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 朝靄立ち込める早朝。この年に一度の神聖な日だけは、漁や朝市の活気も身を潜め、しんと静まり返った荘厳な雰囲気が町中に満ちる。

 シュザア「おはよう、カサモト」
 朝靄の中から現れたたんぽぽのような穏やかな笑みをたたえた修道女、シュザア。
 その声をかけた先――港に停泊する中でも一際大きな木造客船の足元で、握り飯を頬張りながら徐々に集まり始めた巡礼者たちをテキパキとまとめ、整列させている男。野良犬のようにボサボサの黒髪をちょこんとポニーテールに結い上げ、虫食いだらけの着流しに、解れた草鞋――"巡礼船企画責任者"笠本 龍馬。

 カサモトは残っていた握り飯を一気に口に放り込むと、快活な笑顔を向けた。
 シュザア「もう終わった頃かと思って。集合時間より少し早めに伝えていたし」
 カサモト「ハイジとかいう男か? 来とらんぞ」
 シュザア「え?」



―――― goalness draw結末なき勝ち負け ――――



 激しい金属音、幾度となく散る火花。

 届きそうで届かない剣。嘲笑うかのような狐の目。エオルのイライラは頂点に達していた。
 エオル「どけよ! 巡礼船に間に合わない!」
 ハイジ「俺には関係ない」
 体のキレが、ただ単に享楽を求めていたこれまでとは違い、いつになく気迫、真剣さを感じられた。どうやら本当に差し迫られて"入り用"らしい。

 少し離れたところで鼻ちょうちんを膨らませ、よだれをたらしながら睡魔に敗北しかけているフィードを、よしのは慌てて揺り起こしていた。
 よしの「フィードさまーっ! 大変ですっ起きてくださいーっ!」
 フィード「……眠くてからだがうごか………………」
 よしの「フィードさま〜〜〜!」
 ※フィードは朝に弱い

 叩き折ってやらんばかりに力任せの無謀な剣。ビシビシと受ける度にギシギシと刃は揺れ、どちらの刀身が持ちこたえられなくなるか、時間の問題であたった。
 エオル(ああ、もう、手が痺れる!)
 エオルは極力受け止めることを諦め、繰り出される剣撃を紙一重で避けながら隙を窺う作戦に出た。
 相手は一見大振りで隙だらけのようだが、次の動作への切り返しが早い、さらにどういう動きで切り返してくるのか全く読めない。デタラメな動きにそのデタラメさがカバーしている、下手に手を出すのはリスクだった。だが、エオルには確信があった。これだけの大きな動きで、そう長い時間持つはずがない、スタミナ切れを狙い、一気に畳むべきだと。
 ハイジ「ハハハ! 楽しいな?」
 エオル「どこが!」

 ハイジ「……俺のスタミナ切れを狙っているな」

 ぎくりと心臓が掴まれた気がした。ハイジの手の中でくるりと長ドスが逆手に持ちかえられた。ヒヤリと、エオルの鼻先を悪寒が掠めた。

 ハイジ「"ソグ"」


        


 振り上げられた長ドス。

 それは避ける間もなく、エオルは咄嗟に後ろに飛びながら剣で受けた。だがそれも虚しく、エオルの剣は根元から、単語の通り"削ぎ"落とされてしまった。
 飛び退いたエオルの片頬は少し遅れて縦に一本、赤い線が滲んだ。
 そのさまに、ニタリと狂"喜"に満ちた笑みを浮かべる仮面の男。
 ハイジ「鼻が落ちるはずだった」
 エオル「残念、まだついてるよ」
 血を拭い、睨み付け、考えを支配するのはただ"この"ひとつ。

 ――時間がない、魔法を使ってしまいたい。

 少し口を開けば簡単に使える強大な力。直ぐ様仮面の男を下し、巡礼船に間に合うことができる。この切迫した状況に、非常に選択肢から外しがたい、"誘惑"だった。

 そのような"獲物"の心中を知ってか知らずか、舞台の幕を引くように長ドスは鞘に納められた。
 ハイジ「次で終わりだ」

 フィード「お前がな」

 燃え盛る炎を纏わせて、フィードの拳がハイジに襲いかかった。くるりと体を回転させ、フィードを往なし、フィードの首めがけて噛みつかんと長ドスが伸びた。
 フィード「ふん!」
 がしりと掴まれた刀身。炎に焼かれみるみる発光し、液状となって流れ落ちた。
 少し距離をとりながら振った長ドスの持ち主の右手は黒く爛れていた。反面、狂喜はさらに加速していくようだった。
 ハイジ「それが魔法か」
 フィード「勝負あった、俺様たちは急いでいる」
 ハイジ「……勝負?」

 突然、仮面の男はゲラゲラと笑い出した。
 ハイジ「強いやつの"鼻"をへし折るのは二番目に好きだ」
 未だ拭われぬ緊張感。フィードは燃え盛る拳を構えた。
 フィード「……ちなみに一番は」
 残った左手の指をバキバキと鳴らし、利き手の火傷などまるで無かったかのように、仮面の男は変わらずニタリと笑った。
 ハイジ「強いヤツをバラバラにすること」
 そして、何を考えてか、無謀にもそのままフィードへと向かってきた。
 フィード「上等だ! 丸焼きにしてやらぁ」
 ハイジ「当たらなければいいだけだ」

