22.5.魔導師暴漢被害事件4 back


楽器の音色が優雅に響き渡る。

日は暮れ、輝き出した星々。
沢山のランプの灯りが緑の芝生を照らし、色とりどりのドレスやシワ一つないスーツの人々を彩った。
人々の背後には豪奢な装飾が施された広い平屋の建物。武道の道場のようである。

門の外から一人、その建物を眺めるクロブチメガネ。
「お待たせ、ウランド」
声をかけられ目をやると、紺色の深いスリットの艶かしいドレスに身を纏った褐色の肌の美女。あまりの美しさに、その場の誰もが目を惹かれた。
ウランド「ちょっと派手すぎない、グウェン?」
褐色の細く長い指がウランドの胸元に伸びた。
グウェン「ネクタイ、曲がっているわ」
ネクタイを正し、胸元をポンと叩くとグウェンはニコリと笑った。
グウェン「このくらいが"丁度いい"のよ、似合ってるくらい言えないの?」
門の奥に目をやり、ウランドはボソリと呟くように言った。
ウランド「……うん」
グウェンはクスリと笑い、スルリとウランドの腕に褐色の美しい腕を通した。
グウェン「行きましょう」




Mt.ニードル流――門下生数百人を抱える近年台頭してきた武術道場である。タイミングが良いことに、その本家道場を立ててから数周年かの記念パーティーが道場前の庭で行われており、会場は関係者でごった返していた。
会場に入ると、グウェンはウランドを見上げニコリと笑った。
グウェン「じゃあ、別行動で」
ウランド「……諜報クラブにお任せします」
グウェン「あら、あなたおとなしくできるの?」
グウェンはクスリと笑い、軽やかに人混みに消えた。

ウランド(さて、)
キョロキョロと辺りを見回し近くで歓談している中年の男性グループに近づいた。
ウランド「晴れてよかったですね」
集まっていた中年の男たちは少し酒に酔っているようで、近くのグラスになみなみと酒を注ぎ、ウランドに差し出した。
「ありがとうございます」とグラスを受け取り、だが、口はつけず、ウランドはそのまま話を続けた。
ウランド「おめでたいですね」
男性たちは笑った。
「ああ、なんせ門下数百! でかい道場! めでてえわ! けどよ、なんでも今日は、道場破りがやってくるんだとよ」
ウランドはキョトンとした。
ウランド「道場破り?」
「まあ、記念パーティーの余興だ余興! 大師範に敵うやつがいるもんか」
「お前みたいな若い門下、大師範が戦うところなんて、見たことないだろ?」
「すげぇぞ〜!」
ウランド「ご挨拶に伺いたいのですが、どちらにいらっしゃいますか?」
男たちは辺りを見回し、ごった返している会場内で更に人が集まる場所を指差した。
「あそこ、お前みたいのが大勢居やがる」
ウランド「ありがとうございました」
持っていたグラスを近くのテーブルに置き、ウランドはその場を去った。




「どなたかお探しですか?」
声をかけられ振り向くと、シルクハットに骨のような白い肌、真っ黒な唇の燕尾服を着た背の高い男。グウェンはニコリと笑い腕を組んだ。
グウェン「ええ、残念ながら、ここの門下の方?」
燕尾服の男は笑った。
「いいえ、スポンサーというか、出資をしております」
シルクハットを取り、白い手袋をつけたまま右手を差し出した。
フォビアリ「フォビアリと申します」
グウェン「グウェンよ」
握手を交わし、その場を去ろうとするグウェンを、フォビアリは呼び止めた。
フォビアリ「門下の方とは幾らか交流があります。お目当ての方をお探しできると思います」
グウェンはクスリと笑った。
グウェン「ゼラヴィという人なんだけど」
にこやかにだった男の顔色が変わり、人差し指を立ててグウェンを会場の端に誘導した。
フォビアリ「その人にはもう関わらないほうがいい」
グウェンは首をかしげた。
グウェン「何故?」
フォビアリ「彼はもはやただの門下生ではありません」
グウェン「どういうこと?」
フォビアリは悲しげにただ首を振ると、踵を返した。グウェンは黙って燕尾服の背中を見つめた。その視線を背中に、男は黒い唇をつり上げた。




ウランドが近づく度、大師範を取り囲んでいるらしい人だかりは大きくなっているような気がした。一周して人だかりの薄いところを探そうとした時だった。

ドカァン!

突然、道場を取り囲んでいた石造りの塀が壊れた。長く赤い髪をポニーテールに結い、タンクトップにデニムのショートパンツ、粉塵とともに会場内に飛び込んだ若い女と、偶々塀の前に居合わせたウランドは視線がかち合った。……というより、ウランドの真上に女が飛び込んできた。

「うわあ!」
ウランドは後頭部を地面で打った。
ウランド(痛い……)
     「大丈夫ですか?」
丁度ウランドにのし掛かる形で、だが、怪我をしないよう受け止めてくれたウランドなど気にする様子もなく、女は前を見据えていた。そうして、そのまま立ち上がり、ずかずかと大師範を取り囲んでいた人だかりに歩を進めた。ウランドは一人起き上がり、うつ向いたまま、ぽりぽりと頭を掻いた。
ウランド(……いくらショートパンツでも人の顔を跨がないでくださいよ……女性だったよな?)


女「Mt.ニードル流大師範ニードル! お前は間違っている!」


そう言いながら女性が指した指先に沿って、人だかりが真っ二つに道を開けた。開けたその先に、細身の長身で胸元まで伸ばした長いあごひげを蓄えたキツネ目の老人が杖に両手を置き、ニッコリと微笑んでいた。
大師範「どなたか存ぜぬが、」
女「予告を出したろう! 私がその道場破りだ!」
ざわめいていた会場内がより一層ざわめいた。女は槍を構え、大師範に飛びかかった。大師範は軽々とそれをよけ、女と距離を取った。女は大師範から目をそらさず続けた。
女「みんな! この男は自分の門下を利用してとんでもないことをしているんだぞ」
大師範はため息をついた。
大師範「道場が大きくなれば、それを妬み、ナンクセつけて来る者もいるじゃろう」
その一言を合図に会場内の門下生たちが一斉に女に飛びかかった。




女は槍を構えた。ところが女の背後から音もなく伸びた太い腕が女の構える槍を掴むとそのまま引き寄せ、女は腕の主と自分の槍との間に挟まれる形となった。

自黒は父親譲り

女(いつの間に背後に! 気づかなかった)
見上げた斜め上のクロブチメガネの顔に、女は見覚えがあった。
女「ウラ兄!?」
ウランド「静かに、アンジェラ」
ぽそりと周囲に聞こえぬよう囁くと、ウランドは大師範にニコリと笑いかけた。
ウランド「お怪我はありませんか」

大師範は蓄えたアゴヒゲを撫でた。
大師範(まさかこれほどの"逸材"がいたとはな、どこの支部の門下だ?)
大師範はニヤリと笑い、踵を返した。
大師範「来い、道場破りを見事捕らえたお前に"褒美"をやろう」
ウランド「それはありがとうございます」
アンジェラ「……」







―――  A.(魔導師暴漢被害事件4 ) ―――






2011.6.25 KurimCoroque(栗ムコロッケ)