24.1.しんせつなやまごや1 back


「さっそくだが、君は勘違いしているようだ」
シェン「どゆこと?」


そっくりな家屋がいくつも並ぶ住宅街の一角。他と同じ家屋だが、一歩足を踏み入れると、カーテンで遮られた暗闇に蝋燭の灯りが浮かぶ陰気な、それでいて幻想的な空間が広がる――吸血鬼排他主義団体「ヴァンピール」
リビングに置かれた黒いダイニングテーブル、その中央に配置された燭台の蝋燭の、炎が揺れた。
「ヴァンピールの本部は別にある」

"最強の七人の魔導師グランドセブン"のうちの一人、"共食い"グレイを探すため、彼をヒーローと崇めるこの"ヴァンピール"に潜入したシェンとリンリン。グレイの居場所を突き止めるため、上層部に接触する必要があるのだが……

シェン「じゃあ、ミスター・グレイがトランプに狙われてるってこと、そこに伝えに行かなきゃならない」

ダイニングテーブルの奧に悠然と腰かける壮年の白髪ひげ面の男はその鷹のような鋭い瞳をシェンの隣に座っている男に向けた。
「ジェフ」

椅子書き忘れたww

「えー……僕っすか……」
明らかにやる気のない返事。
ジェフと呼ばれた男はシェンより10個は上だろうか、不健康そうな青白い顔に、不揃いに延び放題の無精ひげに根元から色の抜けきった白髪、顔に深く刻まれた皺は若いであろうにどこかくたびれた印象を与えた。

シェンはリーダーの男とジェフを交互に見た。ジェフはやれやれと口を開いた。
ジェフ「あんたを案内しろだってさ、あ〜メンドクセェ……」
シェンはにっこりと、まるで空気の読めていない満面の笑顔で右手を差し出した。
シェン「よろしくな、ジェフ!」
ジェフは感じの悪いため息をついた。
リンリン(あっ! あたしこいつキライ)




ジェフに玄関の前で待つように言われ、数十分。リンリンのイライラは頂点に達していた。
リンリン「遅い!」
シェンは「なになに」と面白いものを見つけたようにリンリンを見つめた。
シェン「え? 今度は何怒ってんの?」
リンリン「あのジェフとか言うヤツ! 一体何時間外で待たせるつもりっ!」
シェンは笑った。
シェン「アハハハ! 本部に行くんだ、きっとそれなりの支度がいるんだよ」
リンリンは口を尖らせた。
リンリン「髪の毛もヒゲもボーボーだったしね! だとしても外に出さなくてよくない!?」
シェンは一瞬固まって苦笑いした。
シェン「悪ぃ、あの中暗くて暖かいから眠くなると思って」
あくまで上層部に接触する道筋を作ることだけが目的で、下手に気に入られて留まるように言われても困ると、敢えて場の整った空気を壊すよう無駄に明るく振る舞い、追い出されるよう仕向けたのだった。無駄な明るさ、といってもシェンはただ単に普段通りに接しただけだったが。
リンリンはこれまでのブスクレ顔が嘘のように満面の笑みでシェンの鼻筋に抱きついた。
リンリン「シェン頭いい! あたしもあの部屋眠くなっちゃいそうだったとこー!」
シェンは声を上げて笑った。
シェン「アハハハハ! やっぱリンリンは面白えなあ!」

玄関のドアが開いた。
ジェフ「お前らうるせぇ……」
出てきたジェフの格好は厚手のパンツにしっかりとしたブーツ、そして大きなリュックサック、明らかに長期の旅の格好だった。
シェンは笑った。
シェン「そんな遠いの?」
ジェフは目も合わせずシェンの前を横切った。
ジェフ「山奥だ……精々そんな軽装で虫や植物の毒にやられないようにな、助けねぇから」
シェン「おっ! 忠告サンキュー! 気をつけるよ!」
リンリンは舌を突き出した。
リンリン「ふーんだっ! シェンは山育ちっ! あたしは森育ちですぅーだっ!」
シェン「アハハ! 今度は何に怒ってんの?」
リンリン「も〜〜! シェンのばかっ!」




町を出て、森に入り、少しずつ傾斜になり、やがて登山口までたどり着いた時には大分日が傾いていた。
ジェフ「いくぞ」
シェンはちょっと待ってと挙手をした。
シェン「こんな時間から山に入るの? 結構危なくない?」
ジェフはニヤリと笑って前を見据えた。
ジェフ「吸血鬼にでも出くわしたらラッキーじゃねぇか」
リンリン「ラッキー?」
ジェフは登山道を歩き出した。
ジェフ「数を減らせる」
リンリンは一瞬背筋が凍り付いた。それは、あの男の狂気にも似た執念を感じ取ったためだった。リンリンは不安そうにシェンの頬に寄り添った。
リンリン「あいつ、こわい」
シェンはクスリと小さく笑った。
シェン「誰にでもある、ただそれがむき出しなだけ、まあちょっと"注意"が必要かもな」
リンリンはシェンの服の中に潜り込んだ。


