10.3.rit. prev next
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 風もないのに窓がカタカタと震える。


 ――黒い三日月アジト

 ロロはソファに身をうずめ、いつものように紅茶をすすっていた。

 すると、密室にソヨソヨと風が流れた。

 それは徐々に強くなり、カーテンを激しく揺らしはじめた。

 ロロは構わず紅茶をすすっていた。

 やがて、ロロの頭上に黒い雲が巻き起こり、部屋に激しい雷雨をもたらした。

 水かさはみるみるうちに増してゆき――

 ロロ「反転如律令ルミナスターン

 すると、風も雲も雨も水も忽然と消え失せた。

 ガチャリ、と部屋のドアが開いた。




ファ

 「術返しとはやるな、"転乾道"」

 そこには小さな子どもが立っていた。

 紅茶を一口含み、ロロは不敵な笑みを浮かべた。

 ロロ「どちらさん?」

 子どもは両手を顔の高さで互いの袖の中に入れ、"形式的な"礼をした。

 ファ「わが名はソン・ファ。ロロ・ウー、そなたの『転』の字を道士協会へ返却願いに参った」

 ロロ「願いに参った?」

 軽蔑するように、ロロは鼻で笑った。

 ロロ「……奪いに来たの間違いだろう?」




 その問いかけに、ファは子どもらしからぬ冷たい笑みを浮かべた。

 ファ「貴様はもう道士ではない。つまり『転』の字も貴様のものではない。然るべき処へ返すのがスジと思うが?」

 ロロ「返してほしけりゃ奪ってみな、"視乾道"」

 ファはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 ファ「……わしを知っておるのか」

 ロロも笑った。

 ロロ「あんたの術にシゲキを受けて、作った術があるんだ」

 ファの顔から笑みが消えた。

 ファ「残念だな。ぜひ見てみたかったが、次の任務も詰まっておっての」

 まるでパフォーマンスのように、ロロは高い位置からカップに紅茶を注いだ。

 ロロ「なぁ、あんた」

 ボチャボチャと音を立てて、しぶきを飛ばしながら紅茶が乱暴に注がれていく。

 ロロ「神に逢ったことはあるか?」

 ファ「白桜姫様のことか? 無礼者め。一道士風情がお目通り願えることすらかなわぬお方だ」

 ロロ「それは失礼」

 そうしてロロはいつものうすら笑いを浮かべた。

 ロロ「極楽転心如律令ア・マッド・ティーパーティー

 ファ「む!?」

 ほんの一瞬、視界が歪み、頭がふらついたが、ファはすぐに持ち直した。

 ファ(なんだ……? これは早々に手を打ったほうがよさそうだな……)

 ファはソファに目をやった。




 そこにロロの姿はなかった。

 だが、ポットは浮いたまま、カップに紅茶を注ぎ続けている。

 ファ(しまった、すでに術にかかっている! 警戒していたはずなのに、なぜ!?)

 カップから紅茶が溢れ、それはみるみるうちに部屋中にこぼれ出し、ファの膝ほどの高さまで達した。

 ファは筆と札を取り出し、サラサラと札に呪文を書き出した。

 ファ「視開現如律令!」

 しかし、発動するはずの術は、何も起こらない。ファの声が空しく宙に消えただけだった。

 ファ(これで何も起こらぬということは、幻術ではない……相手が見えなければわしの術は有効にならん……!)

 紅茶が迫ってくる。たまらずファは部屋のドアを開けた。

 すると、開けた正面から滝のように紅茶が"降ってきた"。

 同時に部屋の縦横が反転し、ファは窓に叩きつけられた。

 窓ガラスは割れ、さらに外から紅茶が流れ込んできた。

 ファ(このままでは溺れる!)

 すると、今度はファの頭上から滝のような紅茶が流れ込んできた。

 ファ「なに!?」

 天井を見上げると、巨大なロロがうすら笑いを浮かべながら紅茶を"部屋に"注いでいた。

 ファ「貴様!」

 ロロ「おれは三度の飯より紅茶が好きでね。"今は紅茶のことしか考えてないんだ"。こうなったらいいって」

 部屋が、巨大なロロの口に向い傾いてゆく。ファは頭を抱え、必死に言い聞かせた。

 ファ「これは幻術だこれは幻術だこれは幻術だこれは、」








 泡を吹いて横たわり、「これは幻術だ」とつぶやき続けるファを、ロロはいつものようにソファに身をうずめ、紅茶の入ったカップをすすりながら見つめていた。

 ロロ「あーあ、せっかく掃除してもらったのに、こんな"でかいゴミ"……まーた叱られちまう」

 ロロはつぶやき、乾いた笑みを浮かべた。

 それから取り巻きたちが帰るまで、珍しく難しい顔をしながら考え事をしていたようだった。






―――  黒い三日月(rit.) ―――





2010.1.23 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.8.20(改)