22.8.魔導師暴漢被害事件7 back


グウェン「何……!?」
道場から爆発音、パーティー会場内は騒然となった。
そして、煙の中から現れたものを見て、人々は恐怖にかられ逃げ惑った。
「魔物だ!」

――違う、お前らより優秀な特別コースの門下生だ

「化け物!」

――違う、人間だ

「退治しろ!」

――違う、やめてくれ!

パーティー会場の一般門下生たちが武器を構え、肌色の岩の化け物を取り囲んだ。

「ち、違う、俺だよ、マーカスだ……!」
「ふざけるな! マーカスは特別コースに迎えられた、我々の誇りだ! お前のような化け物が何を……」
両者の間に、紺色のドレスに身を包んだ褐色の肌の美女が立ちはだかった。美女はニコリと微笑んだ。
グウェン「ダメよ、そんな言い方しちゃ」
そうして肌色の岩の隙間から覗く青い瞳に目を合わせた。
久しぶりの、人間として見られている感覚だった。
グウェン「重度の精霊障害だわ、でも治る。彼は人間よ」
「あんた、医者か」
グウェンはクスリと笑った。
グウェン「魔導師よ」




アンジェラは槍を構えた。
アンジェラ「"魔物討伐"はあたしの本業だよ」
ウランド「こらこら、人を見かけで判断してはいけませんよ」
アンジェラ「ウラ兄はさっきっから邪魔してばっかり!」
ウランド「お言葉を返すようですが、先ほどから私の邪魔をしているのは貴女ですよ」
アンジェラ「なんだよ!!」
ウランド「ハァ……相変わらず聞き分けのない子ですねぇ」
アンジェラ「だーかーらっ! 子ども扱いすんなって!」

ガン!

巨大な鉤爪が二人の頭上に降ってきた。ウランドとアンジェラはそれぞれ左右に避け、アンジェラは着地と同時に床にめり込む鉤爪に飛び乗り、そのまま大師範の腕を駆け上った。
ウランド「あっ! こらっ!」
針の体毛をジャリジャリと踏み分け、あっという間に肩に乗ると、槍の切っ先を大師範のこめかみに突きつけた。
アンジェラ「打ち取っ……」

笑う青緑の瞳、飛び散る真紅の鮮血

アンジェラは大師範の背後――自分の側面から音もなく迫ってきた"蛇"に気がつき、とっさに槍で遮ろうとしたが、"蛇"のほうが一瞬速かった。矢のごとく、槍の間を縫ってアンジェラの目前に鋭い牙が迫った。アンジェラが「しまった」と思いかけた瞬間、視界は何かに覆われた。

ゼラヴィ「ハートのエース!」
ゼラヴィの視線の先には、アンジェラを守るように抱きしめる形で蛇との間に立つクロブチメガネ。
アンジェラ「あ……」
ウランド「……貴女が"魔導師顔負け"の優秀なモンスターハンターであることは伝え聞いています」
アンジェラはウランドが伸ばす手の先に目をやった。




大師範「ぎゃああ!」
そこにはウランドの手に握り潰された大蛇の頭、それは、大師範の尾に繋がっていた。

ウランド「ですが、今の貴女は頭に血が昇りすぎています、お願いですから、どうかここは私にお任せいただけませんか」
アンジェラの返事を聞く前に、ウランドの大きな手がアンジェラの背面のベルトをふん掴むと、そのままアンジェラを放り投げた。
アンジェラ「おわーーっっ!」
ゼラヴィ「アンジェラ!」
ドサリと音を立て、アンジェラはゼラヴィの腕の中に納まった。アンジェラはすぐさまゼラヴィを押し退け、ウランドに向かい怒鳴り付けた。
アンジェラ「バカ! 危ないじゃんか」
ウランドはニヤリと笑い、ゼラヴィを指差した。
ウランド「危なくないです、計算済みですよ」
アンジェラ「あんた物事の計算とか出来ないでしょーがっ!」
ウランドと大師範の目がかち合った。
ウランド「よく言われます」
大師範「いつまで肩に乗っているつも、」

バキッ

ウランドの拳が大師範のこめかみにめり込んだ。大師範の針山の巨体は道場の壁を破壊し、外の塀をなぎ倒して仰向けに倒れた。その場に着地したウランドの拳は針と血にまみれていた。
ウランド「痛たた……」
アンジェラは慌てて駆け寄った。
アンジェラ「ホラ見ろ!」
駆け寄りかけたアンジェラを、ウランドの手のひらが制止した。
ウランドは仰向けに倒れた大師範から視線をはずさないまま答えた。
ウランド「性分です。貴女のお父上にはよく早死にするタイプだと言われたものです」
そして静かに拳を構えた。
破壊された壁から差し込む月明かりが、暗く遮られた。月明かりを遮る影はよたよたとふらついていた。
大師範「ワシのこの体に躊躇なく拳を入れるとはな」
ウランド「その姿では連行に困ります。頭のてっぺんから生皮剥がれたくなければ元の姿にお戻りください」
牙をむき出し、大師範は高らかに笑った。そして、全身の"針"が逆立った。
ウランドはニヤリと笑った。
ウランド「では仕方がない」
大師範「ゼラヴィ」
ゼラヴィはビクリと肩を震わせ、カタカタと震える瞳を大師範に向けた。
大師範「何をしている」
ゼラヴィは小刻みに乱れる息をそのままに、ワナワナと笑う膝のまま、ウランドに視線を向けた。




