いて失神する無精髭の男と、その脇には
「ハイジ!」
ハニアは黒づくめの仮面の男に飛び付いた。
「こいつやっつけたの!? すげー悪いやつなんだよ、こいつ!」
仮面の男は無精髭の男に視線を落とし、次にハニアに視線をむけると、徐に"死体のおじさん"を指差した。指を向けられた"死体のおじさん"はどうしたらよいのかと助けを求めるようにハニアに視線を向けた。ハニアは無精髭の男と"死体のおじさん"とを交互に見やり、少し考えると、閃いたと手を叩いた。
「そっか! こいつをハンターズに付き出して謝礼を貰って、そしたらおじさんに香水買えるじゃん!」
"死体のおじさん"はぽかんとハニアを見つめた。
「……えっ?」
そうして次に視線を向けた仮面の男はコクリと深く頷いた。
「……はは」
頭をポリポリと掻き、"死体のおじさん"は気恥ずかしそうに俯いた。
「うれしい。気持ちだけ、貰っておくよ」
「ホラーハウスで殆ど断末魔のような叫び声を上げて、失神までした客がいる」
「そんなに怖いのか、あのホラーハウスは」
そんな噂は瞬く間に園内に拡がり、気付けばホラーハウスには長蛇の列が出来上がった。
そんな様子などつゆ知らず、"死体のおじさん"を探し続けていた両親とも無事に合流したハニアたちは、縄で縛り上げた無精髭の男を然るべき場所へ突き出すべく出入口へと差し掛かっていた。すると、園内からこちらに向かい全速力で誰かが走ってくる。あの、"死体のおじさん"を連れ去った従業員だった。
「どこに行くんですか! 休憩するヒマなんてありませんよっ! 今ホラーハウス長蛇の列なんですって!」
ハニアの父親が従業員と"死体のおじさん"との間に割って入った。
「すみません、恐らく別のアルバイトの方と勘違いしていませんか? 彼は我々と共に旅している、その、……本物のゾンビなんです」
従業員はハニアの父親と"死体のおじさん"とを交互に見た。そして、再び"死体のおじさん"と合わせたその目は輝いていた。
「本物のゾンビ! ええっ!? すごい!」
またここでも、各所で浴びた好奇の目か。父親がゾンビと紹介するのを躊躇った理由だった。だが、従業員の反応は他と違った。
「ぜひ! うちで働いてくれませんか!」
その思いもよらぬ申し出に、その場の誰もがポカンとした。
「……いいいま、なんと?」
従業員は鼻息荒く語った。
「せっかくゾンビでいらっしゃるのに、ホラーハウスで働かないなんて! 宝の持ち腐れじゃないですか!」
「……なんということだ」
村にいた時、幾度も立ち寄った旅人を驚かせ、楽しんでいた。だが、同時に心のどこかで傷付いていた。化け物化け物と恐れられ、避けられ、逃げられ、自分も他人と何ら変わりの無い普通の人間のつもりであるのに、見た目がそれを許してはくれない。自分にはもう、道などないと思っていた。白桜姫に会いに行くのは最後の足掻きのつもりだった。だがどうしたことか、思わぬところから、"道"はひょっこり現れた。"死体のおじさん"は声を張り上げた。
「ぜひ! お願いします!」
ハニアは"死体のおじさん"にすがり付いた。
「ええっ! おじさん! 旅は?」
"死体のおじさん"は満足そうに笑った。
「私はもともと希望を求め白桜姫様のもとを目指していました。ですが今ここに、私は見つけたのです、希望を」
ハニアはあまりに突然の別れに、納得がいかないと複雑な表情を浮かべた。"死体のおじさん"は微笑み、そしてハニアの頭を撫でた。
「神ではなくハニアくんたちが、私に希望をもたらしてくれた。私は本当に、あなたたちに出会えてよかった」
ハニアの父親は右手を差し出した。
「総ては神の思し召しです、貴方の新たな生活に幸多からんことを」
"神の思し召し"。父のその言葉に、ハニアは心のつかえがストンと落ちたようだった。ハニアはいつものように元気いっぱいの笑顔を向けた。
「おじさん! 元気でね!」
