12.3.peacemaking prev next
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 「やつはそろそろ音をあげたか?」

 「いいや、ちっとも。強情なガキだぜ」

 男たちの視線の先には、ロープで吊るしあげられた少年。

 ファリアスの町一番の魔薬ドラッグチーム"黒い三日月"を倒すため、スパイとして少年を送り込んだはずだった。

 だが、どうしたことか、いつまでたっても戻って来やしない。

 それどころか、"黒い三日月"の売上に貢献している始末。

 「裏切り者め……」

 無理矢理、魔薬チーム"紅夕暮"に連れ戻された少年は、拷問部屋で激しい尋問にかけられながらも"黒い三日月"の情報を一切割らなかった。

 「テメーがそこまでデカくなれたのは誰のおかげだと思ってやがる」

 少年は孤児だった。

 魔薬チーム"紅夕暮"に拾われ、売買のイロハを叩き込まれ、チームの売り上げに貢献してきた。

 恩はあった。

 少年(……けど……)

 黒い三日月には、厳しいノルマはないし、雑用の量もみんな平等、さらには売上の分け前も、努力した分だけガキでも稼げた。

 すべてが公平だった。

 居心地がよい。

 そして何より――

 『いいよ、どーぞ』

 無条件で、何の迷いもなく、自分を受け入れてくれた――

 それでいてたくさんの荒くれ者を従えるカリスマ性――

 あの男の元で働きたい、子どもながらに、そう思った。

 少年(……もう、ダメかな……)

 何もかも終わった。幕を閉じるように、俯き、目を瞑った。




 「頭ァ!」

 "頭"と呼ばれた赤髪の男、"紅夕暮"のリーダー・ゾクリムはワイングラス片手に、札束を積み上げ悦に浸っていた。

 ゾクリム「ガキがようやく口でも割ったか」

 部下は息も絶え絶えに力いっぱい首を横に振った。

 「"黒い三日月"が……殴りこみです!」

 ゾクリムの手から札束が滑り落ちた。




 乱暴に拷問部屋のドアが開いた。

 ゾクリム「……貴様、いい加減に手に入れた情報を吐け……! 弱点の一つでも見つけたろう!?」

 少年は俯いたままピクリとも動かなかった。

 ゾクリムは少年を思い切り殴った。

 少年を吊るしていた縄は大きく揺れた。

 そのあまりの痛みに思わず大粒の涙がこぼれた。口の端からこぼれる折れた歯。広がる血の味。

 ゾクリム「吐く気になったか?」

 少年は泣きながら首を横に振った。

 ゾクリム「クソガキが……!」

 ドカッ!

 ゾクリム「親のいねぇテメーを拾ってやったのは!」

 ドカッ!

 ゾクリム「稼ぐ術を与えてやったのは!」

 ドカッ!

 ゾクリム「どこの誰様だ!」

 ガシッ!

 ゾクリムの振りかざした手を、後ろから伸びた手が掴んだ。

 脂汗が、滴り落ちた。バクバクと体を揺らす心臓。意図せずがちがちと音を鳴らす顎。ゾクリムの目はゆっくりと、自分をつかむその手の先をたどった。




 手の主と目が合った、その瞬間、鈍い音とともに上がったゾクリムの叫び声。

 その手首は真っ二つにへし折られていた。

 もだえ苦しむゾクリムを、その手は離さなかった。

 ロロ「よくもおれのもんに手ェ出してくれたな」

 その懐かしい声に、少年はボコボコになった顔をあげた。たとえ裏切り者としてののしられてもいい、でもすぐにでもその顔を見たかった。

 少年「……ウーさん……!」

 迎えたのは暖かいいつもの笑顔だった。

 ロロ「ちょっと待ってな」

 ゾクリム「ま、待て! こいつはオレがお前の所に送り込んだスパイだぞ!」

 少年「う……」

 ゾクリムを見下ろすロロの瞳は冷酷だった。

 ロロ「何テメーのもんみてぇな言い方してやがる。こいつはおれのだ」

 ゾクリム「ひっ……!」




 集まった"黒い三日月"のメンバーたちの中に、縄を解かれ、正座し、俯く少年。

 少年「……スパイだったのは…………本当です……」

 すぐさまメンバーたちから怒号が飛んだ。

 「裏切り者!」
 「殺そうぜ!」

 膝の上で固く握りしめられた拳の上にポロポロと大粒の涙がこぼれた。

 少年「……でも、今は本当に"黒い三日月"に入りたいです……!」

 「ハァ!? ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」
 「そうだそうだ!」
 「ウーさん!」

 ロロは目だけ、声を掛けてきた取り巻きに向けた。

 「やっぱコイツ、助ける意味ありませんでしたね! とっととやっちまいましょうよ!」

 何を言っているのか全く分からないとロロの表情はきょとんとしていた。

 ロロ「え? 何で?」

 その場の全員が「何言ってんだ、この人は」という目を向けた。

 当の本人は何食わぬ顔で少年の前にしゃがみ込み、額をツンツンとつついた。

 ロロ「なんで入ってねーことになってんだよ。おれは"どーぞ"って言ったじゃねーか」

 「ウーさん! まだそんなこと!」

 ロロ「ハイー! パラダイスでのお約束事その4〜!」

 取り巻きたちは気を付けの姿勢で反射的に復唱した。

 「仲間同士での傷つけあいは禁止ぃーー!」

 それが答えだ、とロロは笑った。

 ロロ「でしょ?」

 「いや……だからこのガキは……」

 もうこのことには興味がないとロロは踵を返した。

 ロロ「お前らがコイツを傷つけるのは許さねぇし、"今後"、こいつがお前らを傷つけるのも許さねぇ。文句あるやついるか?」

 取り巻きたちは顔を見合わせた。

 「……ウーさんがそう言うなら……」

 すでに帰路に歩を進めるその背中は「終わった終わった」と背伸びをしていた。

 ロロ「はい、これで仲直り!」

 他のメンバーに促されるまで、少年はロロの背中を見つめ続けた。

あこがれ

 ――絶対、一生この人について行こう……!――





―――  黒い三日月(peacemaking) ―――





2010.3.20 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.11.14(改)