20.6.魔導師反神使教派テロ加担事件6 back


反神使教派テロリスト集団"ハイヴ"のアジト黒の塔。

その最上階、窓一つない白壁の密室。
中央の玉座で微動だにしない"ハイヴ"のボス。
"ハイヴ"の制服、山吹色のローブを纏うトランプの諜報隊員。
ハイヴのスカウトだと名乗る吸血鬼の少女、カーミラ。
部屋の角で粉々になったクロブチメガネ。

ウランドは目を瞑った。
カーミラは笑った。
カーミラ「なんだ、観念したか」
ウランドも笑った。
ウランド「いえいえ、こんな仕事柄ですからね、メガネなんてかけていたらよくあることです」

魔導師の中でも強い光を伴う爆炎魔法は視力低下や失明などはザラであった。
大抵の爆炎魔法使いは魔法の義眼や瓶底眼鏡である。
特にトランプのような戦闘集団では弱点になりやすい眼鏡などというものをかけていたらまず採用されない。
現在のトランプで任務中も眼鏡をかけているのはウランドだけであった。
トランプの採用試験の際に、受かったら魔法の義眼に変えるつもりと言って受かったが、
そのまま何年も手術を受ける気配がないまま今の要職についてしまったため、誰も何も言えずにいた。
当の本人はというと、

「手術とか怖くて無理」

全くの口八丁であった。
ウランド自身「よくあること」と発言する通り、平隊員の頃も現在でも戦闘となると荒っぽいウランドはこの状況に既に慣れていた。
カーミラ「ではなぜ目を閉じている」

ウランド「簡単です、使い物にならないなら使わないだけです」

爆炎魔法使いは火と風の精霊使い。
魔法は悪魔を介して精霊を操るものだが、
それ以前に精霊の存在を感じとることは魔導師の基本中の基本――

流水槍スプ・リエル・ロー

壁に突き刺さる水の槍。
ウランドはまたしても間一髪、それを避けてみせた。

カーミラ「なれば」
羽ばたくコウモリの羽。
カーミラはあっという間にウランドの頭上まで飛ぶと、背中をとろうとウランドの背後に回った。
だが、

ダン!

まるでわかっていたかのように、ウランドはくるりと後ろを向き、カーミラの両腕を掴むと壁に押さえつけた。
カーミラ「くっ!やはり見えているではないか!」
ウランド「いいえ、半分は風の精霊を感じ取って動いています」
カーミラ「はんぶん…」
目の前のウランドは明らかに両目とも瞑っている。
だが、正確にカーミラの腕の位置を把握して掴みに来た。いくら風が読めてもそこまでは無理だ。
カーミラ「なぜ腕の位置までわかる」
ウランドはニヤリと笑った。
ウランド「もう半分は、勘」

この男、戦闘慣れとかいうレベルではない。
カーミラはもがいた。
ウランド「あまり抵抗しないでください、あなたに危害を加えるつもりはありません」

背後で呪文を唱える声がする。ウランドはカーミラを羽交い締めにし、声のする方角――山吹色の魔導師へ向けた。
ウランド「こら、あなたにまで当たりますよ」
カーミラは笑った。
カーミラ「構わん、お前を倒せるのならば、それに私は吸血鬼だ、魔法では死なん」
…少し、痛いだけだ。
カーミラはウランドが逃げないよう自らを羽交い締めにする腕を掴み、硬く目を閉じた。その掴む手は震えていた。
ウランドは溜め息をついた。
ウランド「ああ、もう」

流水槍スプ・リエル・ロー




じんわりと広がる生暖かい赤。

カーミラ「…なぜだ…」

一瞬だった。
魔法が放たれた瞬間、ウランドは盾にしていたカーミラを守るようにくるりと後ろに向け、
さらに避けようと横へ跳んだが、一歩遅かった。

自分の上に覆い被さった格好で倒れているウランド。
生暖かさを感じ、手のひらに目をやると真っ赤に染まっている。
カーミラ自身は単に重いだけで、どこも痛くはなかった。
この赤は目の前のこの男のわき腹から流れ出ている。

ウランドは溜め息をつき、むくりと上体を起こした。
ウランド「怪我はありませんか?頭、打ってません?」
カーミラ「…ない」
…頭も背中も打たぬよう、手を添えて跳んでくれたではないか…
カーミラ「なぜだと聞いている」