 世間一般的に、徒手格闘技のプロであるフィード相手に拳で向かおうなど、死にに行くようなものだ。よしのとエオルは直感的にそれを感じた。
 よしの「ハイジ様っ! やめて! フィード様っ!」
 エオル「もうお前の武器は無いだろ!」
 ハイジ「拳でも人は殺せる」

 その自信の通り、どうやら無謀では無かったらしい。フィードの拳は面白いほど当たらず、上手く肘から上を往なされては、僅かな隙を突いて攻撃を繰り出される。フィードもまたそれを軽々と避けては燃え盛る拳を突き出す。
 一瞬でも爆炎魔法拳を纏ったフィードの拳が当たれば即死、一歩でも何かを誤れば決する雌雄、ほんの脅しのつもりで出した魔法拳だった。フィードの拳には完全に迷いがあった。

 フィード「エオルの言う通りだ、負けを認めろ」
 ハイジ「勝ちだの負けだの、お前たちはさっきから一体何を言っているんだ?」
 ついにはフィードの両肘は掴み上げられ、土手っ腹にハイジの膝がめり込んだ。フィードはガクリと膝をついた。

 ハイジ「これは殺し合いだ」


        
        
        
 とんでもないものを相手にしてしまった、そのような考えが頭を過ったエオルの頬を伝ったのは、血か汗か。

 この男は、"人を殺した"ことがあるのだ。殺すということがどういうことかを知っていて、魔導師を相手にしていることも知っていて、その上で言い放ったのだ、"これは殺し合い"だと。
 死ぬか死なないかの綱の上を本気で生きているのだ。そうでなければこのようなこと、言えるはずがない。そのような綱の上とは全く無縁の、地に足がつく場所で安定した生活をしてきた自分はどこか負けた気がした。いや、そう思うことすらも、ハイジからすれば"何を言っているんだ"という話なのだろう。しかもその上、自分達の懸賞金を手に入れると言った。ここで勝って、綱の上をこれからも歩き続けるつもりなのだ。
 前提と、その覚悟。
 それらはそこにあって当然で、それでいて気に留めることすらない、身に染みたもの。
 よしのが興味を持つわけがわかった。敵でなければ、学ぶことも多かったかもしれない。

 時間がない。やるしかないのか。

 フィード「あいにく、本気のやつに本気で応えてやるほど、マジメじゃねぇんでな」

 風が、巻き起こる。何かを察知したのか、ハイジは咄嗟に距離をとった。
 フィード「遅え! "炎縛結界ブレイ・ピル・ズール"!」
 天高く巻き起こった炎は渦となり、たちまちにハイジを飲み込んだ。

 フィード「急ぐぞ! 生身の人間は十秒も持たねぇ!」
 エオル「フィード! 後ろ!」

 走りかけ、振り向いたフィードのその首を、燃え盛る炎に包まれた手が締め上げた。フィードは思わず咳き込んだ。炎の渦は止み、身体中から煙を上げ、なおもニタリと笑う狐の目。
 エオル(バ……バケモノ……!)

 その時だった。

 よしの「あう゛っ」
 ジュウジュウと音を上げ、ハイジにしがみついていたのは、よしのだった。

        
        
        
        
 フィード「ば、馬鹿よしの!」

 ハイジは咄嗟によしのを突き飛ばし、距離をとった。次いで慌てて駆け寄ろうとしたが、それは二人の魔導師のほうが早かった。

 フィード「お前何やってんだバカ!」
 エオル「顔まで火傷が……よしのさん、大丈夫!? "せんゆ"出せる!?」

 よしの「……いたい……」
 あまりの激痛に、意思とは関係なく溢れ出す涙。

 よしの「こんなにいたいのに、そうまでして……なぜごいりようなのですか……」
 精一杯の掠れた声を振り絞っての問い掛け。ハイジはただ小さく首を横に振るだけだった。
 よしの「おねがいします……もう、やめてください……」
 そうしてしずしずと泣き出した。そのような様子を目の当たりにしても、ハイジの目の色は変わらなかった。
 エオル「ダメだ、止める気ないよ」

 フィード「……いくらだ」

 エオルとハイジの視線が同時にフィードに向けられた。
 フィード「……金は用意してやる、だからここは……よしのに免じて見逃せ……!」
 エオル「よ、用意って……」

 そのとき、ふと思い出した。いつもフィードが裏ギルド経由で何処かしらから大金を仕入れていることに。その出所は、未だ教えてもらっていない。
 エオル「……どうやって用意するのさ」
 フィード「裏ギルドに人をよこす。そいつが金を持ってくるから受けとれ。顔に傷のある桃花源人だ」
 すぐさま向けられるエオルの疑惑の目。
 エオル「……誰なの? その人大丈夫?」
 フィード「誰でもねぇよ、大丈夫だよ。おら、悪い話じゃ無ぇだろ、てめぇのせいでよしのがいつまでも泣いてんだよ!」
 エオル「や、その前に狂犬も病院いかないと」