アンジェラ「ゼラヴィ! もういいって!」
ゼラヴィは無言で首を横に振った。

ウランド「……たとえ貴女の許しを得ても、ご自身を許せないのでしょう」
アンジェラ「〜〜〜〜!」
アンジェラの瞳から涙が次々と零れ出した。
アンジェラ「もうやめようよ……ゼラヴィ……」
ゼラヴィは固く目を閉じ拳を握りしめた。

ウランド「……これ以上、アンジェラさんを悲しませないために、あなたができることは本当にそれですか?」
ゼラヴィの目から鼻から水が溢れた。
ゼラヴィ「……もう、ダメだ、……殺してくれ」
アンジェラ「ゼラヴィ、やめてよ……」

ウランド「……ゼラヴィさん、お言葉ですが、あなたはご自分のことしか考えていらっしゃらない」
ゼラヴィ「え……」
拳に刺さった針を抜きながら、ウランドは続けた。
ウランド「アンジェラさんがなぜ泣いているか、わかりますか? ミカエルが、なぜ無抵抗にただ襲われていたか、わかりますか?」
ゼラヴィは力なく膝をついた。
ゼラヴィ「……ぼくのためだ……! それが、耐えられないんだよ、こんなになってしまって」

ウランド「甘ったれるな!」

初めて聞くウランドの大声に、アンジェラはキョトンとした。
ウランド「ゲホ……失礼、つい声を荒げてしまいました」
いつものボソボソとした低い声で、ウランドは続けた。
ウランド「貴方はそれに耐えられるようになっていただかなくては、アンジェラさんのために」

ゼラヴィ「……アンジェラのため……」
ようやくわかった気がする、お義父さんが、ぼくを認めなかった理由――

ウランド「正面から向き合って、戦って、それからですよ、耐えられるかどうかなどというのは」
ゼラヴィは頷いた。

大師範「……役立たずが」
ゼラヴィはまっすぐと大師範を見た。
ゼラヴィ「あなたにとってはね」

けど、アンジェラとお義父さんにとっては違う、そうなってみせる

ウランド「……いい男じゃないですか、アン」
アンジェラは笑った。
アンジェラ「誰かさんとは真逆で男臭くないとこがよかったのに」
ウランドは肩を竦めた。
ウランド「それは失礼」

大師範「何をグダグダと」


「そこまでよ」

道場の扉が開き、褐色の肌の美女、その手元には――
アンジェラ「親父の花瓶……?」
グウェン「魔導師への暴行および危険アーティファクト無許可所持、重罪よ」
大師範は毛を逆立てたまま押し黙っていた。
グウェンはクスリと笑った。
グウェン「セイラムにかけるに十二分に値するわ」

グウェンの背後から現れた屈強な男、その男をゼラヴィは知っていた。
ゼラヴィ「マーカス!」
マーカス「魔法さえあればこの通りだ! 俺たちは一生あのままじゃなかったんだ!」

大師範「許さぬ」

ゼラヴィが大師範の声に振り向きかけた瞬間だった。眼前には真っ黒な鉤爪――
ゼラヴィ「あ……」




ドチャッ

大師範「ぎゃあああ」
まるで矢に射ぬかれたように、深々と壁と共に大師範の手は串刺された。グウェンとアンジェラの槍によって。

グウェンはニヤリと笑った。
グウェン「人相手に武器は使わないんじゃなかったかしら?」
ウランドは無実をアピールするように両手をヒラヒラとさせた。
ウランド「何を言ってるのかな、あれは俺のじゃない」
グウェン「……槍の持ち主の話じゃないけど」

アンジェラ「ゼラヴィ!」

アンジェラとゼラヴィは互いに固く抱き締めた。
アンジェラ「バカゼラヴィ!」
ゼラヴィ「ごめんよ、アン」


野次馬として会場のすべての人々が道場を取り囲む中、楽器を黙々と片付ける男が一人。そして、その男に近づく燕尾服の男。
音楽家は言った。
「残念だったな、もうここのアーティファクトはすべてトランプに持ち帰られる」
フォビアリ「あれ以外はすべて移動させました」
音楽家は首をかしげた。
「なぜあれだけ残した」
フォビアリ「あの大師範、最近仕事の単価を上げてきましてね、切ってしまおうかと。モノはいつでも"取り返せます"」
音楽家は笑った。

フォビアリ「ところで"パーヴァー"」

音楽家は顔を上げた。
フォビアリ「いいのですか? ハートのエースですよ?」
音楽家はニヤリと笑った。
「直にトランプを辞めるらしい、それからだ」

フォビアリは興味なさ気にステッキで肩を叩き、踵を返した。

フォビアリ

フォビアリ「さて、"発つ鳥跡を濁さず"といきますか」







―――  A.(魔導師暴漢被害事件7 ) ―――






2011.7.14 KurimCoroque(栗ムコロッケ)