ウランドはわき腹を押さえながら呟いた。
ウランド「…こりゃ確実にトウジロウのヤツにバカにされるな…」

カーミラ「…」
ウランド「あ、すいません」
今度の謝罪は悪気を感じられた。
ウランド「一般人を守るのは普通に仕事ですからね」
カーミラ「あの魔導師は私が操っている」
ウランドは傷口を抑えていた血まみれの手を反対側の袖でふき取った。
ウランド「ええ、知っています、早く術を解いてください」
カーミラは唇を噛み、拳を握った。
カーミラ「…ボスには手を出すな、それが条件だ」
ウランドはキョトンとした。
ウランド「ええ、貴女のボスに手出しするつもりは毛頭ありません」
今度はカーミラがキョトンとした。
カーミラ「お主、ボスの命を狙ってきた刺客だと申したではないか」
ウランドは悪びれる様子もなく答えた。
ウランド「それはもしそうだったらどうしますかと申し上げただけで、意図は別にありました」

カーミラ「?」

ウランドはキョロキョロと辺りを見回しながら続けた。
ウランド「申し遅れましたが、私は"トランプ"で"ハートのエース"をしておりまして」
カーミラの素っ頓狂な声が白壁の密室に響いた。
カーミラ「ハートのエース!?お主、あのウランド・ヴァン・ウィンクルか!!」
ウランドは一瞬再び傷口を押さえ、そうしてまた押さえた手を外すと反対側の袖でごしごしと血を拭いた。
ウランド「はい、うちの協会員が二名、そちらにお世話になっているのを連れ戻しに来ました」
カーミラ「連れ戻しに…」
ウランド「私の不用意な発言で話をこじらせてしまいましたね、すみません」
今度の謝罪に悪気は感じられなかった。

ウランドはワイシャツについた砂埃を払いながらカーミラを見つめた、…あまり焦点はあっていないが。
ウランド「神使教寺社の破壊や神使教徒への数々の野蛮な行為、貴女方のそれを私は咎める権利はありませんが、
     例え操られていたとしても魔導師がそれに加担することは許されません」
カーミラは部屋の中央の玉座の隣で指示を待つ山吹色の魔導師に目をやった。
カーミラ「…私は仲間に入れる者を誤ったということか」
だが、始めにその話をされたところで、仲間を奪われた、とこの男を攻撃していたことに変わりはなかったろうが。
ウランドはよっこらせとわき腹を押さえながら立ち上がった。
ウランド「あなたのいう仲間の定義についてあれこれ言うつもりはありませんが、一言だけ」
カーミラはウランドを見上げた。
ウランドはわき腹を押さえている方の肩に反対の手を添え、玉座のあるらしい方角に目をやった。
ウランド「あなたとあなたのボスくらいの信頼関係を、仲間というのではないかと、私は思います」
山吹色のローブに身を包み、誰もが同じ死人のような表情、個人の意思を全く無視した命令をこなすだけの生きた人形――

カーミラはフラリと立ち上がり、玉座の主を抱き締めた。
カーミラ「…それは、私と会話を交わしてくれなくともか?」

玉座のひじ掛けから、主の腕がだらりと下がった。

ウランドはやはりかと思った。そうしてカーミラの声を頼りにゆっくり玉座があるらしい方角へ足を進めた。
ウランド「…ミイラ崇拝の文化がおありになるのであれば失礼かわかりませんが、亡くなった方はもう喋りません」
カーミラの目から大粒の涙が零れ落ちた。
カーミラ「息もしてくれぬ、いつものように笑いかけも名前を呼んでくれさえも!」
ウランド「カーミラさん」
カーミラは泣き叫んだ。
カーミラ「神使教の者どもが!カミュの頭に石を投げた!」
ウランドはぼんやりと見える、ボスを抱きしめ泣きじゃくる金髪を撫でた。
カーミラ「…そうしたら…カミュは…動かなくなった…!」




吸血鬼は悪魔の使い。

そういう教えの神使教分派の地域だった。

他所から巡礼で立ち寄った神使教徒、それがカミュだった。

地域のものに捕らえられ、殺処分寸前の私を助けてくれた。

カミュの仕える分派では、吸血鬼差別は無かったそうだ。

どこまでも慈悲深いカミュに、私はなついた。

ある日私は尋ねた。

「お前も吸血鬼にしてやろう、さすればほぼ永遠の命が手にはいるぞ」

カミュはうなずかなかった。

カミュは言った。

「神から自分に与えられた限りある命をまっとうすることが自分の役割だ」と。

私は理解出来なかった。なぜ永遠を選ばないのか、それはすなわち死を、永遠の孤独を選ぶということだと。

カミュは笑った。

「永遠の孤独だなんて、さみしいこと言わないで。
 もしそうなったとしても、君が思いさえしてくれれば、僕は孤独にはならない」
 
やはり、私にはカミュの言うことが理解できなかった。


日に日に、吸血鬼を擁護するカミュへの嫌がらせがエスカレートした。

カミュはもうじき新たな巡礼地に赴くと言っていた。

私はついていきたいと言った。

カミュは笑って答えた。

「もちろんだとも、この地域の外で、君の他の仲間がどんな暮らしをしているか、見せてあげるよ。」

もうじきだったのだ、旅立ちまで。


だがその旅立ちは叶わなかった。





ウランド「神使教への復讐のために立ち上げたのが"ハイヴ"ですか」
カーミラは首を横に降った。
カーミラ「カミュを神使教から守るための"ハイヴ"だ」
ウランドはボリボリと頭をかいた。
ウランド「貴女は優しい方ですね、ただ、お気づきですか?」
カーミラは涙の止まらないどんぐりまなこをウランドへ向けた。

