25.2.びょうきになったかげ2 back


なんだかごちゃごちゃしてきたので

薄曇り。山深い山中。年月を重ねた大樹の木陰。揺れる疎らの木漏れ日。響く少女の声。
ジェフは少女に向け、サーベルを構えた。リンリンはシェンの髪を引っ張った。
リンリン「シェン、止めて!」
シェン「……ジェフ! モリンジはエミリーの記憶から姿を真似てるだけだ! エミリーの魂体は然るべき場所に戻さないと、」
ジェフは地面を蹴った。同時に、シェンは赤い棍を取り出した。少女はシェンを睨んだ。
少女「アタシはアズだって、言ってるでしょう?」
サーベルが、ジェフの手首を切り裂いた。
ジェフ「"血刀術"」

ガキィン……!

拮抗する金属の摩擦音。ジェフの前に立ちはだかり、サーベルを受け止める赤い棍。
ジェフ「何しやがる」
シェン「落ち着けって! 話を、」
ジェフ「"吸血鬼は根絶やす"」
ジェフは一歩前へ踏み込んだ。体重のかかったサーベルにのし掛かられた棍は僅かにバランスを崩した。ジェフはそれを見逃さなかった。
ジェフ「"ヴァンピール"の掟だ、覚えとけ、新入り」
振り払われたサーベルにいなされ、シェンは横に倒された。
リンリン「シェン!」




モリンジの体を乗っ取った"アズ"は蝙蝠の羽を羽ばたかせた。
ジェフ「逃がさねぇ、"螺鈿"!」
"半吸血"であるジェフの血にまみれたサーベルから振り払われた血液は、針となって上空を羽ばたきかけたアズに襲いかかった。

アズの思い通りに体が動けば、避けられるはずだった。だが、襲い来る赤黒い針に、モリンジの体が恐怖した。アズの意思に反して、体が震え、硬直し、動かない。




シェン「"時空扉マジックワープ"」

身構えるアズの目の前に黒い煙が渦を巻き、血の針はそのまま吸い込まれた。だが、黒い渦の範囲からはみ出して位置した蝙蝠の羽は幾つか血の針が貫通し、アズはバランスを崩して転落した。
砂煙をあげ、スライディングしたシェンによって間一髪アズは受け止められた。蝙蝠の羽の穴の空いた部分は、みるみる灰になって広がってゆく。

リンリン「モリンジ!」
ジェフ「畜生、なんだ今の黒い渦は!」
駆け寄ったジェフはサーベルを構えた。シェンはアズを跨ぐように地面に両手をついた。
ジェフ「何のつもりだ」

落ち着かせるように、だがわざとらしくならないよう、シェンは低く落ち着いた声でゆっくりと喋った。
シェン「肉体はモリンジのだよ、殺せば本部にモリンジの件を"問いただす"証拠がなくなる、けど、今ちょうどエミリーの魂体の器になってくれている、このまま本部まで運んで、魂体はエミリーの肉体に戻そう、すべてはそれからだ」
ジェフは舌打ちをして構えていたサーベルを肩に担いだ。リンリンの泣きそうな声が響いた。
リンリン「シェン〜! モリンジがぁ!」




蝙蝠の羽に開いた穴はみるみる灰となって広がっていく、なんの装備もない今の状況では、穴の広がりを止めるには、羽を切り落とすしかなかった。
リンリン「そのアズとかいう子の魂体取り出せば、止まるんじゃないの!?」
ジェフ「じゃあどうやって持って行く? その"コンタイ"のまま暴れたり逃げられたら、触れねぇからどうにもしきれねぇぞ」
リンリン「シェン! さっき何か葉っぱに文字を書いてたよね!」
シェン「魂体に触れられるようにする道術だよ、けど、魂体ってデリケートだし天使たちも集まり始めてる、できればそんな道術使うよりもキチンと"器"に入れたほうが安全だ、モリンジには痛い思いをさせちゃうけど、このまま行く」
リンリンは泣き叫んだ。
リンリン「そんな女よりモリンジ!」
シェン「だーめ、ここは俺の言うこと聞いて」

降り下ろされるサーベル、切り落とされた羽。
ジェフ「グダグダうっせぇ……こうすりゃあいいんだろ」
出血はあまり無かったが少しずつ赤い染みがクリーム色のローブに広がっていった。ジェフはサーベルを鞘に納め、頭を掻きながら歩き出した。
リンリン「モリンジ! うわあぁん!」
泣きじゃくるリンリンを頬に寄せ、ぐったりと意識の戻らないモリンジを背負うと、シェンはジェフの後を追った。




数時間歩くと、目の前に巨大な岩壁が広がった。上を向くと霧に隠れて天辺は見えない。
ジェフ「せいぜい、その化け狸の"器"、落とさねぇことだな」
そう一言だけ言うと、ジェフはほぼ垂直の絶壁を登り始めた。

リンリン「なにあの言い方!」
シェン「え? 言い方? なんかおかしかったか? モリンジ気遣ってくれるなんて、いいヤツじゃないか」
リンリンは頭を押さえてため息をついた。
リンリン「シェンのばか……」

シェンはほどいた腰布でモリンジの体を固定すると、ジェフに続いて岩壁を登り始めた。数十分は登っているだろうか、やがて辺りは濃い霧に包まれ、視界は一メートル前もままならなくなった。
どのくらい登ったのかわからないまま、ようやく手をついた地面に、ゆっくりと少女の姿のままのモリンジを横たえた。
絶壁の頂上かと見上げた空は陰っていた。どうやら、絶壁の途中の洞穴のようだ。洞穴といっても、天井まで四、五十メートルはある、かなり巨大な穴だった。
少し離れたところで、絶壁に足を投げ出し、腰かけていたジェフが言った。
ジェフ「ようこそ、"ヴァンピール"本部へ」

振り向くと、洞窟の天井には白い繭のような、巨大なかまくらのような、ドーム状の建物がいくつもぶら下がり、窓のような穴がポツポツと開けられ、中には人影が見える。
まるでそこは、上下が逆さまの町だった。





―――  trick beat(びょうきになったかげ2) ―――






2011.10.15 KurimCoroque(栗ムコロッケ)