23.1.そもさん back


「さてと」

とある安宿の一室。簡素な木製のテーブルの上に広げた世界地図。
男がポケットから無造作に取り出したのはピアノ線のような紐の先に尖ったクリスタルがついたもの――失せ物捜し用の魔導師専用道具"タリスマン"
手のひらほどの大きさの、翅の生えた少女"リンリン"は不思議そうにタリスマンと地図を交互に見やった。
リンリン「残り二人のグランドセブンはそれで探せるの? タリスマンの人探しって会ったことないとダメなんじゃないっけ」

リンリンはすぐ隣でタリスマンを投げ縄のようにグルグルと回し、簡素な木製の椅子の上で片足だけ胡座を掻き、静かに地図を眺める男の様子を伺うようチラリと見た。赤茶色の髪、灰色の瞳に顔の真ん中を斜めに縦断する大きな傷の男――"スペードのキング"リ・シェン

シェンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
シェン「ああ」
リンリンは翅を羽ばたかせ、シェンの顔の前まで来ると両手を腰に置いた。
リンリン「一人は"クラブのキング"でしょ!? もうひとりは会ったことないじゃん!」
シェンは苦笑した。
シェン「もしかしたら"クラブのキング"もダメかもしんない」

いびつ…

シェンは紐の先を持ち、クリスタルの先をだらりと地図の上にぶら下げた。だが、クリスタルはピタリと止まったまま動かない。リンリンは怪訝そうにシェンの顔を覗き込んだ。
リンリン「"クラブのキング"の顔、忘れちゃったの?」
シェンは違う違うと笑った。
シェン「いいや、多分あいつの"セイラムの呪い"のせいだろ」
そうしてそのままポイとタリスマンを地図の上に放ると、両手を後頭部に、そのまま延びをするように椅子にもたれ掛かった。
シェン「ま、こんなんで見つかりゃあ、とっくに連れ戻せてるか」

シェンはいずれも手がかりのないどちらから先に探すのが効率がよいか考えた。

リンリン「もう一人は?どういう人なの?」
シェン「もう一人は犯罪魔導師だ」

"共食い"グレイ
吸血鬼でありながら同族を殺害して回る殺人魔導師。反面吸血鬼排他主義集団"ヴァンピール"からカリスマ的支持を集めている。
その絶対的な強さはハンターズに白旗を挙げさせ、SSSトリプルエス級の、最早賞金首魔物クリミナルモンスターとしてトランプに討伐依頼が出されているほどであった。だが神出鬼没で期間が空いたかと思えば連続して各地で事件を起こすなど犯行のタイミングも一貫性がなく、トランプの捜索も難航している。

シェン「まー、魔物の討伐なんでスペードウチの管轄じゃないけど、お手伝いでもしてみますか」

リンリン「お手伝い……? 何から始めればいいかわかんないよ?」
シェン「捜査が行き詰まっているのは情報が裏ギルドにもほとんど出回ってないからだ」
リンリン「クラブ軍の主な情報源は裏ギルドだろうけどさ、それ以外に情報なんて」
シェンは笑った。
シェン「クラブの捜査記録だけど、どういうわけか肝心なところの記録がない」
リンリン「もーっ! 勿体ぶらないでよっ」
テーブルに広げた地図をたたみ、椅子から立ち上がってポケットにしまうと、シェンは魔導師バッヂを外した。
シェン「"ヴァンピール"に行ってみよう!」




