風もないのに窓がカタカタと震える。
――黒い三日月アジト
ロロはソファに身をうずめ、いつものように紅茶をすすっていた。
すると、密室にソヨソヨと風が流れた。
それは徐々に強くなり、カーテンを激しく揺らしはじめた。
ロロは構わず紅茶をすすっていた。
やがて、ロロの頭上に黒い雲が巻き起こり、部屋に激しい雷雨をもたらした。
水かさはみるみるうちに増してゆき――
ロロ「
すると、風も雲も雨も水も忽然と消え失せた。
ガチャリ、と部屋のドアが開いた。

「術返しとはやるな、"転乾道"」
そこには小さな子どもが立っていた。
紅茶を一口含み、ロロは不敵な笑みを浮かべた。
ロロ「どちらさん?」
子どもは両手を顔の高さで互いの袖の中に入れ、"形式的な"礼をした。
ファ「わが名はソン・ファ。ロロ・ウー、そなたの『転』の字を道士協会へ返却願いに参った」
ロロ「願いに参った?」
軽蔑するように、ロロは鼻で笑った。
ロロ「……奪いに来たの間違いだろう?」
その問いかけに、ファは子どもらしからぬ冷たい笑みを浮かべた。
ファ「貴様はもう道士ではない。つまり『転』の字も貴様のものではない。然るべき処へ返すのがスジと思うが?」
ロロ「返してほしけりゃ奪ってみな、"視乾道"」
ファはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
ファ「……わしを知っておるのか」
ロロも笑った。
ロロ「あんたの術にシゲキを受けて、作った術があるんだ」
ファの顔から笑みが消えた。
ファ「残念だな。ぜひ見てみたかったが、次の任務も詰まっておっての」
まるでパフォーマンスのように、ロロは高い位置からカップに紅茶を注いだ。
ロロ「なぁ、あんた」
ボチャボチャと音を立てて、しぶきを飛ばしながら紅茶が乱暴に注がれていく。
ロロ「神に逢ったことはあるか?」
ファ「白桜姫様のことか? 無礼者め。一道士風情がお目通り願えることすらかなわぬお方だ」
ロロ「それは失礼」
そうしてロロはいつものうすら笑いを浮かべた。
ロロ「
ファ「む!?」
ほんの一瞬、視界が歪み、頭がふらついたが、ファはすぐに持ち直した。
ファ(なんだ……? これは早々に手を打ったほうがよさそうだな……)
ファはソファに目をやった。
そこにロロの姿はなかった。
だが、ポットは浮いたまま、カップに紅茶を注ぎ続けている。
ファ(しまった、すでに術にかかっている! 警戒していたはずなのに、なぜ!?)
カップから紅茶が溢れ、それはみるみるうちに部屋中にこぼれ出し、ファの膝ほどの高さまで達した。
ファは筆と札を取り出し、サラサラと札に呪文を書き出した。
ファ「視開現如律令!」
しかし、発動するはずの術は、何も起こらない。ファの声が空しく宙に消えただけだった。
ファ(これで何も起こらぬということは、幻術ではない……相手が見えなければわしの術は有効にならん……!)
紅茶が迫ってくる。たまらずファは部屋のドアを開けた。
すると、開けた正面から滝のように紅茶が"降ってきた"。
同時に部屋の縦横が反転し、ファは窓に叩きつけられた。
窓ガラスは割れ、さらに外から紅茶が流れ込んできた。
ファ(このままでは溺れる!)
すると、今度はファの頭上から滝のような紅茶が流れ込んできた。
ファ「なに!?」
天井を見上げると、巨大なロロがうすら笑いを浮かべながら紅茶を"部屋に"注いでいた。
ファ「貴様!」
ロロ「おれは三度の飯より紅茶が好きでね。"今は紅茶のことしか考えてないんだ"。こうなったらいいって」
部屋が、巨大なロロの口に向い傾いてゆく。ファは頭を抱え、必死に言い聞かせた。
ファ「これは幻術だこれは幻術だこれは幻術だこれは、」
泡を吹いて横たわり、「これは幻術だ」とつぶやき続けるファを、ロロはいつものようにソファに身をうずめ、紅茶の入ったカップをすすりながら見つめていた。
ロロ「あーあ、せっかく掃除してもらったのに、こんな"でかいゴミ"……まーた叱られちまう」
ロロはつぶやき、乾いた笑みを浮かべた。
それから取り巻きたちが帰るまで、珍しく難しい顔をしながら考え事をしていたようだった。
――― 黒い三日月(rit.) ―――
2010.1.23 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.8.20(改)