ウランド「あなたの無差別な神使教への暴力も、貴女とカミュさんを迫害した神使教徒と同じです」

カーミラは怒りのこもった、叫び声に似た声をあげた。
カーミラ「違う!」
ウランド「違いません、貴女はカミュさんを守りたかった、
     神使教徒のみなさんも吸血鬼からご自身を守りたかった、
     そのために暴力を振るった」

耳を塞ごうとするカーミラの手をウランドは掴み、無理矢理こちらを向かせた。
ウランド「貴女の優しいカミュさんは、今の貴女を見たら心を痛めませんか?」

震える瞳で、カーミラは玉座に座するミイラを見つめた。
カーミラ「…何か言ってくれ、カミュ」
ウランドはカーミラの腕をそっと離すと優しく言った。
ウランド「彼は神から与えられた限りある命を既にまっとうしています、自由にしてあげましょう」


生き人形たちで組み立てられた"仮初の仲間"、
すでに"永遠の孤独"に旅立っていた命の恩人、
いや、本当に"孤独"だったのは、…私か。

カーミラ「…私にはもう何もない、これから何をしたらいいかわからない、…もうどうでもいい、自首するよ」
ウランド「…何をしたらいいかおわかりじゃないですか、貴女の"これから"はまずそこからです」




――ハートのキング執務室

キングのデスクの横に簡素な椅子。
向かい合う形でカグヤとウランドは座っていた。
カグヤ「なるほど、強力な惚れ魔薬で操る術の効果を増幅させ、魔導師をも従えていたのか」
ウランドの脇腹に翳されたカグヤの手からは暖かな光。
ウランドはその間、いつものごとく落ち着きなくモゾモゾとしている。
ウランド「ええ、ただそんな魔薬を提供する業者もえげつないですねぇ」
カグヤの手から光が消えた。
カグヤ「よし、熱っぽさとわき腹の痛みは無くなったはずだ」
ウランドは傷を負ったほうの肩をぐるぐると回した。
ウランド「ありがとうございます」
カグヤはジロリとウランドを見た。
カグヤ「しかし流れとはいえ今回はまた随分と派手にやったな」

ギクリ

ウランドはすでに傷が全く無くなったわき腹をさすった。
ウランド「ええ、流れで」 ←強調

カグヤはウランドの横の椅子に置かれた血染めのワイシャツに目をやった。
カグヤ「そのシャツはお前の細君には見せるなよ、心配する」
ウランド「ええ、もちろんそのつもりです」

突然執務室のドアが開いた。
「キング!聞いてくださいよ!エースがまた…」
ドアを開けた秘書は固まった。

ウランド「…私がなんです?」
秘書は苦笑いしてまた後で来ますとドアをしめかけた。
しめかけたドアを、ウランドは足を挟み、そしてこじ開けた。
この秘書は先日の記者の件でも妙な誤解をされている。
怪我の治療でカグヤの前でワイシャツを脱いで座っていたから、そのことでまた妙な誤解をされているとウランドは考えた。
観念した秘書はウランドの横をくぐり、カグヤの元へ走った。

「取り調べの中で、エースが"女王蜂"カーミラに抱きついたり押し倒したりしていたと!」

ウランド「は?」

ウランドは固まった。一瞬なんのことを言っているのかわからなかった。
記憶を辿り、それっぽいのはあのことか、と言われている内容を整理した。

羽交い締めにした時と、脇腹を怪我した時のことを言っているようだ、それしかない。

今取り調べをしているのは玉座の間で戦った魔導師だ、
操られているときの記憶があるのは今後に役立つが、それにはどうも中途半端すぎるようだ。

ウランド(誤解をしているのはそっちーーーっ!?)
この秘書でなく、あの魔導師が。

冷淡な瞳

向けられたカグヤの視線は冷ややかだった。
カグヤ「今度"こそ"細君へ報告だな」
ウランド「今度"も"誤解ですっ!!!!」






―――  A.(魔導師反神使教派テロ加担事件6) ―――






2011.2.19 KurimCoroque(栗ムコロッケ)