2010.X.クリスマス企画―A.― back


ウランド「キング」
就業時間を終え、いつもの残業時間帯。

ハートのキングの執務室に顔を出したのはハートのエース、ウランド。

カグヤは書類に目を落としたまま口を開いた。
カグヤ「どうした」
ウランド「次の休みなんですが」
カグヤは次の書類を捲った。
ウランド「ご予定ありますか」
カグヤはきょとんとウランドを見た。
ウランド自身の休暇の話だと思っていたからだ。
カグヤ「私の休暇の話をしているのか?」
ウランドは手元の上司のスケジュールに目を落とした。
カグヤのこの一月の予定に休暇は無かった。
ウランド「ええ」
カグヤは即答した。
カグヤ「特に予定していない」
ウランド「そういう意味の"予定"ではなくてですね…」
カグヤは怪訝そうに眉根を寄せた。

ウランドは窓の外を見た。
ウランド「…私の妻が先日ご迷惑をおかけしまして」
カグヤは「ああ、そのことか」と再び視線を書類に戻した。
カグヤ「構わん」
ウランド「そのお詫びをしたいと」
カグヤは再びきょとんとウランドを見た。




ヨトルヤ「ごめんなさいね、貴重なお休みを」
カグヤ「いいえ、休暇をとっても退屈なだけでしたので」
ヴァルハラ帝国首都アヴァロン。
世界一の人口と、世界中の一流が揃う世界一の大都市。
話題のティーサロンで待ち合わせ、ウランドの婚約者ヨトルヤとカグヤは人気のランチに舌鼓を打っていた。
カグヤ「…先日はまともにご対応もできず申し訳ありませんでした」
ヨトルヤは笑った。
ヨトルヤ「こちらこそごめんなさい、
      "このくらい"のことでいちいち取り乱していたら、あの人の妻になったときに身がもたないわね」

カグヤ「…」
カグヤは何か言いたそうにヨトルヤを見つめている。
ヨトルヤはニコリと微笑んだ。
ヨトルヤ「なあに」
カグヤ「…あの、気を悪くさせたらすみません、
     ウィンクル氏は貴女のことを妻が妻がと言っているので私はてっきり…」
先日、ヨトルヤが姓を"ドラグニク"と名乗ったとき、カグヤはウランドの姓である"ウィンクルではなくて?"と聞き返し、 ヨトルヤを憤慨させた。
そのことを謝罪しなくてはと考えていた。

ヨトルヤは嬉しそうに笑った。
ヨトルヤ「もう、あの人ったら」
そうしてとたんに鼻で笑った。
ヨトルヤ「いつまで結婚しないのか周りに聞かれるのが面倒くさいんでしょうね」

 ※結婚できない理由が仕事を辞められないことであるため
  退職を許可できないカグヤに気を使わせないためのウランドなりの配慮、のつもり

カグヤ「ハハ…」
ヨトルヤはカグヤを見つめた。
見れば見るほど目を引く美女だ。
男女問わず、周囲の視線を集めている。
ヨトルヤ「カグヤさんは今お付き合いしている方は?」
カグヤは苦笑した。
ヨトルヤ「最後にお付き合いしたのはいつ?」
カグヤは懐かしそうに目を細めた。
カグヤ「…私がまだジパングに居た頃ですから…10代前半ですね」
ヨトルヤ「まあ、どんな方だったの?」
カグヤ「とてもかわいらしい娘さんでした」
ヨトルヤは紅茶をむせた。
ヨトルヤ「!?…ええと…"そっち"の方なの?」
カグヤは入店時にドアをあけヨトルヤを通したり、
着席の際にヨトルヤの椅子を引いたり、
確かにどちらかといえば淑女というより紳士であった。
カグヤは笑った。
カグヤ「…訳あって当時は男として育てられていまして」
ヨトルヤ「お、男として!?」
この美しい人を?それはあまりに無理があるのではないだろうか?
ただ、他国の、それもジパング国でのこと、ヨトルヤは不用意な質問は差し控えることにした。
…まあ婚約者であるあのデリカシーなし男はなんの遠慮もなしにズバズバ聞くんでしょうけど。

 ※実際はカグヤとトウジロウの仲の悪さやトウジロウのジパング人云々のトラブルを肌で感じているため、
  個人的なことは聞かないようウランドなりに配慮している、つもり