 ハイジ「……500万だ」

 そうして徐に立ち上がり、くるりと踵を返した。その背中はどこか小さかった。
 それを見送った後、フィードもまた徐に立ち上がり、腕を捲った。
 フィード「時間が無ぇ。お前よしのをおんぶしながら"せんゆ"に背中の上で治療させろ」
 エオル「なに、どっかいくの……?」
 フィード「500万ミミ揃えて用意"させる"んだよ、先行ってろ、後から追う」
 そう言い残し、フィードは魔導師の超人的な脚力であっという間に建物の屋根に上ると、そのまま姿を消した。

 何が何だかわからない。ここまで堂々と、こそこそされるのは非常に腹立たしい。なぜ、フィードは秘密を握ったまま、仲間に共有しようとしないのか。もしかして信用されていないのか。そう思うと、急に空しさに襲われた。自分はここまで信用されていないのに、ただ言うことを聞いて、これではただの便利な手駒ではないか。
 そのような考えを打ち消すように、耳元にかかったうめき声で、エオルは引き戻された。

 エオル「……よしのさん、せんゆ出せる?」
 よしのは力無く頷いた。


        


 ◆


 「巡礼船!?」

 ヴァルハラ帝国トランプ本部――

 キング・エースレベルを集めての緊急会議。その中央にはW・B・アライアンス監視の任務に当たっていたクラブ軍中佐グウェンの姿があった。

 グウェンは小さく頷くと改めて周囲を見回した。
 スペード軍はキング、エースともに揃っている、クラブ軍もエースが、満身創痍で痛々しいくらい包帯に巻かれているが、辛い顔ひとつ見せず参加している、だが、ハート軍は――その様子に気づいてか、カグヤは会が始まってようやく口を開いた。
 カグヤ「うちのエースは欠席だ。構うな、続けろ」

 その言葉に眉ひとつ動かすこと無く、グウェンは続けた。
 グウェン「どうやら人質とされていたジパング人とともにジパングに渡るようです」
 あちゃあ、とシェンは背もたれになだれた。
 シェン「手ェ出せなくなんな!」
 その呑気な物言いに、すかさずトウジロウが切り込んだ。
 トウジロウ「大将、任務はどないしてん? このためやんけ」
 その核心の核心を剥き出され、シェンはばつが悪そうに苦笑した。
 シェン「……ごめんなさい、マジであと数日でなんとか出来るもんじゃない」
 その言葉に、今度はリケが申し訳なさそうにしていた。
 リケ「……うちのキングのせいですね……」
 あまりに痛々しいその姿に、さすがのシェンもあからさまに慌てふためいた。
 シェン「いやいやいや! リケに責任なんて一個もないっしょ! 俺の力不足!」
 二人のやり取りにうんざりしたようにトウジロウのイライラとしたオーラが場に満ちた。
 トウジロウ「もうええやん! (W・B・アライアンスを捕まえに)行ってもうたら!」
 シェン「ダーメッ! 言い訳しようもないくらい最強の布陣でいかなきゃ、何かあったときに世間に示しがつかない」
 トウジロウ「ホンッマに体裁ていさいテイサイテーサイ……言い続けとったら最低なんねんで、俺やから言うけど」
 シェン「俺らの仕事はそういう側面ありきだよ、それが魔法圏の人々の支えにもなってる、最低な部分は表に出さずに飲み下す」
 トウジロウ「……飲み下せへんほどのことを、どっかのエースがやりおったけどな」

 その言葉に激しく机が叩かれた。

 カグヤ「もう一度言ってみろ、その腐った脳ミソに風穴空けてやる」
 シェン「カーグヤ! モモ、妙なところで喧嘩ふっかけるなよ」
 その当の本人は、これまでウランドの処遇に対して淡白だったカグヤのそのリアクションに少々驚いたようだった。
 トウジロウ「なんや、アツイやんけ、みっともな」
 シェン「モーモッ! いい加減にしろ」
 普段ウランドに対して悪態ばかりついているトウジロウのそのような様子に、今度はカグヤが驚いたようだった。
 カグヤ「……構わぬよ、シェン。それより続けてくれ、グウェン中佐」

 状況が分からないとクエスチョンマークを浮かべるシェンにクスリと笑うと、グウェンは続けた。
 グウェン「乗船券も入手済みで、乗る準備は万全。ロロ・ウーとは別行動になるみたいです」
 その言葉に直ぐ様カグヤの目が光った。
 カグヤ「ロロ・ウーを捕らえるチャンスだな」
 トウジロウ「船乗ってもうたら、もう手ェ出せへんぞ」
 カグヤ「あの国は悪魔の力は使えぬ。それに、巡礼船には護衛としてサムライが乗っているそうだ、ヘタな行動は取れん、おまけに国内は厳重警戒、巡礼者は滅多な行動はとれぬし、取れば即・斬首だ。自ら袋に潜り込んだに過ぎぬ、我らは船が戻る一月後をゆるりと待てばよい」
 シェン「……俺はゆるりとできないけどね……まあ、巡礼の中身がそんなことになってるなら、必要以上に構えなくてもいいかもな」
 リケ「前代未聞ですけどね……」
 ポツリと洩らしたリケのその一言に、シェンはゲラゲラと盛大な笑い声を上げた。
 シェン「じゃあまあ、しばらくはジパング殿に預けて、こちらは淡々と仕事をこなしますかね」

