22.4.魔導師暴漢被害事件3 back


綺麗に整えられた庭。
落ち着いたら雰囲気の壁紙。
穏やかな空気を湛えた調度品。

豊かな家庭であることが窺えた。

その奥に進んだ一室を見るまでは。


グウェン「ヒドイ有り様ね」
割れた窓ガラス、バラバラと散らかった本、部屋中に飛び散り乾燥して黒くなった血痕。黙ったままのウランドに、グウェンはクスリと笑いかけた。
グウェン「残してくれているわね、現場」
ウランド「……手がかりまで残してくれているといいけど」
グウェンは水晶玉と繊細な装飾の施された台座を取り出した。台座を部屋の中央の床に置き、その上に水晶玉をセットした。すると台座が仄かに輝き出し、水晶玉にぼんやりと映像が浮かび上がった。映像にはまだ何事もなく、整頓されたこの書斎でニュースペーパーに目を通しているミカエルが写っていた。

――メモリアリスタルに地の精霊を取り込む特殊な台座をセットすることで、"その場"や"物"の記憶をメモリアリスタルに映し出すことができるサイコメトリー装置の魔導師専用道具である。
トランプでは人的情報、物的証拠の他に精霊から得た情報を手がかりに捜査を行う。魔導師であるからこその捜査方法である。

水晶玉には、しばらく何事もないゆったりとした時間が映し出されていた。小鳥が囀り、柔らかな陽光が窓から差し込む穏やかな一時。
だが、その場は突然に一変する。
窓ガラスが割れ、目出し帽に黒づくめの4、5人の男が部屋へ侵入。椅子から立ち上がったミカエルはそのうちの一人を見、固まった。

グウェン「どうしたのかしら?」
ウランド「知り合いでもいたんじゃない」
グウェン「縁起でもない憶測ね」
男たちに暴行を振るわれている間、ミカエルは一切抵抗しなかった。ミカエルが動かなくなったことを確認すると、男たちは書斎を漁り出した。
グウェン「見つからないみたいね」
ウランド「あそこにあるけどあれじゃあね……」
グウェン「どれなの?」
ウランドは映像に映るこの書斎の窓際を指差した。
グウェン「……花瓶にしてるの……」
ウランド「あ、気付いた」
男たちはさしてあった花を捨て、花瓶を手に書斎を後にした。ウランドは頬杖をついた。
ウランド「ふーん」
グウェン「ここまでね」
チラリと隣のクロブチメガネに目をやり、グウェンは提案した。
グウェン「娘さんを訪ねてみましょう」
ウランド「場所わかるの?」
グウェンはニコリと笑った。




グウェンはリビングに足を進め、戸棚という戸棚を漁り出した。
ウランド「……家捜し」
グウェン「諜報活動よ、……あった!」
引き出しから取り出したのは手紙。
グウェン「……住所は隣町ね」
手にした拍子にスルリと封筒から落ちた綺麗な装飾の紙。グウェンはそれを拾い上げ、眉を寄せた。
グウェン「結婚式の招待状……」
ウランド「娘さん結婚したんだ」
グウェン「……いえ、日付がまだよ」
グウェンは招待状を封筒に戻した。
ウランド「なに」
封筒を引き出しに戻し、住所が書かれた別の封筒を取り出した。
グウェン「どうして戸棚にしまっていたのかしらね」
ウランド「?」




――隣町
同じ形の一軒家が隙間なく連なる長屋のような住宅地。封筒にあった住所を訪ねると留守のようであった。
ウランド「……まあそうだろうね」
グウェンは人差し指立てて唇に当てた。
ウランド「ん?」

「あら? アンジェラさんのお友達?」

快活な声をかけてきたのは隣家から出てきた初老のふくよかな女性。ウランドとグウェンは同時にニコリと笑みを向け同時に答えた。
ウランド&グウェン「ええ」

「そういえば最近見ないわねぇ」
グウェン「最近というのはいつ頃ですか?」
「つい先週くらいからかしら、なかなか親御さんに結婚を認めてもらえないみたいでねぇ、思い詰めていたみたいだけど、あんたらその相談?」
グウェン「ええ、思い詰めていたとはどのような風に?」
女性は聞いて聞いてと言わんばかりに目を輝かせ身を乗り出した。
「彼氏がさ、ヒモなのよ!」
ウランド「……はあ」
グウェン「彼氏さんが定職についてないことが原因?」
「そうみたいなのよ、なんでも稼がないで家事ばかりしている男は認めないって」
グウェン「……ミカエルも意外と古風ね」
ウランド「……というか、ヒモじゃなくて主夫っていうんじゃない? 娘さんが仕事していらっしゃるのですか?」
女性は鼻息荒く答えた。
「ええ! 凄腕のモンスターハンターよ!」
ウランドとグウェンは同時に「わお」と驚いてみせた。女性はまるで自分の事のように鼻高々と続けた。
「お父様もご高名な魔導師先生らしくってね」
グウェン「彼氏さんはどこに?」
女性は小首を傾げた。
「先週くらいからパッタリ……はっ! まさか駆け落ち!?」
グウェン「こちらの家賃は今月はいつ支払いなの?」
「いえ、今月はまだ……」
グウェン「もし本当に駆け落ちだったら夜逃げってことよね」
「大変!」
グウェン「部屋に入って確かめる必要があるわ」
女性は「わかった、大家を呼んでくる」と走り去った。グウェンはニコリと笑った。
グウェン「これならトランプに変な手続きも発生しないわ」
ウランド「諜報って結構頭使うんだ」
グウェン「脳ミソまで筋肉なアナタと違ってね」
ウランド「……確かに」 ←カーミラの一件でかなりの事務処理が発生した。