「たのもー」
ある住宅地の一角。レンガ造りのどこにでもあるような一軒家。

ガンガンとドアノッカーを鳴らし、ドアの前で腕組みしながら家主の応答を待つ。リンリンは赤い中華服の肩に腰かけると足をブラブラと振った。
リンリン「留守かなあ」
シェンはニヤリと笑ってドアを見つめた。
シェン「いや、人の気配がする」
v あまりにもしつこく鳴らされるノッカーに参ったのか、ドアが少しだけ開いた。隙間から様子を窺うように、クリーム色のローブに身を包んだ無愛想な男が睨むようにして見つめていた。シェンはニカリといつもの屈託ない笑顔を向けた。
シェン「ごめんください、ちょっとお話いいっすか?」
男はシェンの頭の天辺から爪先までジロジロと観察し、それからそのままドアを閉じかけた。その閉じかけたドアに、シェンは足をねじ込んだ。そして、周囲の住宅に響くようなわざとらしい大きな声で話始めた。
シェン「いや〜実はですね、ぜひとも"ヴァンピール"の皆様に差し上げたいものがございまして」
"ヴァンピール"という単語に、男は慌てたようだった。ボソリと「うちは違います」と呟くと挟み込んだシェンの足を蹴って、ドアを閉めようとした。だが、シェンは再び足を挟み込んだ。
シェン「またまた〜! 本当にいいものなんですって、なんだと思います?」
男は観念したようにシェンを家の中に引っ張りドアを閉めた。シェンはニヤリと笑って続けた。
シェン「実はトランプの極秘情報を掴んだんですよ、ついに"共食い"の逮捕に乗りきったそうなんス」
男の顔色は、あっという間に動揺に染まった。
「それは本当か!」
シェン「詳しくお話したいので代表に案内をお願いしたいんスけど」




家屋の中はカーテンが閉めきられ薄暗く、ポツポツと蝋燭の灯りが揺れる幻想的な空間であった。
蝋燭の並びに沿って廊下を進み、奧に通されると、建物の構造的にリビングとおぼしき広い部屋に出た。中央には黒いダイニングテーブルが置かれ、その上には年代物の燭台に幾つもの蝋燭が灯されている。

それぞれの椅子にはリラックスした様子で頬杖をついて本を読んだり談笑したりとクリーム色のローブに身を包んだ何人かが座っていた。
一番手前の空き椅子に掛けるよう促され、シェンは深く腰かけると、ニコリと笑って自分を注視する一同を見渡した。
シェン「どうも! ここの一番偉い人って誰?」
何人かが怪訝そうにシェンとシェンを案内した男を交互に見やる中、一番奥の椅子に座っていた中年の男が口を開いた。
「私だが、君は?」
その男は中肉中背で真っ白な髪とモミアゲから続く真っ白な顎髭をたくわえ、鋭く燃えたぎるようなそれでいてどこか混沌とした深い闇を感じさせる瞳を宿していた。シェンは重苦しく警戒されている空気を敢えて読まず、いつものように屈託なく笑った。
シェン「実は大変な情報を仕入れまして、ぜひ聞いていただきたいと」

リーダーの男は腕組みして背もたれに寄りかかった。
「なぜ聞いてほしいと? 金目当ての押し付けがましい情報屋崩れか?」
シェンは声をあげて笑った。
シェン「いやいや、実は俺も吸血鬼に恨みを持っていましてね、ミスター・グレイはヒーローなんスよ、その人の"ピンチ"にいてもたってもいらんなくってね」

リーダーの男の顔色が変わった。
「グレイ氏に関する情報か」
シェン「トランプが本格的に討伐に乗り出しました、彼を守る必要があります」
リーダーの男は小さく首を横に振り、眉間を押さえた。シェンは続けた。
シェン「俺も"ヴァンピール"に」
その場の一同が瞬時にざわめいた。リーダーの男はそれを制止し、ゆっくりと口を開いた。
「"ヴァンピール"は半吸血鬼ヴァンピールか吸血鬼排他派神使教徒、もしくはそれ以外で吸血鬼を殺す力のあるもので構成されている、そんなに"ヒーロー"を助けたければ」
リーダーの男は挑戦的な笑みを浮かべ、長机に肘をついた。
「吸血鬼の首を持ってこい、それが入団の条件だ」





―――  trick beat(そもさん) ―――





2011.8.12 KurimCoroque(栗ムコロッケ)