11.3.道 prev next
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 シェン「"あの"ウー家の長男坊が破門!?」

 魔導師養成学校アカデミーが夏期休暇期間に入り、リー・シェンは桃花源国に帰省していた。

 久々に会った友人たちとの飲みの席で、会話の中に出てきたそのニュースはシェンに衝撃を与えた。

 それだけ、道士界にとってロロ・ウーという天才への期待は大きかった。

 シェン「なんで!?」

 "同性愛者であるため"

 友人の説明は噂レベルのものであったが、シェンの反骨精神に火をつけるには十分だった。

 シェン「もったいねえ。何とかなんねぇかな」

 とは言うものの、シェンは道士どころか、神使教の敵である魔導師の学校に通っている身。

 どう考えてもどうにもすることは不可能だった。

 シェン「……虎の威を借りますか」




 "おれは道士をやめる理由なんざ何一つねぇ"

 破門時に「転」の字を返却せず、そのまま逃亡したロロに、追手は日増しに激しくなっていた。

 そうして、ついに廃屋に追い詰められ、絶体絶命の危機に瀕していた。

 廃屋に結界を張り、追手にそれを破れる者はいなかったが、完全に袋の鼠だった。

 ロロ(このままだと……兵糧攻めだな……)

 体が重い、節々が痛い、気力が湧かない。体力は限界に近づいていた。

 だが、その限界が訪れる前に、結界は破られることとなった。

 開かれた廃屋の扉、差し込む明かり、たたずむ男。

 シェン「あんたが噂のロロ・ウーだな?」

 ロロは身構えた。

 対するは、地上のありとあらゆる生きとし生けるものに平等な、屈託のない笑顔。

 シェン「なあ、ロロ。神に逢ったことはあるか?」




 桃花源国 蓬莱地方 崑崙山山頂 蒼穹殿

 この世で唯一、天界ではなく地上に居を構える神、白桜姫ハクオウキの住まう処。

 ロロの結界を軽々破り、「神に逢ったことはあるか」と尋ねた男は、世界で一番の"玉の輿"男、白桜姫の婚約者、リー・シェンだった。

 神をたぶらかしたと世界中の非難の的である男に、その神の前に案内された。

 大量の線香が焚かれた広間、奥にはうす布の簾が掛かっており、その向こう側には人影が見えた。

 何ら気を使う様子もなく、シェンはズカズカと広間の奥に進み、簾の向こうに話しかけた。

 シェン「白桜姫! 連れて来たぜ!」

 何の気なしに発せられたその名前に、無意識に顔が引き締まった。

 簾の端にいた女官が声を張り上げた。

 女官「男! 脱帽しろ! どなたの前と心得るか!」

 ロロは被っていたつば付き帽をさらに目深にかぶった。明らかな反抗的態度。

 女官「貴様……!」

 「そのままで構いません。どうぞ楽に、ロロ」

 低くしわがれた、だがどこか品のある声。簾の奥に見える影からだった。

 「今日は体調がすぐれなくて、こちらこそ悪いですが、このまま簾越しでいさせてください」

 ロロ「別に、その男に連れてこられただけですので、お気になさらず」

 その態度も口調もそっけないものであった。

 「あら、あなた、ご説明をしていないの?」

 しまった、とシェンは頭をかいた。

 シェン「忘れてた。えとな、お前を助けたいと思ってな」

 助けるなどと、いったい何様のつもりだ。すかさずロロの眉がピクリと動いた。

 ロロ「……助ける?」

 シェンは笑った。

 シェン「ほら、俺神使教徒じゃないじゃん?」

 ロロ(知らねー……)

 シェン「でも白桜姫の言うことなら、みんな大人しくなると思って」

 そんなわけないだろ、とロロは鼻で笑った。

 ロロ「どうかね」

 それからしばらくの間、沈黙が流れた。その間、簾の向こうからジロジロと視線を感じ、気分が悪かった。

 「ロロ・ウー」

 白桜姫の一言で長い沈黙は破られた。




 ようやくかとロロはイライラしながら返事を返した。

 ロロ「はい?」

 その態度にすかさず女官の睨みが刺さった。



 「これからあなたが選ぶ道を、私は肯定も否定もしません」


あっ!


 その一言が放たれた瞬間、ロロは"あること"を理解した。

 シェン「ちょっ……おい! 白桜姫ハクオウキ!」

 にやりと笑い、ロロはようやく脱帽して一礼した。

 ロロ「お時間をいただき、ありがとうございました」

 そう言って足取り軽く踵を返した。

 シェンは簾の奥に慌てて話しかけた。

 シェン「何であんな突き放すようなこと言ったんだよ!」

 簾の向こうからクスリと笑い声が聞こえた。

 「ロロとあなたはそっくり」

 シェン「は?」

 「唯一違うのは、ロロは素直なところね」

 シェン「……なにそれ」





 神は人を救わない。

 かといって罰することもない。

 ただ、そこに、絶対的に"存在するのみ"。

 つまり、何が正しくて、何が間違っているか、それを決めるのは神じゃねえ。

 ――――おれだ。

 おれはおれが正しいと思うおれの世界パラダイスを作る。



 五年前 ロロ・ウー 十八歳。

 以降、彼の姿を桃花源国で目にすることはなかった。





―――  黒い三日月(道) ―――





2010.2.13 KurimCoroque(栗ムコロッケ)
2012.10.24(改)