21.3.クラブ軍中佐隊規違反事件3 back


夜の帳がかかり始めた黄昏
古い要塞跡地
崩れた城壁
剥がれた石畳

蠢く無数の蕀
蕀の先端に咲く死人の顔
中央で咲き誇る巨大な人食いバラ。

蕀の奥に飲み込まれたグウェンのアーティファクトで、どこかにいるはずの悪魔の本体を叩かなくてはならない。
ボキボキと、ウランドの指が鳴った。

なんとも適当な背景

ウランド「君のアーティファクトは任せていい?中佐」
グウェンはウェーブがかった長い髪を耳にかけ、ニヤリと笑った。
グウェン「そのつもりよ」

グウェンは目を閉じ深く深呼吸した。
アーティファクトは主人を呼ぶ。耳を傾ければ呼び声が聴こえるはず。
グウェンは瞳を開いた。
グウェン「ごめんね仔猫ちゃん、今助けるわ」
それを合図にグウェンとウランドは同時に地を蹴った。




ウランド「小爆炎グラン・デ!!」
ウランドが投げた光弾は勢いよく中央の巨大なバラに命中した。
爆発の勢いでバラは黒煙とともに地響きを上げながら後ろに倒れた。
その勢いで蕀が一斉に引きずられ、ほんの一瞬、蕀の中にきらりと光るものが見えた。
その一瞬をグウェンは逃さなかった。
グウェン「見つけた」

目を爛々と輝かせ、巨大なバラに飛びかかるウランド。
その様子をちらりと見、グウェンはクスリと笑った。
グウェン「奥さんには到底見せられない姿ね」
今でこそトランプの上層は異例づくめで平均年齢が低いが、ウランドの時代の彼自身の異例と言われたスピード出世の所以
――その戦い方から新人当初からこのように呼ばれていた。
グウェン「相変わらずね、"戦闘狂ベルセルク"」
蕀たちの注意が一斉に目の前の脅威――ウランドへ向いた。

その隙間からこぼれ落ちた細身の槍を、グウェンは確と受け止めた。




蠢く無数の蕀たちがウランドへ向かう。
グウェン「エース、じっとして」
ぐるりと槍を回し、地を蹴ると同時に繰り出される無数の連撃、
グウェンの槍に突かれたそばから、蕀たちは苦しむように動きが遅くなった。

――アーティファクト"ピサールの槍"、傷つけた相手の時間を"奪う"――

巨大なバラはまるで毒がまわり悶え苦しむようにゴロゴロと転げ回った。
その巨大なバラの根元、無数の蕀が生える茎部分とバラの境界部分に巨大なセミの幼虫

――例えるなら烏賊の口の部分に幼虫があり、
   冬中花草のように幼虫の背中を割って巨大なバラが烏賊の頭部分、
   無数の蕀が足部分であるかような姿――

グウェン「本体はあれね」
ウランド「グウェン」
名を呼ばれ、グウェンはウランドに目を向けた。
ウランド「悪魔を捕らえる装備がない、このままそのアーティファクトでとどめを刺しなさい」
グウェン「手がかりかもしれないのよ」
ウランド「この状態で悪魔からまともな情報が聞き出せるとは思えない」
確かにそうだ、心の隅ではわかっていた、グウェンは唇を噛んだ。
わざわざこの忙しい時に脱走兵である自分を追ってきた、そのウランドをこれ以上裏切る訳にはいかない、だがしかし、
グウェン「……」
ウランド「……君は事件に大小ないと言ったね」
グウェン「ええ……」
ウランド「トランプはそれ以上に大事にすべきことがあると思ってる」
グウェンはウランドの瞳を見つめた。
ウランド「今生きてる仲間の命だよ」

ここで下手に情報を聞き出そうとながらえさせれば、下手をしたら本気を出されて一網打尽にされかねない。
悪魔はどのような力を秘めているかわからない生き物だ。
深追いは禁物、出くわしたら直ちに始末するもしくは逃げる、重要参考人とする場合、悪魔を捕らえる魔導師専用道具にて本部に持ち帰り取り調べる、それが悪魔から身を守るためにトランプで定めた取り決めだった。
グウェン「……」
グウェンは黙ったまま槍を構えた。




動かなくなった蕀の中からバッチを探しだし、全て回収した。

グウェン「……ありがとう、これ(バッチ)、クラブ軍の誰かに託して頂戴、処分を受けるわ」
いつものようにキョロキョロと落ち着きなくあたりを見回しながら、ウランドはボソリと言った。
ウランド「……戻ってきなよ」
上司として突拍子のない発言に、グウェンは思わず笑った。
グウェン「何を言っているの」
ウランド「俺が掛け合っておくから、明日はいつも通り出勤しておいで、君は"うっかり"休暇の申請を上長じゃなく俺に出した、俺はそれの処理を失念してた」
グウェン「いいのよ、ウランド」

ウランド「君のとこの現在の一番上は誰?」
腕を組んでグウェンは答えた。
グウェン「あなたよ」
ウランド「上司の仕事は部下がよく働けるようフォローすることと決断してやること、わかる?」
黙ったまま首を傾けグウェンは微笑んだ。

ウランドはため息をつきながら棘が刺さり血に染まった掌をシャツで拭いた。
その掌をグウェンの細く長い指が掬い上げた。
グウェン「ありがとう、エース」
かざされたグウェンの手から温かな光が溢れだした、ウランドの傷口がみるみる塞がっていく。

ウランド「……ええと、お礼のつもり?」
「ふふ」とグウェンは妖しく笑った。
グウェン「何が」
グウェンに取られた手の、その指先が
ウランド「……その、当たってますけど」
グウェンはニコリと微笑んだ。
グウェン「わざとだけど?」
長い睫の間から覗く緑の瞳と黒縁眼鏡の奥のブラウンの瞳が合った。

村外れ、薄暗い廃虚に二人きり




ウランドは降参するように両手を上げた。
ウランド「帰ろう、日が暮れる」
腰に手を当てグウェンは首をかしげた。
グウェン「とっくに暮れてるけど」

ウランド「……ごめんなさい、勘弁して」
グウェン「あら? いつからそんなにチキンになったの?」
ウランド「…………明日から遠征なんだ……玄関の外じゃなくて家の中で寝たい」

グウェンは笑った。
グウェン「じゃあ遠征が無いときにね」
ウランド「……あのね」






―――  A.(クラブ軍中佐隊規違反事件3) ―――






2011.3.16 KurimCoroque(栗ムコロッケ)