29.1. とらわれおうじ1 prev next
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 "火の国"、"夜の国"、"死の国"、そう呼ばれる国がある。

 パンゲア大陸の中央部"カムラン国"。
 四方を3つの大山脈に囲まれ、国土の約6割が活火山であり、絶えず上がるその噴煙が昼夜問わず空を覆い、一筋の光すら届かぬ"暗闇の国"。加えて常に有毒ガスを帯びた強風が吹き荒び、視覚、聴覚、嗅覚あらゆる感覚が無用の長物と化す、人間は到底住むことも叶わぬ過酷の国。

 まるで明かりの無い部屋で無数の暗幕を掻き分けるようなその噴煙の嵐の中、煌々と輝く二つの灯り。

 黒髪黒目の坊主頭、二メートル近くの大男トウジロウは窮屈なガスマスクからの代わり映えの無い景色に始終ブツブツと文句を言い続けていた。
 トウジロウ「大将! そもそもなんでこないなとこで待ち合わせぇやねん」

 大将、と呼ばれたトウジロウの前を歩く赤茶色のツンツン頭の小柄な青年シェンはガスマスクの奥の灰色の瞳をトウジロウに向けた。表情は窺えなかったが、ガスマスク越しでもいつものあの空気をぶち壊す屈託の無い笑顔でいることが見てとれた。

 シェン「まあ、そう言うなって! せっかく"ヴァンピール"の人が取り次いでくれたんだ」




 二人の、いやシェンの目的は"最強の七人の魔導師グランドセブン"の一人、"共食い"グレイを説得し、魔導師犯罪組織"W・B・アライアンス"に取りつく悪魔"ノッシュナイド"討伐の協力を得ること。

 だが当のグレイ本人は要求を聞くどころか一方的に自らの要求を突き付けシェンの前から姿を消した。
 その要求とは、魔導師養成学校アカデミーの教師、マスター・マリアに会わせること。

 魔導師協会会長に相談したところ、マリアをグレイと会わせるわけにはいかない事情があるとされ、代わりにグレイが名前を出したもう一人、トウジロウを引き連れてこの待ち合わせ場所へ行くこととなった。
 とはいえ、当のトウジロウ本人はグレイとの面識はなく、因縁をつけられることなど全く身に覚えが無かった。それもまた、トウジロウから延々と呟かれる文句の内容の一つであった。

 そして、グレイが待ち合わせ場所に指定したのがここ"カムラン国"。
 シェン「犯罪魔導師が身を隠すには持ってこいだなー」

 「シェン、ストップ」
 シェンの襟の中から甲高い少女の声。ひょっこりとシェンの襟から顔を出した小さな妖精の少女リンリンはミニチュアサイズの小さな指で地面を指し示した。シェンはランプを翳した。




 画力が……
 吹き荒ぶ噴煙のその先に地面は無く、遥か下方には真っ赤に輝く溶岩の池。

 子どものようなはしゃぎ声を上げシェンは飛びのいた。
 シェン「こっわ〜! サンキュー! リンリン、助かったよ」

 大地の裂け目をいくつも飛び越え、盛り上がったあと冷えて固まった樹木のような火山岩の根元で足を止めた。

 トウジロウ「大将〜リケはんからの通信や、待っとって」
 トウジロウが風魔法の通信技術でリケと会話を交わしている間、シェンは岩影から先の様子を窺った。
 噴煙の作り出す暗黒。ランプの灯りは灰に弾かれ数メートル先すら窺うことはできない。だが、確かに人の気配が感じられた。

 シェン「モモ、静かに」

 相変わらずマイペースにリケと会話を続けるトウジロウを背中に、シェンは赤い棍を取り出した。
 シェン「おーい、グレイー! いるんだろー?」




 次の瞬間、背後から鼓膜を突き刺すような鋭い金属音。

 シェンが後ろを振り向くと、そこには拮抗する刀と剣。トウジロウは鞘から僅かに出した白刃に細身のレイピアを受け、ニヤリと口の端をつり上げた。

 トウジロウ「お前か、グレイ言うド阿呆は」

 風になびく背中の巨大な蝙蝠の羽、伏し目がちの青く光る瞳に白髪混じりの鳶色の髪、まだ若いだろうに疲れた皺の刻まれた顔からは一切の気力が感じられなかった。
 その反面レイピアは驚異的な力でトウジロウの刀を押してゆく。トウジロウは鞘を閉じ、レイピアを鍔と鞘の間に挟むと横に捻った。トウジロウの怪力とてこの原理が相まって、グレイのレイピアは真っ二つに折れ、体勢を崩したグレイの側頭部にトウジロウの脚がさく裂した。

 ザリザリと地面を削る音を立てて勢いを殺し、グレイは無言のまま噴煙の中に姿を消した。
 同時にトウジロウはランプを投げ捨てた。

 シェン「あーっちょっとモモ! タンマ!」
 トウジロウ「向こうはその気はあらへんで」
 そう言い残すとトウジロウもまた噴煙の中に姿を消した。

 シェンはヤレヤレとため息をついた。
 シェン「ケンカしにきたわけじゃないのに」

 そうしてブツブツと呪文を唱え始めた。
 シェン「"封霊絶界サイ・ルース"」

 すると少しして、噴煙の向こうから雷のようなトウジロウの怒鳴り声が聞こえた。
 トウジロウ「なにすんねん! アホ大将ォ!」
 負けじとシェンも返答した。
 シェン「いいだろ、魔法くらい封じたって! 必要ないんだし! 今そっち行くから!」




 シェンはトウジロウの声の方に悠然と向かった。その途中、進行方向から激しい金属音が始まった。

 シェンはガスマスク越しに大きく息を吸った。
 シェン「ストーーーップ!」

 そうしてさらに噴煙を分け入ると姿を現したのは、鞘に収まった刀と折れたレイピアをギリギリと拮抗させるトウジロウとグレイの姿。

 シェンはがしりと二人の腕を掴んだ。グレイの青く光る瞳がシェンを捉えた。
 グレイ「マリアはどこだ」
 トウジロウ「は? なんでオバハンの名前がでてくんねん」
 シェンはガスマスク越しでも分かる明るい笑顔を向けた。

 シェン「まあ、ちょっと話そうよ」





―――  trick beat ( とらわれおうじ )―――






2012.2.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)