13.1.walking disaster prev next
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 パンゲア大陸 ヴァルハラ帝国 東北部 グラブ・ダブ・ドリッブ魔導師協会管轄地区 トランプ本部

 「ロロ・ウーがまた魔薬ドラッグチームをつぶしたらしいですよ」

 茶をすすりながら書類に目を通していたカグヤは、書類に目を落したまま興味なさそうに口を開いた。

 カグヤ「(賞金首)ランクA4ではどうしようもない。我々トランプが手を出せるのはS1からだ」

 「このままいくとS1に上がるのも時間の問題かと」

 目を通していた書類に判が押され、その漆黒の瞳はすぐさま次の書類に落とされた。

 カグヤ「よほどのことがなければ、それはないだろう」

 「なぜです?」

 溜息をつき、カグヤはようやく顔をあげた。

 カグヤ「おそらく道士協会がハンターズギルドに圧力をかけている。我々魔導師に処理させぬようS1未満に留めておけとな」

 「……神使教のプライドってやつですか……犠牲はこれからも出続けますよ……」

カグヤおねえさま

 カグヤは何も答えることなく、1口茶をすすると再び書類に目を落した。




 パンゲア大陸 ファンディアス国 港町ファリアス 黒い三日月アジト

 その日のロロは珍しく自分で自然と目を覚ました。

 ロロ(……縁起悪ィな)

 二度寝しようにも寝付けず、仕方なくのそのそと起き上がって洗面台で顔を洗った。

 顔をあげ、洗面台の正面にかけられている鏡をみた瞬間、その顔は真っ青になった。




 "緑の海原"、"紅夕暮"、このファリアスの港町で飛びぬけて勢いのあった2つの魔薬ドラッグチームが"黒い三日月"につぶされた。

 ファリアスの裏社会で、黒い三日月に楯突ける者はいなくなった。

 同時に黒い三日月の権力目当てに、連日チーム入り希望者が列をなした。

 その連日ともロロは一人ひとりに直接チーム入りを許可する、あまり面接とはいえない面接(即答でOKを出すため)を行っていた。

 しかし、その日はなぜか出てこなかった。

 取り巻きの一人が言った。

 「あの人まだ寝てんの?」

 起こしに行った別の取り巻きが息を切らして駆け戻った。

 「今日、ウーさんだめです」

 「起きねーの?」

 「いや、起きてはいるんですが、今日は部屋から出たくないと……」

 「ハァ!? なんで!?」

 起こしに行った取り巻きは肩をすくめた。

 「なんでも、今日は女難の相が出てるとかで、一切部屋から出ないと……」

 「……ひきずってでも連れてきて」

 その取り巻きの後ろには面接待ちの男どもが列をなしていた。

 ――間――
 ようやく、そしてしぶしぶ、面接は開始された。

 そうして現れた最後の一人。

 「こんちわ! 女じゃできない仕事ってわけでもないと思ってんだけど!」

 プラチナブロンドの髪にブルーグレーの澄んだ瞳、美女だった。

 明らかに不愉快そうな表情を浮かべ、ロロはそっけなく答えた。

 ロロ「……あー、女は……」

 「いやったぁーー! 女だーーーー!」
 「しかも美人だーー!」
 「ついにこの黒い三日月にも花が!」

 女を見るなりロロの後ろで取り巻きたちは歓声を上げた。

 ロロは喜ぶ取り巻きたちを見、しぶしぶ女を許可した。

 女はスナイドといった。



 スナイドが入ってから、黒い三日月の売り上げはさらにはね上がった。

 スナイド自身は魔薬ドラッグの売買には直接関わらなかったが、家事でメンバーを支え、姉御肌で明朗快活な性格は魅力的で、取り巻きたちは"スナイドのために"と張り切った。

 その様子を見、ロロは一言。

 ロロ「気に食わねぇ」

 取り巻きたちをとられた気がした。



 しばらくして、ロロはスナイドから頻繁に視線を感じるようになった。(気に食わないためロロはあえてシカトしていた)

 たまたま目が合うと、スナイドは決まってにっこりと笑った。

 何もないのによく話しかけられるようになり、少しのことでよく触られるようになり、気づけばほとんど常に横にいた。



 ロロはイライラしていた。

 そのイライラはスナイドのものというより、スナイドを通して、元妻や、掌を翻した女の道士たちへのものであった。


 そんなある晩、ロロが部屋に戻ると、スナイドの姿があった。

 スナイド「あ! ごめんごめん! なんか紙くずがいたるところにいっぱいあったから、 それ片づけてたらこんな時間になっちゃった!」

 ロロ(紙くず……)「捨てた?」

 にっこりと返ってきた答えは予想通りだった。

 スナイド「うん! 燃やした!」

 ロロ「今回は別にいいけど、あれは道士が術使うのに必要なんだ。次からはそのままにしといて」

 そうしてそのまま、もう"紙くず"にもスナイドにも興味ないとソファに身をうずめた。

 スナイド(怒らない…? あたしのことを本当に信用し始めたのか?)

 スナイドはにっこりと笑うと、上着を脱ぎ捨て、そのままロロの膝の上に腰かけ、首に腕をまわした。

 ロロは面倒くさいと言わんばかりにあからさまに顔をしかめた。

 気に留める様子もなく、スナイドは上目づかいにロロを見た。

 スナイド「……気づいてるでしょ?」

 毎度毎度、同じパターン。いい加減飽き飽きだと、ロロは溜息をついた。



 あれがほしい、これを買え、あれがいい、これはいや、もっと私を愛せ、もっとわかるように愛せ、言葉でも、態度でも。

 エサ与え続けなけりゃ吠え続ける、女は獣だ。



 ロロ(……もういいだろ)

 すらりとした長い指はスナイドの顎をひっつかんだ。

 ロロ(殺すか……)

 そしてそのままグイと引き寄せ、口づけた。


 ――魂転如律令スリックリード!――

 スナイドはロロを突き飛ばし、勢い余って後ろへ転げ落ちた。そのまま右へ左へよろめきながら、乱暴にドアを開け、逃げるように部屋を出た。

 気配が消えたのを確認し、ロロは洗面台に駆け寄り、激しくむせ込んだ。

 その口からカラカラと音を立てて次々と出てくるのは、水と風の精霊、そして、氷の塊。

 ロロ「ゲホッ、ゴホッ……ハァ……あの女……何しやがった……!」



 力がほとんど入らない体を引きずり、何とか自室に戻ったスナイドは、そのまま床に倒れ込んだ。

 スナイド「ゼェ……ハァ……あいつ……一体何しようとした……!?」

 その時ふと、桃花源に、美女に化け、ひっかけた男どもの生気を吸いつくす魔物がいたことを思い出した。

 蔑むように、ニヤリと口の端は吊り上った。

 スナイド「……魔物かよ……! まあいい、札は全部燃やした」

 どの道やつは時間の問題だ。本物の化け物でもない限りな。





―――  黒い三日月(walking disaster) ―――





2010.4.3 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.11.28(改)