 リケ「スペードのキング」
 なに、とシェンはリケに笑いかけた。
 リケ「クラブのキングの捜索、お手伝いさせてはいただけませんか」
 すかさずトウジロウの突っ込みが飛んだ。
 トウジロウ「おいおいおい、リケは〜ん、ギルティンはどないすんね〜ん」
 リケ「グランドセブン召集のほうが、差し迫っています」
 シェン「たしかにクラブがいてくれたほうが何かと助かるな……」
 トウジロウ「大将〜」
 現在の特別体制下において、リケの上司はカグヤになる。シェンとリケは同時にカグヤに視線を向けた。

 カグヤ「……時間がないのは確かだ。承認しよう」
 シェン「やりぃ!」

 心底ダルそうに、トウジロウは溜め息をついた。ギルティンは未だダンマリで、背後に見え隠れしていた組織的なものについて、口を割ろうとしない。
 トウジロウにとってこれほど退屈な仕事は無かった。

 カグヤ「巡礼船帰港までのこの一月は特別体制を継続する。クラブのエースは配置転換し、スペードのキングの下へつき、グランドセブン召集任務の支援にあたること。グウェン中佐はロロ・ウーの動向を探ってくれ」
 グウェン「了解しました」

 トウジロウ「ちょお、待てやババア! 継続て、尋問くらい下にやらせろや、なんでわざわざエースがやんねん……て言うて大将!」
 やれやれと苦笑しながら、シェンは肩をすくめた。
 シェン「だってさ」
 カグヤ「……事件に大も小もない。うちのエースがいつも使う"言い訳"だ」
 ウランドを引き合いに出されたことで、トウジロウは責め立てる勢いを急激に失った。それだけ、カグヤのウランドへの態度を気にかけていたためだった。
 カグヤ「お前に足りぬのは、そうしたお前にとって小さなことに対する真摯さだ、大雑把なんだよ。……と、伝えてくれ、スペードのキング」
 またかとシェンは苦笑した。
 シェン「だってさ」
 トウジロウ「……アイツと比較されんのが一番腹立つねん」
 シェン「んじゃあ比較されないようにちゃんと認められる仕事しろよ」
 トウジロウ「やかましいわあ……」
 頭をポリポリと掻きながら、トウジロウはそれきり黙り込んでしまった。

 そのような上層部のやりとりにグウェンは心の中でクスリと笑った。
 ――……ねえ、ウランド。貴方は話題に出ただけで、この二人が大人しくなるほど影響力があるのよ? ちゃんとわかっているの……?

 そうして会議は、珍しく穏やかに、そして早々に切り上げられた。


        
        
        
 ◆


 ギルティンの尋問に戻ろうと、取調室のある棟へ向かっていた時だった。

 ふと違和感に気付いた。見張りの気配が、ない。

 トウジロウは煙草の火を消した。


 棟内に入るとすべての灯りは消えており、普段はギャアギャアと騒いでいるいくつもの取調の声も聞こえてこない。まさに水を打った静けさだった。
 妙に、神経がピリピリとさわる。気を抜けば、その隙間にするりとテコのようなものを差し込まれ意識をひっぺがされそうな感覚、なんとも言い表しがたい、平衡感覚を刺激され吐き気をもよおすような不快感だった。
 ふと、目の端に入り込んだのは給湯室。その入口から出ているのは脚だった。誰か倒れている。

 トウジロウはその鷹のような鋭い瞳をまっすぐと、棟の奥へと向けた。
 一番奥はギルティンの取調室。その扉の前に、誰か、立っている。

 トウジロウ「どちらはん? ……部外者立ち入り禁止やで」
 静かに顔を向けた燕尾服の男からは生きている物の気配が全く感じられなかった。不気味に光る金色の瞳。男はステッキを僅かに動かした。
 同時に辺り一面が一瞬にして凍結した。一つ遅れて全身を冷気が突き刺した。
 トウジロウ「逃がすかいコラア」

 ふと、トウジロウは背後を振り返った。
 辿り着くまでに跨いできた何人もの同胞。誰もが糸に吊られた人形のようにダラリと力なく。
 トウジロウ「操られとんのかい、なっさけな!」
 腕を一振りすればたちまちに同胞たちの足元は凍りつき、張り付いた足でバランスを崩し、バタバタと倒れいった。
 トウジロウ(……症状が、"乗っ取り"に似とる)

