22.6.魔導師暴漢被害事件5 back


グウェン「特別コース?」

パーティー会場の賑やかさを背中に、薄暗い道場裏で褐色の肌の美女と酒の臭いを漂わせた中年の男。
男は我慢出来ずグウェンの背後から抱きついた。グウェンはクスリと笑った。
グウェン「せっかちね、もう少しお話してくれる?」
男「ジラすなよ」
グウェン「じゃあお預けね、"せっかち"な男はつまらないの」
男は慌ててグウェンから手を離した。グウェンは男の顎をスルリと撫でた。
グウェン「いい子ね」
鼻の下を伸ばした男は酒の勢いもあって饒舌だった。
男「噂によると大師範の目に"特別"止まった門下生たちのコースがあるらしい。大会にも出ないし、何やってるか、分かんないけどな」
もういいだろ、といまにも飛びかからん男の鳩尾にグウェンの拳がめり込んだ。男は泡を吹いて崩れ落ちた。白目を向いて気絶する男に、グウェンは投げキスを落とした。
グウェン「ありがと♡」

会場内に戻ると、先ほどまでの賑やかな空気とはうって変わって、どこか会場全体が興奮した、まるで試合後の闘技場の観覧席のような雰囲気に包まれていた。

"噂の道場破り"でも現れたのかと、グウェンは近くにいた青年に声をかけた。
グウェン「何かあったの?」
青年は興奮ぎみに答えた。
「道場破りが現れて……」
グウェン(ヤッパリね)
「それをクロブチメガネの優男が軽々と捕らえたんだ!」
グウェン(……ん? クロブチメガネ?)
青年は独り言の様に続けた。
「大師範から褒美をやるからって奥に連れてかれたけど、きっと"特別コース"への招待だよ! すごいな、僕なんて足がすくんじゃって……」
グウェン「……ねぇ、そのクロブチメガネってどんな人?」
青年は目撃者として自慢げに答えた。
「背はちょっと高めだったかな? ライトブラウンの、あれ天然パーマかな? あと……」
グウェンは眉間を押さえ、手のひらを向けて青年を制止した。
グウェン「いいわ、ありがとう」
そうしてカツカツとヒールを鳴らし、再び道場の裏へ回った。
グウェン(まったくもう! せっかく人が"あなたの仕事減らそう(※)"としてるのに!)
※事務処理やら報告書やら




鏡のように磨かれた木製の床、等間隔に並んだ大きな窓、締め切られたカーテンの隙間から差し込む月明かり、木と汗のにおいの立ち込めるシンとした空気に自然と背筋が伸びる。
前を歩いていた大師範の声が響いた。
大師範「とりあえずその道場破りを離してやりなさい」
もはや演技だけだった、捻りあげたふりの手を放し、ウランドは道場破り――ミカエルの娘であるアンジェラを解放した。
アンジェラは一瞬、様子を伺うようにウランドを見上げたが、すぐに大師範に向かい、再び槍を構えた。
アンジェラ「いいのか、離して」
大師範はにこやかに後ろに手を組んだ。
大師範「どこまで"知っている"のかね」
アンジェラ「どこまでも何も! ふざけるなよ"人さらい"!」
ウランド(誘拐?)

腹の底からの、大きな笑い声が道場に響いた。
大師範「人さらいとな! 皆ワシが声をかけると喜んで参加したぞ、"特別コース"にな!」
アンジェラ「ゼラヴィはその"特別コース"に行ったまま、戻ってこない! 何をさせてんだよ!」
大師範は胸元まで垂れ下がったアゴヒゲを撫でた。
大師範「ゼラヴィの女か」
アンジェラ「答えろ!」

ウランドは大師範の後ろに目をやった。
アンジェラ「! なに?」
道場の奥は完全にカーテンが閉めきられ、暗く、全く何も見えないが、その奥から聞こえてきた声にアンジェラは心臓が跳び跳ねた。
「アンジェラ……」