暫くしてさきほどの女性と、大家とおぼしき腰の曲がった丸メガネの老人がやってきた。老人はマスターキーを取り出し、ミカエルの娘宅の扉を開けた。

薄暗い室内はまるで何事もないように鍋が、箒が、カーテンが、ランプが、家主の帰りを待つ、日常がそこにあった。女性はカーテンを開けた。昼間の日の光が室内に明るさをもたらした。シンクに溜まった食器、部屋の隅に溜まった埃、クモの巣が張ったカーテンレール、日の光がもたらしたのは、そこに暫く人の出入りがないであろう事実であった。

女性はシンクやカーテンレールを見、呟いた。
「彼氏さんが居たらこんなになってないはずなんだけど……」
グウェン「キレイ好きなのね」
グウェンは窓から見える、綺麗に手入れされた花壇を眺めた。花の種類ごとに小さな木札を立てて花の名前が記してある。花壇の主は几帳面であることが窺えた。
グウェン「あの花壇は彼氏の?」
「ええ、そうよ、いっつも丁寧に手入れしててね、よく挨拶してくれる穏やかそうな、そうね、丁度、」
女性と大家は同時にウランドを見た。
「アナタみたいな感じの優しそうなメガネの人よ」
グウェン「こっちは見かけだけね」
ウランド「ちょっと」

グウェン「その彼氏さん、最近何か変わったことは?」
女性と大家は顔を見合わせた。
「アンジェラちゃんのお父さんに結婚を認めてもらえないことで大分思い詰めていたことくらいかしらね」
グウェン「そう……」
グウェンは辺りを見回した。ウランドが見当たらない。グウェンはため息をついた。
グウェン「……相変わらず落ち着きないんだから……」
大家が鍵を揺らせて見せた。
「もう出ても?」
グウェン「もう少し居させてもらってもいい? 手がかりがあるかもしれない」
大家と女性は苦笑した。
「アンジェラちゃんはいい友人をもっているのね」
自分たちはアンジェラとその相手との行く末を心配する友人として映っているようだ。実際はそのように装おっているだけだなのだが。
大家に後で鍵を返しにいくよう約束し、女性と大家を玄関まで見送り、グウェンはウランドを探し始めた。
グウェン「いた」
柔らかそうなダブルベッドにいくつかの本棚、寝室のようである。そしてその本棚の前にいつものライトブラウンのクセッ毛。
グウェン「アナタが読書だなんて」
ウランド「あれだけ几帳面な方だから、日記でも付けているんじゃないかと思ってね」
グウェン「あった?」
ウランドは分厚い日記帳の真ん中あたりを開いた状態でグウェンに差し出し、ベッドに腰掛け足を組んだ。グウェンも日記に目を落としながらウランドの隣に腰かけた。渡された日記の開かれた部分は数ページに渡り乱暴に破かれていた。

谷間覗いているように見えるww

ウランド「よっぽど慌てていたか」
グウェン「別の誰かがちぎったか……!」




千切られた数ページは筆圧によって後ろのページに痕跡が残ることを加味していたようだった。グウェンはミカエルの書斎で使用した水晶玉と台座を日記帳の上に置いた。
グウェンが魔力を込めると、ぼんやりと水晶玉に映像が浮かび上がった。映像には日記帳から見上げた男の顔が映されていた。楕円の眼鏡の柔らかそうな雰囲気をした男だった。男は泣いていた。ウランドは腕を組み、加えて組み換えた足をブラブラとさせた。
ウランド「話からするとこの方がアンジェラさんの恋人みたいだね」
映像の中の男はこちらに向けてペンを握り、仕切りに何かを書いていた。日記をつけているようにも見えたが、その表情からはどこか緊急的な、焦燥感のようなものが感じられた。少しして、男の背後から黒い腕が伸び、複数のページを乱暴に掴み取ると、そのまま引きちぎった。
男は呆然と日記帳に目を落としていた。

グウェンは水晶玉を翳した。
グウェン「背後にいるのは誰かしら? 男の手に見えたけど」
ウランド「……もういいよグウェン、わかったから」
グウェンは「どういうこと?」とウランドを見つめた。
ウランド「アンジェラさんの恋人には大変失礼だけど、ちぎった瞬間ページの中身が見えた」
グウェンはため息をついた。
グウェン「相変わらず化け物並の動体視力ね、というか、勝手に寝室入って人の日記帳開いてる方がよっぽど失礼だけど」
ウランドはニヤリと笑った。
ウランド「"諜報活動"だよ」






―――  A.(魔導師暴漢被害事件3 ) ―――






2011.6.18 KurimCoroque(栗ムコロッケ)