 「ガーッハッハッハ」
 ここ数日いい加減聞き飽きた声。燕尾服の男のすぐそばの取調室から聞こえてきた。
 トウジロウ「生首の分際でようやるわ」

 わずかに開いたドアの隙間はどす黒く真っ暗だった。その暗闇から覗く巨大な複数の瞳。ギルティンだ。
 「ガハハハハ! ナイスだぞ! フォビアリ! これで後は身体が戻れば、」
 「私が一体何のために来たと思っているのです?」
 燕尾服の男のステッキから覗く白刃。
 「ガハハハハ! 俺を助けに来たんだろ! わかっとるわい」
 「相変わらずオメデタイ豚だ」

 引き抜かれた仕込み杖、火花を散らし、受け止めたのは、倒れた同胞が携えていた大振りのサバイバルナイフ。
 トウジロウ「お仲間の口封じかい、ご苦労はん」

 ギチギチと拮抗する刃物。ふと力が抜けたかと思えば、側頭部に迫り来る燕尾服の男の脚。間髪避けると同時に取調室のドアを勢いよく閉めた。
 ギルティン「痛ェーーーーーッ! ヒゲ! ヒゲ挟んでるぞオイ」
 トウジロウ「やかましい」
 ドアが凹むほど思いきり殴り付けると再び燕尾服の男と対峙した。

 トウジロウ「フォビアリはん言うのん? 重要参考人や、オハナシ聞かせてもらうで」
 燕尾服の男はシルクハットを取り、恭しくお辞儀した。
 フォビアリ「"近いうち"、ゆっくりお話いたしましょう。貴方に出くわしたのはアンラッキーだった。また伺います、"スペードの『元』キング"」

 すると滑るように、燕尾服の男は自らの影の中に"潜水"し、姿を消した。

 静かになった一帯とは対照的に、"スペードの『元』キング"本人はマグマのように膓が煮えくり返っていた。思いきり、ギルティンの取調室のドアを蹴り上げる音で、気絶していた全員が飛び起きた。
 トウジロウ「オラア! なんやねんあのクソ紳士! 次会うたら絶対ぶっ殺したるーーーーっ!」
 その勢いに、目覚めた職員たちだけでなくギルティンまでもが縮み上がった。ギルティンの取調室のドアは最早ベコベコに歪んでいた。
 そうして次に標的になったのは、殺されそこねたギルティンだった。ギラリと、それこそ悪魔のような瞳がギルティンを捉えた。
 トウジロウ「お前の仲間や、言うてたなあ?」
 バキバキと鳴らされる指。
 ギルティン(こ……これで口を割るなってほうが無理だろ……わざとかフォビアリーーっ!)
 勢いよく、取調室が開閉され、間髪入れずトウジロウの怒号が飛んだ。

 起き上がった隊員の一人が呟いた。
 「"スペードのエース"がついにやる気を出した……!」


        


 ◆


 カグヤ「早速出発か? 珍しく仕事熱心だな、スペードのキング」

 本部のロビーで偶々鉢合わせたのはカグヤとシェン。珍しく、カグヤはどこか疲れた様子であることが窺い知れた。
 シェン「あー、俺ちょっと半休。なんだよ、お前大丈夫か?」
 そのように心配されるほどに見えるのか、とカグヤは咳払いしながらいつものように凛々しく背筋を伸ばした。
 カグヤ「無論だ」
 シェン「お前こそ、どっか出かけんの?」
 トランプ配給の黒いコートを羽織り、明らかに外出の格好であった。それはシェンがぶつけた質問から、言い逃れようもないことを示していた。カグヤは両手をポケットにしまい、伏し目がちに厳しい瞳を光らせた。

 カグヤ「バベルの塔(※)だ」
 ※魔導師協会本部

 ウランドの件だということがすぐにわかった。また、その短い一言の中に、どこか強い気持ちが込められていることが伝わった。それに対し、シェンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 シェン「"やらかす"の?」
 対照的にカグヤは静かで、冷静で、そして淡々としていた。
 カグヤ「まさか。うちは、"やらかす"のはエースまででいい。だが、」
 途端に、カグヤもまたニヤリと笑ってみせた。
 カグヤ「私は呼ばれていない会議だがな」

 直ぐ様腹を抱えて笑うシェンの大声が響いた。
 カグヤ「声がでかい」
 シェン「いやいや、アッハッハ、ごめんごめん」

 一息ついて、シェンはニカリといつもの屈託の無い笑顔で拳を突き出した。カグヤも不敵に笑い、拳を突き合わせた。そうしてシェンがカグヤの肩を叩くのを合図に二人は別々に歩き出した。


        


 ◆


 天空を睨むようにそびえたつ巨大な石造りの塔――魔導師協会本部"バベルの塔"。その最上階では、丸いサングラスをかけ、ロッキングチェアに揺られる小さな老人を中央に、10人のスペリアル・マスターたちと、副会長職にあたる各大陸の協会支部長が円卓を囲み、額を突き合わせていた。
 議題はそう勿論、つい先日道士協会より届いた抗議文。ハートのエースが女性道士に乱暴したとの内容だった。トランプのエースともなれば魔法圏でもちょっとした有名人。事実であろうがなかろうが、そのスキャンダラスな内容の社会に対する衝撃は容易に想像がつく。
 話は、ハートのエースの解雇どころか魔導師免許の剥奪にまで及んでいた。
 ここで言う魔導師免許の剥奪とは、魔導師裁判所"セイラム"にて魔法封じの呪いもしくは魔法技術の忘却の呪いを執行のことを示す。特にこの忘却の呪いは大雑把なもので、魔導師養成学校入学から現在までの魔導師人生に関わる記憶の一切消滅させる。執行内容と量刑の批准の決定は慎重を極めた。

