シェン「"あの"
久々に会った友人たちとの飲みの席で、会話の中に出てきたそのニュースはシェンに衝撃を与えた。
それだけ、道士界にとってロロ・ウーという天才への期待は大きかった。
シェン「なんで!?」
"同性愛者であるため"
友人の説明は噂レベルのものであったが、シェンの反骨精神に火をつけるには十分だった。
シェン「もったいねえ。何とかなんねぇかな」
とは言うものの、シェンは道士どころか、神使教の敵である魔導師の学校に通っている身。
どう考えてもどうにもすることは不可能だった。
シェン「……虎の威を借りますか」
"おれは道士をやめる理由なんざ何一つねぇ"
破門時に「転」の字を返却せず、そのまま逃亡したロロに、追手は日増しに激しくなっていた。
そうして、ついに廃屋に追い詰められ、絶体絶命の危機に瀕していた。
廃屋に結界を張り、追手にそれを破れる者はいなかったが、完全に袋の鼠だった。
ロロ(このままだと……兵糧攻めだな……)
体が重い、節々が痛い、気力が湧かない。体力は限界に近づいていた。
だが、その限界が訪れる前に、結界は破られることとなった。
開かれた廃屋の扉、差し込む明かり、たたずむ男。
シェン「あんたが噂のロロ・ウーだな?」
ロロは身構えた。
対するは、地上のありとあらゆる生きとし生けるものに平等な、屈託のない笑顔。
シェン「なあ、ロロ。神に逢ったことはあるか?」
桃花源国 蓬莱地方 崑崙山山頂 蒼穹殿
この世で唯一、天界ではなく地上に居を構える神、
ロロの結界を軽々破り、「神に逢ったことはあるか」と尋ねた男は、世界で一番の"玉の輿"男、白桜姫の婚約者、リー・シェンだった。
神をたぶらかしたと世界中の非難の的である男に、その神の前に案内された。
大量の線香が焚かれた広間、奥にはうす布の簾が掛かっており、その向こう側には人影が見えた。
何ら気を使う様子もなく、シェンはズカズカと広間の奥に進み、簾の向こうに話しかけた。
シェン「白桜姫! 連れて来たぜ!」
何の気なしに発せられたその名前に、無意識に顔が引き締まった。
簾の端にいた女官が声を張り上げた。
女官「男! 脱帽しろ! どなたの前と心得るか!」
ロロは被っていたつば付き帽をさらに目深にかぶった。明らかな反抗的態度。
女官「貴様……!」
「そのままで構いません。どうぞ楽に、ロロ」
低くしわがれた、だがどこか品のある声。簾の奥に見える影からだった。
「今日は体調がすぐれなくて、こちらこそ悪いですが、このまま簾越しでいさせてください」
ロロ「別に、その男に連れてこられただけですので、お気になさらず」
その態度も口調もそっけないものであった。
「あら、あなた、ご説明をしていないの?」
しまった、とシェンは頭をかいた。
シェン「忘れてた。えとな、お前を助けたいと思ってな」
助けるなどと、いったい何様のつもりだ。すかさずロロの眉がピクリと動いた。
ロロ「……助ける?」
シェンは笑った。
シェン「ほら、俺神使教徒じゃないじゃん?」
ロロ(知らねー……)
シェン「でも白桜姫の言うことなら、みんな大人しくなると思って」
そんなわけないだろ、とロロは鼻で笑った。
ロロ「どうかね」
それからしばらくの間、沈黙が流れた。その間、簾の向こうからジロジロと視線を感じ、気分が悪かった。
「ロロ・ウー」
白桜姫の一言で長い沈黙は破られた。
ようやくかとロロはイライラしながら返事を返した。
ロロ「はい?」
その態度にすかさず女官の睨みが刺さった。
「これからあなたが選ぶ道を、私は肯定も否定もしません」

その一言が放たれた瞬間、ロロは"あること"を理解した。
シェン「ちょっ……おい!
にやりと笑い、ロロはようやく脱帽して一礼した。
ロロ「お時間をいただき、ありがとうございました」
そう言って足取り軽く踵を返した。
シェンは簾の奥に慌てて話しかけた。
シェン「何であんな突き放すようなこと言ったんだよ!」
簾の向こうからクスリと笑い声が聞こえた。
「ロロとあなたはそっくり」
シェン「は?」
「唯一違うのは、ロロは素直なところね」
シェン「……なにそれ」
神は人を救わない。
かといって罰することもない。
ただ、そこに、絶対的に"存在するのみ"。
つまり、何が正しくて、何が間違っているか、それを決めるのは神じゃねえ。
――――おれだ。
おれはおれが正しいと思うおれの
五年前 ロロ・ウー 十八歳。
以降、彼の姿を桃花源国で目にすることはなかった。
――― 黒い三日月(道) ―――
2010.2.13 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.10.24(改)