アンジェラ「ゼラヴィ!?」
久しく聞く愛しい人の声に、アンジェラはすがるように暗がりに目を凝らした。




ゼラヴィ「帰ってくれ」
その声は震えていた。

アンジェラ「どうしてだよ!」
大師範は笑った。
大師範「どうしてもこうしても、それが彼の"答え"だ」
アンジェラ「なん、」

ウランド「では不正解ですね」

アンジェラは潤んだ瞳でウランドを見上げた。
大師範「何がじゃ?」
ウランド「その"答え"がです」

ゼラヴィの言葉は偽りだ、という意味だった。言い当てられたゼラヴィの、ガタガタと震える息づかいが聞こえた。大師範はため息混じりの乾いた笑みを浮かべ、子どもをあやすような声で語りかけた。
大師範「お前はもう帰っていいぞ」
暗がりから大師範に手を引かれ、カーテンの隙間から漏れる月明かりに照らされたゼラヴィの姿に、アンジェラは無心でその胸に飛び込んだ。だが、ゼラヴィによってアンジェラは直ぐ様引き離された。ゼラヴィは怯えたように涙と鼻水でグショグショになった顔を仕切りに横に振っていた。
ゼラヴィ「アン……ごめん……僕は君のお父さんを……」
アンジェラ「え……」

ウランド「それが"特別コース"ですか?」
大師範は声高に笑い声をあげた。
大師範「道場運営のための"裏稼業"だ! 魔導師相手に自分の腕が試せる、おまけに道場を運営するための莫大な報酬も手に入る! 門下にとって、これほど使命感溢れる仕事もないぞ!」
ウランド「興味深いですね」
大師範「ハハハ! 話のわかるヤツじゃ! 後で詳しく教えてやろう。先ずは、」

大師範





杖の先が立ち尽くすアンジェラと俯くゼラヴィを捉えた。
大師範「奴らを殺せ、それがコースへ入れてやるための試験だ」
ゼラヴィ「な……大師範!」
大師範は汚いものを見るような目付きでゼラヴィを見た。
大師範「お前の価値はトランプ元少将と知り合いだったことだけだ、それがコースにお前程度を入れてやった理由」

ゼラヴィ「そんな……」
ミカエルにアンジェラとの結婚を認めてもらいたかった。ミカエルに頼りなさ気に映っているのであろう自分を変えるため、道場に通い始めた。特別コースに招待された時、今度こそ認めて貰えると自信がついた。その矢先であった。"あの仕事"についたのは。はじめは抵抗したが、他の門下たちは家にまで押し掛け、脅し、強要した。自分より、アンジェラが傷つけられることを何より恐れた。そうして立ったその現場で、黒装束を纏ってはいたが、ミカエルは自分に気付いた。そして、彼は一切抵抗しなかった。




ゼラヴィは力なく膝から崩れ落ちた。柳のように項垂れるゼラヴィを抱きしめ、アンジェラは大師範を睨み付けた。
アンジェラ「残念ね! 父は無事よ!」

大師範「元少将の娘だったか」
大師範は興味ないと踵を返した。それは明らかにウランドに対しての"二人を殺れ"という合図だった。

ウランド「あー、別に結構です」
大師範は足を止めた。
大師範「怖じ気づいたか」
ウランド「いえ、そうではなく、」
そうしてニヤリと笑うとスーツの上着を脱ぎ捨てた。シャツの胸ポケットと袖には有名な"あの"紋章――
大師範は薄い目を真ん丸と見開いた。

ゼラヴィ「と……トランプ」
アンジェラ「ウラ兄はハートのエースなんだ」
ゼラヴィ「う、ウラ兄?」

大師範「ハートのエース……ウランド・ヴァン・ウィンクルか」
ウランド「ご存知なのですか、光栄ですね」
ウランドの声には全く感情が込もっていなかった。
ウランド「特別コースの詳細はもう結構です。少将への暴行の証言もいただきましたので」
そしてニヤリと笑い、ボキボキと拳を鳴らした。
ウランド「後は力づくで伺います」







―――  A.(魔導師暴漢被害事件5 ) ―――






2011.7.2 KurimCoroque(栗ムコロッケ)