 美しいブロンドの髪を振り乱し、初めから話題に噛みつく一人の美女がいた。スペリアル・マスターのマリアだった。
 マリア「だぁーかぁーらっ! なーんで協会で養護したげないのよっ! 罰与える話ばかりじゃない! この頭でっかち」
 隣に座る燃えるような赤い髪の穏やかな雰囲気の男、同じくスペリアル・マスターのユディウスは始終このマリアの首根っこを掴んで離さなかった。
 ユディウス「マリー、そろそろ落ち着いて話そう? 身内を庇うだけじゃ守れないものが大きすぎる」
 マリア「本人からちゃんと話聞いたのかって言ってんのよ、私はっ! 神使教の抗議文の中身ばかり!」

 すかさず、薄い一重におちょぼ口の男、マリアの天敵であるキリスからの、まるで冷水を浴びせるような冷淡な声が壁のように立ちはだかった。
 キリス「すでに本人は全面的に非を認めている。その上どんな処分も甘んじて受けると」
 直ぐ様マリアの鋭い声が切り込んだ。
 マリア「あのねーっ! あんたそんなテンプレみたいな回答真に受けてどうすんのよーっ! あの子がそんなこと言うときは絶対何か隠してるのーっ! そんなことも判らないの!? このモウロク!」
 ユディウス「マリア、言いすぎ」
 マリア「言いすぎなのはこの会議の内容よ!」
 キリス「必要なのは事実ではない、ハートのエースの回答の意図もわからないやつは出ていけ」
 マリア「なんですって!?」

 そろそろ収拾しなさい、と手を叩く音が差し込まれた。

 会長「マリア、残念じゃが、キリスの言う通りじゃ。我々がすべきはどれほど民衆を悲しませず、神使教を怒らせぬようにするかじゃ。そのためには然るべき厳正な対処が必要じゃ、それはウランドが一番ようわかっとる」
 マリア「……けどだからといって免許剥奪は極端で安易だと思います。"然るべき厳正な対処"は"厳正に"議論しぬいた上で決定すべきです。ウランドは仲間です、我々は彼のために時間と労力を惜しんではいけない」
 途端に会長の脇を固めていた支部長たちが騒ぎ始めた。

 「我々の仕事は他にも山積みだ。寝食削りそれでも時間がたりない」
 「マスター・マリア、貴女の夢の詰まった理想論は貴女の理想でしかない」
 「貴女はもっと現実を見るべきだ」
 「大人になりなさい」
 「内なる手を緩めれば神使教の反感を買う、過激派のテロ行為の引金になりかねん」
 「そうした場合に真っ先に傷付くのは一般市民だ」
 「仲間だからと中途半端に情けをかければ一般市民の不信や失望に繋がる。我々はウランド・ヴァン・ウィンクルを切り離すしか手立てはない」

 結局、まるでこれまでの議論の内容をダイジェストとして再生しただけの反論。そんなこと、わかりきっているし、耳にタコができるほど繰り返されてきた議論だ。その上で意見を述べたつもりだったが、結局話が元に戻っただけだった。
 隣のユディウスがボソリと呟くように囁いた。
 ユディウス「君の意見では弱すぎる。上層は視点がそもそも違う。ずっと視野が広くて外向きだ。覆せるような、代替案をこちらから提示しなければ話の流れは変わらない。でも、僕らにそれがあるかい?」
 マリアは支部長たちを睨みながら唇を噛んだ。

 少しの間沈黙が続いた。マリアからのこれ以上の反論はない、場の空気がそう判断された時だった。

 ドアをノックする音が高らかに鳴り響いた。小さく開かれたその向こうから、僅かで無駄の無い所作でするりと現れたその姿に、場の空気は凛と凍りついた。
 支部長の一人が忌々しそうに舌打ちした。
 「不良集団のボスが!」
 いくつか隣に座っていたジョーカーは、にやりと嫌味たっぷりに笑ってみせた。
 ジョーカー「ここにもおるぞ、不良集団(トランプ)が」
 その支部長は罰の悪そうに視線を逸らした。

 長く美しい柳のような黒髪、光を吸い込む漆黒の鋭い瞳、スラリと通った鼻筋、凛とした真っ直ぐの背中、目にするものの背筋を正すその出で立ちは、その場の誰もが知り、それでいて敢えてこの場に呼ばなかった人物だった。

 真っ先に、声を上げて歓迎したのはジョーカーだった。
 ジョーカー「ハッハッ! よく来たな"ハートのキング"!」
 気品のある美しい顔を真っ直ぐと、C型の円卓の中央に堂々と歩を進め、挨拶がわりに左胸に手を当て、小さく会釈した。

