19.4.ハートのエース不倫事件4 back


カグヤ「ウランドを呼んできてくれないか」

――ハートのキング執務室。

事務書類を届けにきたのはタイミングが悪かったようだ。
頼まれた秘書は歯切れが悪かった。

カグヤ「…どうした?」

秘書はおずおずと答えた。
秘書「その…エースは先ほどお出掛けになりまして…」
カグヤ「?遠征は明日ではなかったか?」
秘書「ええと、テロリストに関する匿名の情報提供があったとかで諜報に出ると」

カグヤはため息をついて眉間を押さえた。
カグヤ「またあの病気か…」
秘書「???あの病気?」





その街は石畳の美しい、家々に花が溢れるのどかな街並みであった。

品の良いカーディガンでワイシャツにつけられている隊章を隠し、
ワイシャツから下を軍服から通勤着に着替え、
そのクロブチメガネの男は石畳を歩いていた。

ウランド「…弟さんが捕らえられている場所はわかりますか?」
エルージュ「いいえ…」
エルージュは不安げにウランドを見上げた。
ウランドはニヤリと笑った。
ウランド「では仕方ありませんね」




カグヤ「奴はいい歳の割に落ち着きが無さすぎると思わんか」
秘書は思わず笑った。

カグヤ「…結婚して大人しくなったと思ったが…」
秘書「?」
カグヤは頬杖をついた。

カグヤ「ああ見えて、スペードのエース並にやんちゃが過ぎる」




貸家であったその部屋のドアが乱暴に開き、
小さな卓を囲んで、カードゲームに熱中していた男どもは何事かと出入口を見た。

「エルージュ!てめぇ!なんだその男は」

エルージュは柳眉を逆立てた。
エルージュ「メルスは!弟はどこ!」

男たちは立ち上がった。
「なんだよ、男作って強気になっちゃったってか?」
下品な笑い声が上がった。

男の一人がウランドに近付いた。
「この女に目ぇ眩ましたのが運のツキだったな、インテリメガネくぅん」

男はナイフを取り出した。

エルージュ「!ちょっと!」
「エルージュ、てめぇは誰に飼われてるのか、見誤っちゃいけねえよ、弟のためにな…!」

ウランド「なるほど」

男の手からナイフが零れ落ちた。
「いてててて!」
男は腕を捻りあげられ身動きがとれなくなった。

ウランド「貴女の訴えのウラは取れました」
エルージュ「!!」
ウランドはボキボキと指を鳴らし、ニヤリと笑った。

ウランド「ナイフをかざされてしまいました、身を守るためには正当防衛も致し方ない」

「何訳わかんねぇこと言ってんだ!」

男たちは次々に武器を手にした。

ところがバッタバッタとまるで紙切れのように男たちはなぎ倒されていった。
「うう…」
「いってぇ…」

エルージュ「つ…強い…」

その時、出入口のドアが閉じられた。
エルージュ「きゃっ!」
ウランド「!」




「動くなよ」

足もとには落とされた買い物袋から転がった林檎。

買い物帰りの仲間の一人がエルージュを羽交い締めにし、ナイフを突きつけていた。

ウランドは両手を後頭部に置いた。

「わかってんじゃねぇか」

ウランド「…あなた、見覚えありますねぇ」

「はぁ!?何言っ」

ウランド「…思い出した、魔導師を騙って詐欺を働いていた指名手配中の――」

男は背中から汗が噴き出した。
「てめっ、なんでそんなこと、」

ウランドはカーディガンを脱ぎ捨てた。

その下から現れたワイシャツの紋章。

男はナイフを落とし、ドアにへばりついた。

「とっ…トランプ!!」

ウランド「あー…よかった」

ウランドはニヤリと笑った。

ウランド「これでオトガメなしだ」

(こっ…このトランプ隊員目がやべぇ!ま、まさか…)
「す、スペードのエース!?」

ウランド「残念」

その貸家に一人の男の断末魔が響いた。




エルージュ「メルス!」

メルス「おねぇちゃん」

久しぶりの姉弟の再開だった。

エルージュ「ごめんね…おねぇちゃんが記者なんかやってるから」

メルス「…ううん」

エルージュは弟を強く抱き締めた。

エルージュ「…おねぇちゃん、もっと普通の仕事につくから」

メルス「え…だって、きしゃになるの、ゆめだって…」

エルージュは微笑んだ。
エルージュ「…いいの、いいのよ…」



ウランド「…えー…コホン」

エルージュ「あ…ごめんなさい、ありが」

ウランド「…それより、大変申し訳ないのですが」

エルージュ「?」




――ハートのキング執務室

ふと目をやった窓の外、
本部への正面通りを遠くから歩いてくる人影に、
カグヤは勢いよく席を立った。


エルージュ「ふふ…オトガメなしって自分で言ってたのに」
ウランド「念のための証人です…意外とキングから信用ないんですよね、私」
エルージュ「くす…でしょうね」

ウランドはチラリと横目でエルージュを見た。
ウランド「…ジャーナリストであれば証人としての信頼も高いでしょうし」

エルージュは空を見上げた。
エルージュ「…もうジャーナリストじゃないわ」
ウランド「…そうなんですか?」
エルージュは笑った。
エルージュ「ありがとう…」

そうして自然と目がいったウランドの左手の薬指。
エルージュ「…あれ?それ本当に結婚指輪?」
ウランドはつられて自分の左手を見た。
ウランド「…いえ、ただのペアリングです。式は今度…」

エルージュ「へえぇ〜」
エルージュの笑みの意味をウランドは理解できなかった。
ウランド「?」

エルージュはウランドを見上げた。
エルージュ「だったらまだ、チャンスあるわね」
ウランド「何の?」
エルージュはウランドの首に腕を回した。



トランプ本部の正面扉が勢いよく開き、低く凛々しい声が響いた。
カグヤ「ウランド!貴様一体何処をほっつき歩い…」
カグヤは固まった。

ウランドはエルージュをひっぺがした。

カグヤの後ろの秘書が思わず呟いた。
秘書「大胆」

ウランド「ご、誤解です!キング!」

カグヤ「…」
カグヤは固く目を瞑り、真一文に結んだ自分の唇を人差し指でトントンと叩いた。
ウランド「!?」
ウランドは自分の口を拭った。
拭ったその手の甲にはべったりと真っ赤な口紅。

ウランド「何するんですか!!」
エルージュ「あら、ハッキリ喋れるじゃない」
ウランド「話をそらさないでください!」

カグヤは溜め息をついた。
カグヤ「不潔」

ウランド「キング!話を聞いてください!」
エルージュ「やだあ、あたしとのこと無かったことにするわけぇ」
ウランド「初めから何もないじゃないか!」

カグヤ「今日の午後はデートで有休ということだな」
カグヤは踵を返した。

ウランド「ああっ!待ってください!キング!」

秘書「…よいのですか?」
カグヤは鼻で笑った。
カグヤ「単独行動の罰だ、これで犯罪者を捕まえていなければヤツの細君へ報告していたところだ」
秘書は笑った。




―――  A.(ハートのエース不倫事件4) ―――





2010.12.23 KurimCoroque(栗ムコロッケ)