ヨトルヤは話題を変えた。
ヨトルヤ「……カグヤさん、あまりお化粧はなさらないの?」
カグヤ「…お恥ずかしながら、よくわからなくて」
ヨトルヤ「お洋服は普段は?」
カグヤの服装は黒いスーツに白いシャツ、美人で目を引く分、悪いが一見したらマフィアに見える。
カグヤ「いつもスーツです。お恥ずかしながらあまりくわしくなくて」
ヨトルヤはポンと手を叩いた。
ヨトルヤ「じゃあ終わったら買い物行きましょう!見立ててあげる!」




世界中のありとあらゆるものがそろう大都市アヴァロンの街は
常に人であふれかえり、石畳や歴史ある建造物の町並みはいつ来ても美しい。
また、普通なら女性が飛び上がるようなきれいな店もたくさん並び…
普通の女性なら、隣できゃあきゃあと楽しそうなこのヨトルヤのようになるのだろう、
環境的にもう男でいる必要はないのにカグヤはどこか自分とは遠い世界のことのように思えて、
自分とは関係ないと壁を作る癖がついていた。

ヨトルヤ「カグヤさん、まずはここ!」
カグヤ「うっ」
――宝石のような美しい色とりどりの下着が並ぶランジェリーショップ
自分も女性のはずだが、どうにもものすごくいたたまれない。
カグヤは非常に落ち着かなかった。
ヨトルヤはあれもかわいいこれもかわいいとさまざまな商品を手に取り、 はたとカグヤを見上げた。
ヨトルヤ「カグヤさん、何カップ?」
こういう女性特有な会話は苦手だ、自分は女性なんだという事実をつきつけられているようで。
カグヤは苦笑いした。
カグヤ「……はかったことがないので…」
ヨトルヤ「じゃあサイズが合わないものをつけている可能性もあるわね!
     だめよ〜!形が悪くなっちゃう!測ってもらいましょう!」
カグヤ「いえ、…というかそもそも…」
フィッティングルームで脱いだシャツの下は、サラシだった。
カグヤは申し訳なさそうにヨトルヤと店員を見た。
カグヤ「…さらしなんです」
店員(ええーーーーーっ!?)
ヨトルヤ(…)
ヨトルヤはカグヤの手をとり、ほほ笑んだ。
ヨトルヤ「これから、ゆっくりでいいから、"女の子になって"いきましょう」
カグヤはきょとんとヨトルヤを見つめた。

カグヤ「…人生で始めて魔法圏の下着を購入しました…」
カグヤはなんとなく取り返しのつかないことをしてしまった気分になった。
…父がいれば間違いなく「家の恥」だとぶん殴られているだろう。
ヨトルヤはカグヤを見上げた。
ヨトルヤ「…今、カグヤさんが"女性として"好きな方はいらっしゃるの?」
カグヤ「女性として?」
ふと、浮かぶ屈託のないあの笑顔。
カグヤ「…」
真っ赤になったカグヤの顔を見、ヨトルヤはクスリと笑った。
ヨトルヤ「であれば大丈夫、カグヤさんはきっと女の子になれるわよ、さあ次!」




――女性に人気のブティック
きれいな生地、きれいなデザインの、きれいな洋服たちがズラリと並ぶ。
こんなものを着たら、怒られる。
カグヤはますます背徳的な気持ちになった。
店員が嬉しそうに近寄ってきた。
店員「なんてお美しい方!背も高いし、女優さんかモデルさんでいらっしゃいますの?」
ヨトルヤはフフと笑った。
ヨトルヤ「女優さんかモデルさんに、本当に見えちゃうような服を買いに来たの」
店員とヨトルヤにあれやこれや服を当てられ、まるで着せ替え人形のようだ、
カグヤは好意はありがたかったが、興味がまったく持てずにいた。
ヨトルヤ「じゃあ、これ、着てみましょうか」
テロテロでヒラヒラのワンピース。
カグヤは後ずさった。
カグヤ「そ、そのような召し物は…ちょっと…」
ヨトルヤは笑って「いいからほら」とカグヤをフィッティングルームへ押し込んだ。
密室に一人になり、ワンピースと向き合う。
これは女の着るもの、着せられるなど屈辱的な気分だ。
トウジロウのヤツが見れば間違いなく大笑いして貶すに違いない、父は肩を落とすに違いない。
自分はこんなもの、着てはいけない。
いつまでたっても出てこないカグヤに声をかけようとした店員をヨトルヤは制止した。
ヨトルヤはフィッティングルーム越しに声をかけた。
ヨトルヤ「大丈夫よカグヤさん、あなたの好きな方は、きっとあなたの女性らしい姿をみて、喜ぶわ」
カグヤ「…そうでしょうか…」
ヨトルヤ「女性らしい格好をした"女性"を、喜ばない男性なんていないわ
      もしいたとしても、そんなデリカシーないやつぶっとばしちゃえばいいのよ!」
フィッティングルームからクスリと笑い声が聞こえた。
ヨトルヤ「あなたに必要なのは、女性としての自信をもつことよ、大丈夫、私があなたを保証する」
そうして出てきたカグヤの姿に、店中がざわめいた。
店員は思わず拍手した。
店員「なんてお美しい」
まっすぐの背筋、凛とした立ち振る舞い、周囲を思わずキリッとさせるオーラ。
それはまったくといって普段のカグヤであるが、着ている服が軍服からワンピースに変わることで、 その印象はガラリと変わる。
ヨトルヤは自信たっぷりにうなずいた。
ヨトルヤ「うん、いいじゃない!」

