「いやあ、しかし、お前も出世したよなあ」
「本当だよ、まさかお前、なあ」
ヴァルハラ帝国首都アヴァロン とある呑み屋
久しぶりに早く仕事を上がり、飛び込んだのは学生時代の悪友たちとのプチ同窓会。
当時の話題に花を咲かせながら、あいかわらずキョロキョロと周囲を見回したり、腕や足を組んだり組むのをやめたり、落ち着きのないクロブチメガネ。
友人たちの話題は、ちょうどウランドに向けられたところだった。
「トランプのエースとか、給料どんだけ入るんだよ」
「トランプのエースとか、どうやったらお前みたいのがなれたんだよ」
トランプのエース
トランプのエース
……
話題はそればかりであった。
優秀学生しかとらない、また就職しても死と隣り合わせの危険な仕事で有名なトランプにいることは魔導師にとって一種のステータスであった。
おまけに、
学生時代誰からみても落第生、おちこぼれであったウランドの目を見張る大出世には昔から彼を知る誰もが度肝を抜かれた。
だが、実際久しぶりにあってみても変わらないこの落ち着きのなさ。友人たちは不思議でならなかった。
そんな中一人が言った。
「トランプのエースにでもなったらモテるんじゃね?」
ウランドは苦笑して左手の薬指を指差した。
「あれ、結婚してんの」
ウランド「いや、まだ。でも婚約中」
「おっ!誰!どんなこだよ」
ウランドはキョトンとした。
ウランド「誰って…ヨトルヤだよ」
悪友たちは驚きの声をあげた。
「なに、もう十年以上じゃね」
「長すぎだろ」
「謎だよな、こんな顔も性格もサエナイ眼鏡に…」
「若い頃あんなに"サイクル"短かったのに」
グラスに口をつけていたウランドは思わずむせ込んだ。
ウランド「いや、"落ち着いた"ってことでしょ」
友人の一人がニヤリとして言った。
「今の地位だろ?元カノたちがヨリ戻してよ〜!とかくんじゃねぇの」
ウランド「……」
ウランドは少し視線を外して沈黙した。
ウランド「ないよ」
「なんだ今の間はぁ!」
翌日、ウランドがいつものように事務処理をこなしていると、ふと、一枚の書類に目が止まった。
それはある事件についての白紙の定期報告書。
現在トランプの特別体制として自分以外のメンバーは全て各事件の諜報活動にあてているが、
その中で、一つだけ、割り当てを全て外して誰も手をつけていない状態の事件があった。
"魔導師連続失踪事件"
随分古くから未解決のままの事件だが、諜報に充てたメンバーも何人か本当に失踪してしまった"いわく付き"の事件。
ただ、今回それが目に止まったのには昨日の飲み会に関連した理由があった。
その時、静かな執務室にノックの音響いた。
ウランド「どうぞ」
ドアから現れた人物にウランドは思わずドキリとした。
褐色の艶やかな肌にカールがかった長い黒髪、切れ長の瞳に筋肉の引き締まった長い手足。

ウランド(た…タイムリーすぎる…)
「エース」
低く落ち着いた声。
その女は腕を組みながら真っ直ぐウランドへ歩み寄った。
ウランドは背もたれに身を預け足を組んだ。
ウランド「どうした?グウェン中佐」
長い睫毛の間からのぞく緑の瞳はウランドを捉えたまま。
暫く間を置いてグウェンは言った。
グウェン「そろそろ元の案件に戻してくれる?」
そう、この特別体制の前まで"魔導師連続失踪事件"を担当していた諜報隊員こそ、このグウェンであった。
ウランドは手元の書類をピラピラと波打たせながら一言「無理」と一蹴した。
ウランド「何年も手がかり一つ見つかっていない案件だ、今の特別体制でそこに人員を割くのは非効率的だよ」
グウェン「事件に大小ないわ、同等に扱うべきよ」
ウランドは窓の外を見た。
ウランド「それとこれとは話が別。…というか、その言葉遣いなんとかなんない?職場だよ」
グウェンは肩をすくめた。
グウェン「これは失礼しました、ハートのエース」
そうして、デスクの上に差し出された封筒。
そこに書かれているのは辞表の文字。
グウェン「今の特別体制でクラブ軍の指揮官は」
ウランドは封筒を手にとった。
ウランド「俺だ」
そうして足を組み直しグウェンを見上げた。
ウランド「直属の上司には」
グウェン「受理されなかった」
封筒の中身に目を通しながらウランドは笑った。
ウランド「だろうね」
グウェンはクラブ軍でもかなりの実力者。これまでいくつもの事件解決に貢献してきた。