 カグヤ「私の部下の件で、ご迷惑をお掛け致します」
 凛とした、鋭く明瞭な声だった。

 支部長の一人が言った。
 「貴殿は召喚されていないと思いましたが」
 カグヤ「ご案内の配布誤りかと思いまして」
 ジョーカーは笑いを堪えた。その二人の連携は完全にその支部長を馬鹿にしたものだった。支部長は顔を真っ赤にして立ち上がり、声を荒げた。
 「案内を誤ったのではない! 貴殿の直接の部下の話だ! 議論が情に流され思わぬ方向を向いては困るからとの判断だ!」
 支部長の捲し立てを途中で遮ることもせず、最後まで聴き、飲み込むように短く頷くと、カグヤは口を開いた。
 カグヤ「厳正な処分はあって然るべき、それは私も同意見です」
 てっきり反論されるかと身構えていた支部長は肩透かしをくらい、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔でゆっくりと腰かけた。
 カグヤ「ですが、その前にすべきことがあると考えております」
 「何?」
 次のカグヤの一言に、場の誰もがど肝を抜かれた。

 カグヤ「道士協会に、謝罪を申し入れてきます」

 白旗の意味すら通じるかわからないような敵陣に、しかもその真っ只中に、白旗だけを持って乗り込むと言っているに等しかった。
 「ウランド・ヴァン・ウィンクルへの処分が道士協会への謝罪にあたる! わざわざトランプの上層が出向くなど、」
 カグヤ「出向くなど? 何です? 体面に関わりますか? うちのエースを切って、それだけで済むとでも? 誠意を欠けば、民衆の心にも神使教にも禍根を残しましょう。ハートのエースがどれほど皆から慕われているか、ご存知ないか?」
 その問いに、熱くなりかけた場は一瞬にして鎮まった。

 カグヤ「……あの男は、百度狼が来たと嘘を吐かれたとしても、百度疑うこと無く助けに行きます。トランプだけでなく、民衆も知っています、わかっています、信じています。処分は必要です。ですがその前に魔導師協会として表に誠意をみせることが不可欠と考えます」
 「……だが、貴殿がわざわざ出向くなど……ただでさえ……その、お言葉だが貴殿は、その、」

 カグヤ「私は神使教の裏切り者とされています」

 言葉に出すこと以前にその考えに及ぶことすら憚られるそれを、まさか本人の口から聞くことになろうとは。場の空気はその一言に凍りついた。ただ一人、当の本人を抜かしては。
 カグヤ「また道士協会は神使教の中でも過激派です。が、だからこそ私が行く。ウランドは民衆にとっても魔導師たちにとっても、…………それだけ、価値のある"魔導師"です」

 マリアは大きくそして深く頷いた。このハートのキングにここまでさせて、ここまで言わせて、ウランドの免許剥奪など出来るはずがない。

 カグヤ「私の意見はここまでです。処分に関しては、ラピュータ大陸支部長殿の仰る通り、余計な情が入らぬよう議論からは外れます。このまま桃花源国へ向かいますことだけ、ご承知おきいただければ結構です」

 そうしてなんら淀み無く、翻る踵。その背中をジョーカーが呼び止めた。
 ジョーカー「ハート軍のキング、エースともに不在となる、その間の特別体制は誰が仕切るのだ?」


 オージンジ

 次に出た言葉は、カグヤ自身にとって、いや寧ろトランプという組織にとって大博打のような内容だった。
 カグヤ「……問題ありません。スペードのエースを据え置きます」


        


 ◆


 「あ、ホントにいた、焦げ男」

 不自然に壁紙焼け爛れた陰気な酒場。裏ギルドのファリアス港店。
 併設のバーで机に突っ伏し、寝ているようにも思えたその"焦げた"仮面の男は飛びつくようにすぐさま体を起こした。

 その目の前に立っていたのは、赤茶色のツンツン頭に灰色のつり目、顔を斜めに縦断する大きな傷のある真っ赤な中華服の小柄な男。男は場に不釣り合いな屈託の無い笑顔を向けた。次いでどさりとテーブルに置かれた大きな麻袋。
 「キッチリ500万、"火葬屋"の依頼で届けにきた」

 仮面の男は帽子のつばに手を添え、小さく目礼した。直ぐ様麻袋を肩にギルドを出ていこうとするその仮面の男は呼び止められ、まだ何かあるのかと振り返った。
 「お前その火傷大丈夫かよ? "火葬屋"にやられたのか? ちゃんと医者行けよ?」
 無関心が唯一のルールであるこの場において、決して出てくるはずの無いその言葉に、仮面の男は少し驚いた表情を浮かべると、律儀に深々と頭を下げた。

 急ぎ足で去るその背中を見ながら、中華服の胸元からひょこりと顔をだした小さな妖精の少女。
 「ねー、いいの? あんな大金……あのフィードってやつ金せびってばっかじゃんか〜」
 その膨らんだ頬を、男は指で挟んだ。ギャアギャアと怒り出した妖精の様子にゲラゲラと笑いながら、男は言った。

