28.1. Misattribution of arousal 1 prev next
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 景色
 燃えるような赤い空。
 
 地鳴りのように鳴り響く男たちの讃美歌。

 生暖かい風。

 そよそよと音もなくそよぐ膝丈ほどの草原。

 その上に敷かれた白い砂利道。


 ジャリジャリと音を立て、白く丸い小石の絨毯を踏みしめる2つの影。

 ロロ・ウーの精神世界(無意識の世界)に閉じ込められたウランドとフーは"精神世界への順応(自我の崩壊)"の前に抜け出さなければならないため脱出法を求め、ひたすら道なりに歩みを進めていた。いつまでも続く同じ風景に互いにうんざりし始めていたそんなとき、ウランドはふと思い出したように口を開いた。
 ウランド「そういえば、道士なんですか?」
 フー「なんだよ、急に」
 ウランド「魂魄の構造がどうとか、一般の神使教徒以上にお詳しそうですし、ロロ・ウーの母親の手紙だと仰っていた紙もロロ・ウーが術を使うのに使用していた紙と似ていましたし」

 少しの沈黙の後、フーは俯きながら、気まずそうにウランドから目をそらした。
 フー「……ああ、火に炙ると母親からの手紙が浮き出るってあれウソ。火に炙ったら爆発するんだ。……ついでに言うと……ソレの束をあの更地に放ってた……」
 たとえ肉体に戻ることができたとしても確実に、自分達の肉体はバラバラにでもなっているだろう。フーはこの穏やかな男が怒り狂うのを覚悟した。




 ウランド「えっ! すみません!」

 予想外で、しかも意味不明な返答にフーはウランドが自分の話をよく理解できていないと受け取った。
 フー「あのなオッサ……ウランドさん」
 隣を見上げるとそこにウランドの姿は無かった。
 足を止め振り向くと、すでにウランドは足を止めていたようで、フーから少し後方で今にも泣きそうな顔でフーを見つめていた。普段ほとんど無表情なこの男のこれほどまでに崩されたその表情に、フーは取り返しのつかないことをしたと激しい後悔の念が込み上げた。もう一度キチンと説明しようと出した声は思いがけず震えていた。
 フー「ごめん、歩きながら話すことじゃないよな……」

 ジャリ、と音を立てウランドは両膝をついた。あまりのショックに体の力が抜けてしまったのか。フーは慌ててウランドの前に駆け寄り、自分も腰を落としかけたが、当のウランドは背筋を伸ばして膝の上で拳を握りしめ、真っ直ぐとフーを見つめていた。絶望というより、その姿は謝罪。フーは訳がわからないとただ首を横に振った。

 ウランドはようやく口を開いた。
 ウランド「私が魔法を使ったせいで、おそらく確実に"火に炙られて"います。どの規模の爆発かわかりませんが、もしかするとフーさんの肉体を傷付けてしまっているかもしれません。……存じなかったとはいえ、軽率でした。今の状況でなんとお詫びをしたらよいか」

 バチンと勢いよく音を立て、フーの細い手がウランドの膝の上の拳に乗せられた。




 フー「ばか、なんでそっちがあやまんのさ」

 俯いて少し声を詰まらせた後、フーはクロブチメガネの奥を真っ直ぐと見つめた。

 フー「あんたの肉体を助ける時間があたしにはあった。でも拗ねてどうでもよくなって、ロロと爆破で心中しようとしたんだ。あんたのことなんて、何一つ考えてなかった……ごめん、なさい」

 再び俯き肩を震わすフーの小さな手を、ウランドの大きくごつごつとした手が包み込んだ。
 ウランド「でも、今こうして出会って日の浅い他人である私を気遣ってくれている、あなたは優しい女性ですよ。大丈夫です、あなたの悔やみは私に十分届いています。どうか切り替えてください」

 そうしてフーの小さな手を力強く握った。
 ウランド(絶対に、このひとだけはここから助ける)
 
 上がったフーの顔はぶすくれていた。ずいと近づけられた顔と顔とのその距離は息がかかるほどだった。
 ウランド(近っ!)




 フー「あんた今なんか背負ったでしょ」
 ウランドは自らの背後に目を向けた。
 ウランド「ええと……背中は軽いままですけれど、」
 フー「惚けんな!」
 そうして今度はフーの小さな手が力強く握り返した。

 フー「あんたはあたしが助ける! 絶対に帰してやるからな!」

 確と握られた暖かく小さな手の柔らかな感触。鶴のように美しいシャープな顔。鼻先にかかる吐息。自分にだけ向けられた決意の強い瞳。
 超至近距離のそのオリーブ色の瞳を見つめたまま、ウランドはついうっかり、一瞬、理性が吹き飛んだ。すっかり返答することなど忘れて、代わりにすぐ目の前の卵のような白い頬に左手を伸ばした。薬指に指輪の光る指先に小豆色の美しい髪が触れると、ふと理性が舞い戻り、両手をフーから遠ざけ視界をまったく別の方向に向けると慌てて立ち上がった。

 ウランド「……ありがとうございます、頼りにさせていただきますよ。先を急ぎましょう」
 我ながら、表面的で薄っぺらい、中身のない回答だと思った。
 フー「あ、ああ、そうだな」




 そこから先は会話どころか顔すら合わせず、二人の間はただ砂利を踏む音だけだった。

 フー(や、やばい、ちゅーされても良いと思ってしまった)
 ウランド(や、ヤバイ……大人しく俺に"親切にされてればいいのに")

 こんなことを考えている場合ではないと二人とも理解はしていたが、逆にこの"精神世界とは全く別のことに考えが支配されている"状態が、ロロの精神世界への"順応"を遅らせていた。

 やがて砂利道が終わり、新たな景色が眼前に現れた。そこには大変奇妙な光景が広がっていた。





―――  A. ( Misattribution of arousal 1)―――






2012.1.20 KurimCoroque(栗ムコロッケ)