日も暮れ、辺りは目を塞がれたように真っ暗であった。

シェン「お前見えてんの?」
ジェフは首筋を擦った。
ジェフ「……"半吸血ヴァンピール"だからな」
そうして、チラリとシェンを見た。
ジェフ「お前も見えてんじゃないか」
シェンはニコリと笑った。
シェン「いや、カン」
※本当は風の精霊を読んで障害物を避けている
ジェフは呆れたようにため息をついた。
ジェフ「ウソつけ……」

やがて月は高く上がり、山は深くなった。
シェンはため息をついた。
シェン「夜通し歩くつもり? 俺結構眠いんだけど」
ジェフはきょとんとシェンを見た。
ジェフ「あー……じゃあ次山小屋見つけたら休もうぜ……」
シェン「おっ! サンキュー!」
リンリンはシェンの襟から顔を出し、頬を膨らませた。
リンリン「なによっ! "俺はまだ体力有り余ってるけどな"って言いたい訳!?」
シェンは人差し指でリンリンの頭を押し、無理矢理服の中に押し込んだ。
リンリン「ムギュッ!」
シェン「多分違うよ、普通の人間の感覚がわかんなくなってんだ、そのせいで"半吸血ヴァンピール"は社会に溶け込めない人が多い、ちょっと社会問題になってるんだよ」
リンリンは「ふーん」と頬杖をついた。
リンリン「アイツも結構大変なんだ……でもあの態度は気に入らないっ!」
シェンはクスリと笑った。
シェン「ハイハイ」




さらにしばらく山を進むとやがて木々が開け、目の前には僅かに谷になっている地形が広がった。そしてその谷底に小さな小屋が見えた。
ジェフ「あー、それじゃ……あそこで休もうぜ」
シェン「やりぃ!」
リンリン「ちょっと〜! 本部への道だったら山小屋の位置くらい覚えときなさいよ」
ジェフ「あー、いつもは山小屋なんて使わねぇし……」
リンリン「ムキーーッ」



山小屋の中は何一つないまっさらな空き家だった。シェンはごろりと寝転んだ。
シェン「あー! 疲れた!」
リンリンはまったく何もない部屋を見渡した。 リンリン「えー、マットもないの〜?」
シェン「布団欲しいのか?」
リンリン「シェンの体が痛くなっちゃう」
シェンは笑った。 シェン「アハハ! 気にすんな!」

ジェフ「あるじゃねぇか、マット」

ジェフが指を差した、部屋の隅の暗がりに、確かにマットが二組ある。
ジェフ「あー……じゃあちょうどいいな、お前、そのウルサイ妖精と寝ろよ」
リンリン「ウルサイだってぇ!?」
ジェフはリンリンを無視し、ボンヤリと月明かりを見つめた。
ジェフ「灯りがあればな」
リンリン「寝るだけなのに?」
ジェフ「寝るとき明るくないと寝られねぇんだよ」
リンリン「ぷぷっ! お子ちゃまっ! あ、なんだ灯りあるじゃん」
リンリンが指を差した部屋の角にランタンと蝋燭、マッチが置いてあった。

ジェフ「おー……ナイス、妖精」
リンリンは腕を組んでふんぞり返った。
リンリン「ふふーん! 感謝したまえっ」

二人の様子を、シェンは苦笑いしながらただただ眺めていた。
シェン(マット? 灯り? なんのことだ?)
二人がまるでそこにあるように振る舞っているものが、シェンには全く見えない。だが、どうやら心に望むものが"見える"らしい。
シェン「ちょっと外見てくんな」




小屋の外は虫たちや梟たちの穏やかなハーモニーが鳴り響いていた。だが、シェンには穏やかさは感じられなかった。
シェン「……なんかいるな」

シェンは小屋のドアを開いた。見ると部屋の真ん中でジェフがぐうすかと寝息を立てていた。小屋へ入り、念のためドアを閉め、ジェフのもとへ歩み寄り、シェンはジェフの肩を揺すった。
シェン「ジェフ、起きて、ここ多分マズイ」
その時だった、ポツポツと天井から水が降ってきた。
シェン「雨漏り?」
そしてそれはすぐさま、外の雨音にあわせて同じだけの雨が天井から降り注いだ。
シェン「……なるほどね、この小屋も幻覚か」
確かに、山小屋の存在はシェンの"望んでいたもの"だった。

ジェフ「うわあああ」

ジェフの叫び声、と同時に声の主はサーベルを引き抜き、シェンの頭上に振りかざした。
シェン「い!?」
シェンはスレスレのところでそれを避け、ジェフと距離を取った。
シェン「どうしたんだよ、ジェフ!」
ジェフは黙ったままシェンに向かい剣を構えた。シェンは「困った」と雨でびしょ濡れの頭をポリポリと掻いた。
シェン「えーっと?」





―――  trick beat(しんせつなやまごや1) ―――






2011.9.10 KurimCoroque(栗ムコロッケ)