 「あいつはよくやってるよ。でもまだ全然足りない、裏社会でもっと名を上げてもらわないと」


 ◆


 黙々と歩きながらも、手から下がる麻袋の重みは、これまで勝って手に入れたものとは程遠く、ハイジにとって初めてと言っていいほど屈辱的なものだった。同時に、これも初めて沸いた思いがひとつ。

 ――俺は、まだまだ弱い――


        


 ◆


 巡礼船の乗り場で長蛇の列を成していた教徒たちの姿も少なくなり、ハニアはただただ不安に駆られていた。
 もうすぐ受付が終わってしまうというのに、よしのたちが来ない。

 その、列にも並ばず乗船券を握りしめ、落ち着きのない様子に、たまらずカサモトは声をかけた。
 カサモト「どうしたー! 坊主っ! 親とはぐれたかっ!? どれ先に乗り込んでいるかもしれん、探してやろうか!」

 よしの以外で、初めてのジパング人に、ハニアはガチガチに硬直した。髪が、瞳の色が、あり得ないほど黒い。顔が平坦で、肌が黄色い。
 カサモト「なんじゃー! 口をパクパクと! わはは金魚みたいな坊主じゃのー!」

 「ハニアくん!」

 遠くから息を切らして駆けてくる、見覚えのある男女の姿に、ハニアは胸を撫で下ろした。エオルはハニアの頭を撫でながら真っ先に謝罪した。
 エオル「ごめん! 遅くなって! よしのさんも一緒だよ」
 そうしてきょとんと自分達を見つめていたカサモトに気づき、ぎこちなく会釈した。
 エオル「えっと……言語統制は効いてるよな? 俺たち、乗船します」
 そうしてそれぞれ乗船券を提示した。カサモトはその乗船券とよしのを交互に何度も何度も見ていた。カサモトの動きの意図が読み取れずエオルとよしのは緊張が増した。

 エオル「あの、もう一人来る予定なんですが……」
 はっと我に返ったかのようにカサモトはその黒い瞳を合わせると、おおらかで豪快な笑顔を向けた。
 カサモト「おお、わかったわかった。荷物は全て預けて服も着替えてもらうき、男と女それぞれであのテントの中におる係ん者の指示を受けちょくれ。ところで、」

 ぎくり、とエオルの背筋は凍りついた。そうして差された指は真っ直ぐよしのを向いていた。

 カサモト「あんたぁ、ジパング人じゃろう?」
 よしのは様子を窺うように小さく頷いた。
 カサモト「……外から来るジパング人でおなごちゅうことは、あんたもしや市松家がご"嫡男"芳也(カグナリ)殿か!?」
 エオル「えっ!?」

 そのリアクションにカサモトはしまったと頭を掻いた。
 カサモト「ああと、今は改名されて……カグヤ殿か、失礼した」
 どうやら、"また"トランプのハート軍のキングに間違われているらしい。エオルが慌てて訂正しようと割って入った時だった。

 「そのとぉーーーーーりっ!」

 いつもの聞き慣れたそのダミ声に、エオルは限りなく嫌な予感が頭の先から爪先まで駆け巡った。

 近くの倉庫の天井から飛び降りる黒づくめ。うまい具合によしのの隣に着地すると、揚々と腕組みし、カサモトにニヤリと邪悪な笑みを向けた。その胸に光るのは――なんと、魔導師バッチ。
 エオル(げっ!)

 フィード「このお方はまぎれもなく、ジパング人ながらトランプは"ハートのキング"まで昇りつめたイチマツ・カグヤ様であらせられる! 我々はその歴史的帰郷をサポートするがため選りすぐられた付き添いだ! 努々粗相のないよう気を付けろよ」

 よしのとハニアは訳がわからずキョドキョドと落ち着きがない。その様子を見つめるカサモトの目の色が何やら"変わった"のが見てとれた。

 カサモト「……乗船券を拝見しましょう。それさえあれば魔導師であっても口利きいたそう。……お帰りなさいませ、"市松"殿。王もお喜びになろう」

 なんだか、よくわからないが非常に、ものすごくマズイことになった、とエオルは今すぐ頭を抱えたい気分だった。


        
        
        
KT … カイセツ(K)とツッコミ(T)
      またの名を
      カユイ(K)ところにテ(T)がとどく


      
       
p.3    ■拳でも人は殺せる
    人に暴力をふるうということを、ハイジは理解した上での発言です。
    ほんのちょっとうちどころが悪かっただけで、何か起こってしまう場合もある。
    ただ、このような発言にぎょっとするわれわれ(作者だけか?)はハイジとは住んでいる世界がまるで違うんだと思います。
       

p.5    ■だってさ
    目の前にいるのに伝言ゲームな図。二人は直接会話をしたくないのです。気持ち悪くて。

       
p.7    ■無論だ
    カグヤは踊る●捜査線の室●さんなイメージ。


       
       
       2012.10.5
        KurimCoroque(栗ムコロッケ)