そうして何軒かブティックをはしごし、日が落ちて、これまた人気の店でディナー。
ヨトルヤを家の前まで送り、その別れ際。
ヨトルヤ「次のお休みはいつ?また行きましょう!」
カグヤは遠慮がちに笑った。
カグヤ「…あまりウィンクル氏との邪魔をするわけにも」
ヨトルヤ「いいのよ、あんなさえない男とばっかりじゃ、私の女子力も落ちちゃう!
      今日は久しぶりに楽しかった、あなたとはいいお友達になれそう!」
      
―――"お前とはええダチになれそうやな"

昔一度言われたきりだったその言葉。
いつも一目置かれてばかりで、近寄ろうとしても遠慮されてしまう。
それに慣れてしまっていたが、それではいけなかったのだ。
自分を好意的に対等に見てくれる、この人を、大切にしたい。
カグヤはほほ笑んだ。
カグヤ「また連絡します」

ヨトルヤ「ただいま、あらウランドくん早かったのね」
帰宅と同時に玄関で出迎えた婚約者にヨトルヤは爽やかな笑顔を向けた。
ヨトルヤからドサドサと荷物を受け取りながらウランドはなるべく不自然にならないように問うた。
ウランド「…今日はね…ところでどうだった?」
勤務中ウランドは婚約者が上司にまた喧嘩を売らないか気が気でなかった。
ヨトルヤ「ウランドくん」
ウランド「うん?」
ヨトルヤの声色は怖かった。
ヨトルヤ「ちゃんと女性扱いしなきゃだめよ」
ウランド「???」




その翌日のカグヤの通勤姿は、一気にトランプ中の話題となった。
トウジロウ「ついに脳みそ腐ったか、豚に真珠てまさにこのことやな」
カグヤ「ふん、腐っているのは貴様の目玉ではないか?
     少し他人と焦点がズレているようだ、治してやろうか?」
その姿を一目見ようとカグヤの帰宅時までほとんどの人が残っていたくらいだった。

それ以来カグヤは適度に休暇をとるようになった。
どうにもヨトルヤにいろいろ連れ回されているらしい。
ある日、ウランドは訊ねた。
ウランド「…ご迷惑では?」
カグヤ「…」

学生時代はまるで王子様扱い、
トランプへ就職してからほどなくキングになり、軍の頂点に立つ者として扱われている。
自分を対等に扱う人間など、もはや同じキング同士くらいしかいないと思っていた。
だが、彼女は違った。
自分を一人の女性として、友人として接してくれる。

カグヤはほほ笑んだ。
カグヤ「いいや、ウランド、お前には勿体無い女性だな」
ウランドはきょとんとした。
上司のこんなに柔らかにほほ笑む顔を初めて見たからだった。
カグヤ「なんだ?」

ウランド「…妻と浮気とかやめてくださいね」
カグヤは頬杖をついてニヤリと笑った。
カグヤ「どうかな」

男から見ても男前なこの人を、やはり女性扱いは無理だ、とウランドは思った。




―――  クリスマス企画(19.5話後日談) ―――





2010.12.25 KurimCoroque(栗ムコロッケ)