19.3.ハートのエース不倫事件3 back


ハートのエース執務室。

響くノックの音。

ウランドは事務処理をしていた手を止めた。

秘書が非常に気まずそうに入室してきた。

「お客様です、エース」

ウランド「…客?予定にはなかったと思ったが」

秘書はウランドから目をそらした。

「アポイントはなしで、その…女性の方なのですが…」

ウランドは妻だと思った、わざわざ職場まで来るなんて。

嫌な予感がし、急いで席を立った。




応接室に急ぐと、豪奢なソファに悠然と
ミニスカートに高いヒール、胸元が広く開いた目のやり場に困る服、
あのジャーナリストだった。

ウランドは肩の力が抜けた。

そうしてそそくさと応接室を出ようとする秘書をジトリと見た。

秘書はギクリとした。

秘書(…不倫だ…不倫現場だ…)「えっと…さ、最近ご出張多かったですし…ね!」

ウランドは秘書に向きなおった。

秘書は慌てた。

秘書(うわっ、…)「ひっ秘密にしておきますからっ!」

逃げ去ろうとする秘書をウランドは慌てて引き留めた。

ウランド「誤解だ!
     …それと、キングには俺から話すから…」

ジャーナリストが乗り込んできた件は後で自分で報告するという意味であったが、
秘書の誤解を解くには明らかに言葉足らずであった。

秘書は早く立ち去りたいがために何度も頷くと慌てて部屋を出た。

ウランドはため息をつくと足早に女ジャーナリストの向かいのソファに腰かけた。




ウランド「アポなしとはマナーの無い方ですね、まだ何か?」

エルージュは真っ赤な唇をニコリとつり上げた。

エルージュ「人質のジパング人について記事を書きたくて、」

エルージュは紅茶を一口啜った。

エルージュ「〆切近くてね、情報くれないと、あなたと私の不倫記事にしちゃうわよ」

ウランドはため息をついて背もたれに寄りかかった。

そうして、
これはこの仕事をしていて何となく付いた癖だが、目の前の美女に発言内容に他意がないか、仕草を観察した。

確かに、〆切が近いと言っていただけに、
先日よりカリカリしているようであったし、作っている笑顔に余裕は無いようだった。

だが、一点だけ、ウランドは引っかかった。

ウランド「…なぜ、ジパング人の件を記事にしようと?」

ただ単に、自分の忠告を無視してまでジパング人の件を記事にすることに決めた、
先日までまるで記事にすることが定まっていないようであったこのジャーナリストが、
どのようにして記事の内容を決めたのか、興味があっての質問だった。

だが、ウランドの予想に反してそのジャーナリストはあわてふためいた。

エルージュ「な、なんで、ダメなの!?」

エルージュの剣幕に、ウランドは直感的な違和感を感じた。

ウランド「…ダメとは一言も言っていませんよ、
     〆切が迫っているとはいえ、少しご自分を追い詰めすぎでは?」

エルージュは立ち上がり眉を吊り上げた。

エルージュ「ダメじゃないならいいじゃない!」

ウランドはソファの背もたれに頬杖を付き、足を組んだ。

ウランド「貴女を追い詰めているのは本当に〆切だけですか…?」

それは、もしやクビでもかかっているのでは、という意図であったが、
その次の女ジャーナリストのリアクションは、これまたウランドの予想を覆すものであった。




ジャーナリストの切れ長で美しい瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

エルージュ「…あなた…魔導師でしょう」

ウランドはキョトンとした。

ウランド「…はい、そうですが」

エルージュ「…お願い!…助けて…!」

ウランドはエルージュに座るよう促した。

ウランド「…各国に出している程度しかありませんが、ジパング人の情報ならお出ししますから」

エルージュ「違う!」

頬杖をやめた

ウランドは頬杖を止めた。

そして訳がわからないと訝しげに眉を寄せ、エルージュを見た。

エルージュは顔を伏せた。

エルージュ「弟が…人質にとられているの…反神使教派のテロリストに…!
       私…トランプ担当の記者だから…立場使ってジパング人の情報を聞き出さないと殺すって…!!」

あまりにも突拍子のない話であった。

たしかに反神使教派のテロリストであれば
国外に出たジパング人を利用して何らかのテロ行為を企てようとするかもしれない。

ジパング人の情報がほしいというのもうなづける。

だが、仮にそうだとして、どこまでが本当の話か。

もしこの女も本当はテロリストの一味で、確実に情報を得るため弟が人質であると嘘をついていたら?

そもそもテロリスト云々は嘘で
無理矢理特別な情報を絞りだそうという悪徳ジャーナリストのハッタリかもしれない。

ありとあらゆる可能性が考えられた。

ウランド「…そのテロリストに魔導師は関わっていますか?」

エルージュは首を振った。

ウランド「…でなければ残念ですが、我々が手を出すことは出来ません」

エルージュはすがるようにウランドを見た。

エルージュ「わからない!もしかしたら多分、関わっているかもしれない!」

ウランドは背もたれのへりに頭を乗せて目を瞑った。




次の遠征の予定は明後日だ。

今日明日は1日事務処理の予定しかなかった。

ウランドはニヤリと笑った。

エルージュ「な…何が可笑しいのよ…!」

ウランド「トランプというのは血の気の多い連中の集まりでしてね、特にスペードとハートのエースは。
     つい先日も犯人検挙を賭けにしようとして別のエースから怒られました」

エルージュはキョトンとした。

ウランド「…貴女、口裏合わせられますか?」

エルージュ「え…」

ウランドは立ち上がった。

ウランド「…たった今、魔導師が反新使教派テロリストに関わっているという"匿名の"タレコミがありまして、
     ちょっと、"諜報活動"に出掛けます」




―――  A.(ハートのエース不倫事件3) ―――





2010.12.18 KurimCoroque(栗ムコロッケ)