22.10.魔導師暴漢被害事件9 back


ミカエル元少将殺害――ウランドの敷いた羽虫一匹入らない厳重な警備を掻い潜っての犯行だった。
遺体は残っていなかったが、致死量の流血の跡が見られ、臓器の一部が忘れられたかのように捨てられていた。魔物に襲われた後のような、凄惨な現場だった。

カグヤ「……お前は遠征に行けと言っただろう」
上司の睨みに対し、睨まれた先のクロブチメガネは真っ赤に染まった病室を眺めながら平然と答えた。
ウランド「予定は午後です。それまでまだ時間があります。この現場の責任者は私です」

発見者はミカエルの妻だった。今朝、ウランドとグウェンが病室を出た後、アンジェラとゼラヴィを見送りに病室を出たほんの十数分の間であった。その間警備には何ら問題もなかった。
今朝の今ということで共に駆けつけたグウェンはただ血まみれのベッドを見つめていた。
カグヤ「……諜報クラブから見てどうだ」

グウェン「……魔導師連続失踪事件」
グウェンはポツリと呟いた。

カグヤ「……あれはこれまで何ら手かがりが残されていない」
グウェン「これだけあって精霊の手がかりが一切ないのがその証拠です」
精霊が意図的に操作されているようで、メモリアリスタルは、何事もなく今もベッドでニュースペーパーに目を通すミカエルの姿を映すだけだった。

カグヤ「……本件は後回しにする」

廊下から聞こえるミカエルの妻の、娘アンジェラの、嗚咽が、耳を痛め付けた。
これまで一切の手がかりがない魔導師連続失踪事件は現在の特別体制に対して非効率的だとされ、捜査の優先度は最低だった。事が起こったとて、それを変えるわけにはいかない。
カグヤ「ご家族や病院へは私が説明する、お前たちは仕事に戻れ」
口を開きかけたウランドを遮るようにカグヤは続けた。
カグヤ「異論は許さん、ここの責任者はお前であろうが、軍の責任者はこの私だ」
案件はこの後もつまっている、しかもこの件で2日も延期された遠征を、これ以上先のばしにするわけにはいかなかった。
ウランド「……わかりました、よろしくお願いします」

病室を出ると、アンジェラがウランドの腕をつかみ、慟哭交じりに叫んだ。
アンジェラ「ウラ兄、絶対に犯人を捕まえて!!絶対に捕まえてぇ!!!」
そのまま足元に泣き崩れるアンジェラを支えようとしたその手をカグヤが遮った。
そして真っ直ぐウランドを見据え、首を横に振ると、アンジェラとミカエルの妻を別室へ誘導した。

ウランドはただ黙って3人の背中を見つめていた。




帰路、ウランドはポツリとグウェンに声をかけた。
ウランド「大丈夫ですか」
グウェンは口元を押さえ、押し黙っていたが、少し深呼吸をして、いつものように、だがどこか悲しげに、笑ってみせた。
グウェン「ミカエルにはすごく世話になったわ」

ウランド「ミカエルもそうだけど」

グウェンは足を止めた。長くため息をついて、細い手で頬を擦っていた。再び長いため息をつき、口を開いた。
グウェン「なんとなく、想像はついてたけどね」
その声は今にも崩れんばかりに震えていた。思いがけない自分のその声に驚き、口を覆った手の甲に、一筋の涙が伝った。

ウランド「グウェン」
グウェンは「ごめんなさい」と声を絞り出すとそのまま両手で顔を覆い、うつ向いた。
震える小さな肩にゴツゴツとした大きな手を乗せ、ウランドはただ擦っていた。
グウェン「……ごめん、胸貸して」
ウランド「……うん」
この件により、同様に魔導師連続失踪事件捜査中に失踪したグウェンの恋人への、ほんのわずかだけ抱いていた希望が潰えた。




3日後、母親に諭され、大荷物を抱えて玄関の前に立っていたヨトルヤは、意を決して鍵を回した。家の中は真っ暗だった。
ヨトルヤ(まだ帰ってないのかな)
いつもであれば実家まで押し掛けて帰ってきてと懇願しそうであるのに、ヨトルヤが家を出て3日まるで音沙汰なし。さすがのヨトルヤも不安になった。

部屋の奥にすすみ、パチリと灯りを点すと、ソファに見慣れたライトブラウンのクセッ毛。
ヨトルヤ「わ! びっくりした! 灯りも点けずに何してんのよ」
ウランドはソファに腰かけたまま、項垂れたように膝に腕をつき、うつ向いていた。
ヨトルヤ(待ちすぎてミイラになっちゃった?)
そんなわけないよなと恐る恐るウランドの隣へ回り込んだ。控えめに隣へ座り、ウランドの膝の上に手を添えようとしたときだった。
ウランド「ヨトルヤ」

ヨトルヤ(うわ! 生きてた!)
     「あ、あのね、ウランドくん、今回は私が……」

ウランド「今の特別体制が解けたら、トランプを辞めようと思う」

ヨトルヤは胸の奥底から喜びが沸き起こるのを感じた。二人の間の約束。それはつまり
ヨトルヤ「結婚! やっとしてくれる気になった!?」
ウランド「……すぐにはできない、これは本当にごめん」




ヨトルヤの顔から笑顔が消えた。

ヨトルヤ「……ど、どういうこと!? なんで……?」
顔をうつむかせたままのウランドの肩を何度も揺すった。だが、ウランドは何一つ反応を示さなかった。俯いたままであるため、その表情はうかがえなかった。
ウランド「結婚はする、約束する、でも、時間をちょうだい」
ヨトルヤはしばらくライトブラウンのクセッ毛を見つめていた。そうして、そっとそれを撫でてみるが、何故だかとても遠くに感じた。

ヨトルヤはうっすら目に涙を浮かべ、だが気づかれないよう声色を落ち着かせて、普段とは明らかに様子の違う婚約者に声をかけた。
ヨトルヤ「……あなたが約束を守らなかったことは……」
ヨトルヤは「ん?」と一瞬言いとどめた。
ヨトルヤ「……まあ、山ほどあるけど、だけど、うん、わかった……信じて、待ってるからね……」

ウランドは顔を上げなかった。

試験的

ただ、その瞳は鋭く中空を捉えたまま。


犯人は、高名な魔導師、あるいはアーティファクト持ちの魔導師ばかりを狙っている。だが、単独行動であるクラブ隊員を除き、トランプ隊員はまったくと言っていいほど被害に遭っていない。
トランプという牙城に留まっている限り、出くわすことはない。



……俺はどちらの条件にも当てはまるぞ、泳いでやるから、釣りに来い。






ギターの音がメロディを奏で、音楽家は謳う。

もうじき、もうじき、始まるよ。
たのしい、たのしい、カーニバル。
飛んで、火に入る、夏の虫。
ハートの、エースは、夏の虫。






―――  A.(魔導師暴漢被害事件9) ―――






2011.7.30 KurimCoroque(栗ムコロッケ)