20.4.魔導師反神使教派テロ加担事件4 back


人気のない路地裏。
長い溜め息をつき、体から空気が抜けて行くのと同時に、ズルズルと壁に寄りかかってしゃがみこんだ。
体が熱い、脈拍が速くなり、息が上がる。
ウランド(何の薬だったんだろ、嫌だな)
昔から体は頑丈で、病気という病気をしたことがなかったウランド。例え風邪を引いても根性で治してきた。それには理由があった。

ウランド(薬って本当嫌いなんだよな、苦いし) ←"丸飲み"という言葉はこの男の辞書にない

ウランドはYシャツの胸ポケットに指を入れ、摘まんだ。
胸ポケットから出てきた指に摘ままれていたのは"赤い粉"。
ウランドの頭の中に一つの単語が浮かんだ。

"一時退却"

正体不明のこの赤い粉。
ボスとカーミラ以外は全員飲まされているに違いない。
飲まされることによって、どうして本案件のような状況になるのか、
正確な状況を分析するためにも赤い粉を調べに一度持ち帰る必要がある。
そのついでに治療してもらおう。

だが、ウランドのその考えは次の瞬間見事に打ち破られた。




「ウランド殿」
野太い声が横から降ってきた。
ウランドは腰を降ろしたまま目だけ右上に向けた。

山吹色のローブ。
青白い顔をした生気のない、まるでゾンビのような男。
その男の顔に、ウランドは見覚えがあった。

「お主が探している男というのはこれか」

まるで他人事のような言葉。
ウランドは男の目を見つめながら問いかけた。
ウランド「…私は今カーミラさんとお話ししているということですかね」
男は死人のような表情のまま答えた。
「いかにも」
山吹色のコートの隙間から、首筋に小さな穴が二つ並んでいたのをウランドは見逃さなかった。

ウランド「…吸血鬼に吸血されると吸血鬼になるのは存じていますが、操られるというのは耳にしたことないですね」

「もう一人魔導師がいる。お主のように潜入して妨害しようとした輩だろう」

ウランド「あなたが飲ませようとした赤い粉に関係が?」

「そやつもじきに寄越そう」

言い放つと、男からカーミラの気配が消えた。
話しがまるでかみ合っていない、というよりカーミラはウランドの話に対し相手をする気がないらしい。

男は呪文を唱え始めた。ウランドは苦笑いした。
ウランド「こらこら、ここは町中ですよ…」





ゴッ

唱えかけた呪文は咳き込みで中断された。
鈍い男を立てて、男の鳩尾にウランドの拳がめり込んだ。
立て続けに、腹を押さえて丸まった男の背中を掴み、グイと引き寄せ鳩尾に膝。

男はたまらず膝をつきかけた。
ウランドはそれを許さず、襟首を掴むとドカリと壁に押し付けた。
男は相変わらず表情に生気がない。瞳は不気味に青く光続けている。
ウランド「…正気には戻っていないみたいですね」
(術であれば術者を叩けば戻ることもある…"どさくさに紛れて"賭けてみますか)
"どさくさに紛れて"とは、
通常トランプの業務としてはターゲットの魔導師を捕らえてセイラムに引き渡すだけであり、今回で言えばカーミラを深追いする必要はない。
それは冗長であり、トランプの業務外であり、ただの単独行動。

もしこの場にいるのがカグヤやトウジロウであれば不必要なことはしなかっただろうが。
ウランドは笑った。
ウランド(カーミラさんをお節介だと思ってしまいましたが、人のこと言えないですね)
ウランドは再び呪文を唱え始めた男の頸部に手刀を入れ気絶させた。

カグヤの言う"いつもの病気(※)"の始まりだった。
※トランプの規律違反、つまり単独行動。19.4話参照




カーミラ「カミュ…」

黒い塔の最上階。
窓一つない白壁の密室。
中央の玉座に座するローブをすっぽりと被った人物の前に屈み、カーミラはその膝の上に頭を乗せた。

カーミラ「…何があってもお前は私が守るよ、お前がそうしてくれたように」

ズズン…

僅かに塔が揺れた。
火と風の精霊のざわめきをカーミラはただただ見つめていた。

カーミラ「…必ず守る」




黒い塔の一階。

塔の唯一の出入口。
その真逆の壁が突然爆発した。

魔法を放った後で、ウランドは気付いた。

ウランド(あ、この塔倒したら町が下敷きになるな…)
塔は町の中央に建っている。

魔法はこれ以上使えないな、とウランドは思った。

わらわらと山吹色のコートを羽織った男たちが衣擦れと足音だけ鳴らして集まってきた。
まるでゾンビのようだ、とウランドは思った。
男たちの手には物々しい耕具や剣。

ウランドはニヤリと笑った。
ウランド「ごめんなさい、ちょっと入り口間違えちゃいました」
ウランドが両手をあげ、降参のジェスチャーをした瞬間、男たちは一斉にウランドへ飛びかかってきた。
同時にウランドも男たち目掛け走り出した。

魔導師との戦いで勢い余って塔に穴を開けた(大嘘、魔法を使わせる前に気絶させた)
武器を構え襲われたから正当防衛(実際は襲わさせた)、
一対多の多勢に無勢(大好きなシチュエーション)、

戦闘狂

ウランド「言い訳完璧ィ!!」


塔の地響きがだんだんと鎮まってゆく。
やがて本当に鎮まり、白い扉が開いた。

「どうも。もう一人の魔導師が見当たらなかったのですがこちらですか?」
扉から現れたのは、息を弾ませ額から汗を流す、クロブチメガネの男。
ネクタイを緩めると、ウランドは髪をかきあげた。
玉座に座する人物の膝の上から、カーミラは顔をあげた。
カーミラ「いかにも。彼はこの"ハイブ"で一番の実力者」
カーミラは立ち上がり、背中からコウモリの羽を広げた。

同時に玉座の影から山吹色のコート、身に覚えのある顔だった。
元気な挨拶の気持ちいい諜報四年目の若手。
初めて一人で事件を担当するのだと目を輝かせながら報告に来たのがウランドの中の最後の記憶だった。
あの元気で溌剌としたエネルギッシュさは、見る影もない。
ウランド「多勢に無勢だなんて卑怯ですね」
カーミラ「散々暴れておきながら何を言う」

――ヤツはハンターズで赤い粉を飲ませた。
――…勝てる。

カーミラが指をパチンと鳴らすと、玉座の後ろに立つ山吹の男の瞳が不気味に青く光だした。




―――  A.(魔導師反神使教派テロ加担事件4) ―――





2011.2.5 KurimCoroque(栗ムコロッケ)