辞表は、今度はグウェンの目の前に差し出された。
ウランド「今、どうしてトランプは特別体制敷いてる?」
グウェン「特別体制解除まで待てと言っている?」
ウランドは早く受けとれと封筒を揺らせた。
ウランド「正解」
グウェンは封筒を受け取らなかった。
ウランド「…聞き分けないね、一応聞くだけ聞くけど、どうしたの」
グウェンは髪をかきあげた。
グウェン「情報屋がネタを仕入れてきたの、今しかないのよ、魔導師の"ロスト"バッヂ取引のネタらしいの」
ウランドはデスクの上にひじをおき、手を組んだ。
眼鏡の奥の瞳は冷たかった。
ウランド「…感情的になってるよ、らしくない」
この事件の以前の担当はグウェンの恋人だった。
だが事件に巻き込まれたのか、失踪したため、代わりに志願したグウェンが担当となった。
それをウランドは承知の上での発言だった。
事件に対して感情で動いて命を落とした仲間を何人も見てきた。今のグウェンは危険な状態だと判断したのだ。
グウェンは溜め息をつき、デスクの上の封筒を手にとるとクスリと笑った。
グウェン「わかったわ、無理を言って申し訳ありませんでした」
ウランドは眉を寄せた。
ウランド「…納得してないだろう」
グウェン「そんなことないわ」
ウランド「…君が嘘をつくときはいつもそうだ」
グウェンは笑った。
グウェン「覚えてくれているのね」
ウランド「話をそらすな」
その時だった。ノックの音――秘書が顔を出した。
「エース、進捗報告会議のお時間です」
ウランドはしばらく無言でグウェンを見つめ、デスクの端にまとめた書類を手に立ち上がった。そしてグウェンを指差した。
ウランド「明日朝一で"面談"するから、ここへ来なさい、いいね」
グウェンはにこりと色っぽい笑みを向けた。
グウェン「分かりました、エース」
翌日、グウェンは姿を表さなかった。
ウランド「私の責任です」
カグヤ「……」
ハートのキング執務室
ピリピリとした耐え難い息苦しさに秘書は窒息すると思った。
クラブ軍の中佐グウェンが無断欠勤、連絡がつかない。
前日の最後の痕跡は彼女のデスク、
特別体制での担当事件の証拠を完璧に洗い出した、後はハートのエースが出動するだけという状態の書類のみ。
カグヤ「…隊規違反だ、脱走兵として確保しろ」
カグヤの声は低かった。
カグヤ「ただし、人員のアサインに余裕がない、特別体制解除後だ」
ウランド「…私が彼女をけしかけました」
カグヤは何を言っているんだと顔をしかめた。
ウランドが自分の責任だと言っているのは現在の特別体制の責任者としての発言だと思っていたからだった。
ウランド「彼女は魔導師失踪事件を解決したがっていました、その熱意に、私はただ水をかけてしまいました」
カグヤ「グウェン中佐は感情的で危険な状態だった、だから制止した、お前はそう私に報告したと理解していたが」
ウランド「危険な状態だとわかっていながら説得が不十分でした、私の管理不行き届きです」
秘書は涙ぐんだ。
秘書(だから、面談の約束を取り付けていたじゃないですか…)
カグヤ「…なるほど、わかった」
カグヤの目は冷ややかだった。
カグヤ「優秀な中佐を一人失った、貴様の責任だぞ、エース」
カグヤはもうこの件は終わりだと窓の外を見た。
カグヤ「お前に処分を下す、だがそれは特別体制後だ、今はそんなヒマはない、この件は終わりだ、他に無ければ仕事に戻れ」
ウランド「…午後、半休いただけますか」
カグヤは間髪入れず机を叩き怒鳴りつけた。
カグヤ「責任者がそれでどうするつもりだ!」
秘書(ひいっ)
あまりの迫力に秘書は身の毛がよだった。
ウランドは眉ひとつ動かさず、無表情のまま切り返した。
ウランド「何をお怒りか理解しかねます、ご自分でこの件は終わりだとおっしゃったではありませんか、これはただの休暇の申請です」
カグヤ「グウェン中佐を探しに行くと聞こえる」
ウランドは笑った。
ウランド「信用ありませんね」
カグヤは眉間を押さえ溜め息をついた。
カグヤ「お前、明日から遠征じゃないのか」
ウランド「ええ、だからその前に休養をとっておこうと思いまして」
カグヤ「大馬鹿者が」
――― A.(クラブ軍中佐隊規違反事件1) ―――
2011.3.5 KurimCoroque(栗ムコロッケ)