冒険者ギルド(ハンターズ)で無精髭の男を突き出すと、気の良さそうな店員が「ちょっと待ってね」と口笛混じりに大量の手配書の束をパラパラとめくり始めた。
ハニアは次々と捲られる手配書の束を不思議そうに見つめた。
「このおじさんも手配犯なの?」
これまでのハイジとの旅の経験から、兎に角悪いやつを連れて行けば金になると思っていたのだが、そうではないらしい。
ハイジは徐に手配書の一枚を指差した。店員はああこれねと明るく笑った。
手配書には鳥を模したマークがポツンと載っているだけだった。店員は無精髭の男の上着を無理矢理引っ張った。
「イテテテ! おいっ! もっと丁寧に扱えよ!」
無精髭の男の首筋には手配書と同じ鳥を模した小さな刺青。ハニアは手配書と刺青を交互に見た。店員は「ひとつ勉強になったね」とニコリとハニアに笑いかけた。どうやら"賞金稼ぎ見習い"と勘違いされたようだ。
神使教徒としてはどんな悪人でも"人を売って金を稼ぐ"などとはあまり良い気はしないもので、少なくともハニアの両親は毎度渋い顔をしていたが、柔軟なハニアはハイジ流の旅の資金稼ぎにまで適応しつつあった。
「"H.P.D(トゥードットエイチピーディー)"の一味だよ」
「トゥー……?」
「"希望(HoPe)を届ける(Delivery)"と称して違法な物品を法外な値段で売りさばく連中さ」
無精髭の男は鼻で笑った。
「欲しくても手に入らないもの、それが希望だろ? ソイツを実際に手に入るような手助けを、俺たちはしてやってるだけだぜ? 責めるんなら俺たちみたいのから物買う連中にしろよ?」
ハニアは眉を潜めた。
「……おれは、"本物の希望"を掴んで、前に進もうとしてる人を知ってるよ、お前の言う汚い希望なんかと、全然違う」
無精髭の男はゲラゲラと笑った。
「希望に良いも悪いもねぇよ、もっと世の中知りな、ボウズ」
「お前みたいなのが希望なんて言葉を使うな!」

「ハニア」
父親はハニアを宥めながら、無精髭の男に声をかけた。
「貴方にも望むべき希望が見つかりますように」
ハニアは納得が行かないと父親と無精髭の男を何度も交互に見た。無精髭の男は鼻で笑った。
「そのボウズがとっとと"お花畑"から出て来れますように! ひゃははは! ……は!?」
白い軍手が無精髭の男の首に絡み付いた。ミシミシと音を立て、首がどんどん絞めつけられてゆく。無精髭の男は激しく咳き込み、逃れようと身を捩らせるが、縄で縛られ不自由な身体ではまともに抵抗することすらできない。店員は慌てて無精ひげの男の首を締め上げる仮面の男の腕を掴んだ。
「彼の捕獲レベルは"DOA(生死問わず)"じゃないよ、殺したらお金はあげらんない」
仮面の男はニタリと笑うと蚊の鳴くようなか細い声で答えた。
「ちょっと手が滑って、喉をつぶすだけだ」
「どういう状況ーー!?」
兎にも角にもと、店員は無精髭の男の喉元から仮面の男の手を引きはがそうとするが、店員がいくら力を入れてもうんともすんともいわない。しかも、わざとを恐怖を与えるように、力は少しずつ入れられてゆく。やがて無精髭の男は本気でヤバイと涙をボタボタと溢し、口から泡を吹き始めた。店員は応援を呼んだ。
「ちょっと! 誰か」
「ハイジ!」
ハニアは無精髭の男の首を締め上げる仮面の男の腕を引っ張った。
「もういいよ、わかったんだ……」
仮面の男の手が無精髭の男の首から離れた。無精髭の男は激しくせき込みながらも、必死に足りていなかった空気を吸い込んだ。ハニアは無精髭の男に頭を下げた。
「さっきは希望なんて言葉使うななんて、言ってごめん。そんな権利、おれにも、誰にもだって、言う資格なんてないのに……だからお願いハイジ、このおじさんから奪わないで。なんかそっちのほうが、くやしいや」
仮面の男はコクリと頷いた。無精髭の男はヘナヘナとその場にへたりこんだ。
――― HoPe DeliveryV ―――
2011.12.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)