18.3.魔法法外使用事件 back


その女は"森の魔女"と呼ばれていた。

若く美しい彼女はどんな病もたちどころに治し、火や水も自在に操った。

それを求める者には高額な請求をするが、
それでも彼女を求める者は後を絶たなかった。

ある日、森の奥の魔女の住まいに一人の男が訪ねてきた。

「あなたは何の用かしら」

魔女はいつものように尋ねた。

だが、その男はいつもの客とは違っていた。

「登録番号239、ベルティナ」

魔女の顔から微笑みが消え失せた。




男はキョロキョロと部屋の様子を見回しながら続けた。

「確か治癒魔法の魔導師のはずですが」

魔女の掌の上にはグツグツと煮えたぎるケトル。

「…治癒の"術"の一種だよ」

「治癒"魔法"で火の精霊は動きませんよ」

男の目にはしかと魔女の手元で活発に踊り回る火の精霊の姿が見えていた。

魔女は男めがけてケトルを投げつけた。

男は器用に中身をこぼさないようケトルの取っ手をキャッチした。

「危ないですね」

魔女は部屋中の怪しげな道具を手当たり次第投げつけた。

男はひょいひょいと避けたり、たまに上手い具合にキャッチしては「これは未登録の魔導師専用道具」などとボソリと呟いた。

そうしてついに壁際に追い詰められ、魔女は叫んだ。

「マモン!マモン!」

『うるせえな、一回呼べばわかるって』

部屋中に子どものような高い声が響いた。




「…貴女は個別悪魔契約の魔導師協会登録を行っていませんが」

部屋の角の暗がりから目付きの悪い生気のない少年が現れた。

少年は八重歯を覗かせた。

『おじさん、トランプの人?』

「そうですよ」

『リーダークラスかな、今まで始末してきた魔導師より魔力あるね』

この案件、派遣したハートの小隊が、命からがら逃がされた新人以外全滅、緊急度の高い案件であった。

『おいベルティナ、こいつ、これまでのようにはいかないぞ、このままだとお縄だぜ〜』

「ど、どうしたら…」

『そうだな、お前の体と引き換えに契約レベルを上げ、』

「させません」

男は背中から三連の棍を取り出した。

「さ…三節棍…?」

カシャンと一瞬のうちに一本の棒に組み立てられたその三節棍の先端には
鉤爪のような鋭いものが取り付けられている。

『槍かな、……なんか見覚えがあるような』

男は先端の鉤爪のようなものにキラキラと光る液体を振りかけた。

少年は顔を覆った。

『臭いっ…顔が、顔が熱い!!』

「ユニコーンの血清!?」

間髪入れず

ガァン!

鈍い液体音とともに少年の顔のど真ん中を壁ごと槍が貫いた。

男は少年の姿の悪魔を串刺したまま魔女を見た。

「…どこまで契約レベルをあげているのですか」

魔女には男の質問の意図がわからなかった。

男は軽く溜め息をついた。




「この悪魔をこのまま殺しても、貴女は死なない"程度"の契約かと聞いています」

「わ、わからない…」

男はコンコンと爪先で床にリズムを刻みながら自身の足下を見つめていた。

「悪魔契約の知識がない訳ではありませんよね、
 悪魔の強い力に目が眩んで、後先考えずに契約したというところですか」

「さ、最初は!」

男は魔女を見た。

「…治癒魔法で治せない不治の病の子どもを助けたかったのよ…!
 でも、そうしたら噂がどんどん広まって、次々に…」

男は壁を貫かせたままの槍の先端に顎を乗せた。

「…魔導師のくせに、魔法の限界をキチンと把握しないからですよ、"魔導師の万能感"ですね」

魔女は眉を吊り上げた。

「アンタのはただの理想論じゃないか!
 現実には、藁にもすがる気持ちで治癒魔法を頼りに来る人が山ほどいるんだ!
 私は!…見過ごすことはできない…!」

男は背中をボリボリと掻いた。

「見過ごすことは"できなかった"、です、貴女のそれこそが理想論ですよ、魔導師は神ではありません
 患者の体の負担を考えず強力な治癒魔法を施すことは、本当に患者のことを考えていると言えますか?
 なぜ悪魔との下級契約以上を禁止しているか、貴女は理解しなくてはいけません」

魔女は唇を噛んだ。

「マモン!マモン!さっき言ってた契約をするよ!」




『毎度ありぃ』

ズズズ…と顔を貫かれたままの少年は自ら槍にそって男に近付いた。

ユニコーンの血清の光の粒が消え、少年の顔から黒い煙――瘴気が噴き出した。

男は槍の先端から顎を離し、鼻と口を覆った。

『どかしてもらおうか』

少年は槍を持つ男の手に手を伸ばした。

男は少年を冷たく見下ろした。

「消えてもらおうか」


ドン!


槍が輝きだし、同時に少年は音もなく光となって消え失せた。

「なっ…!マモン!マモン!」

男は槍を3つに分解して、背中のケースに戻した。

「なんだいそれ!」

「…アーティファクトです、
 さすがに"悪魔合体イクセスブレイク"でもされたらひとたまりもありませんからね」

魔女はヘナヘナと力なく座り込んだ。

「…まああとはセイラムにご自慢の理想論を語ってください、"アレ"は聞く耳など持ち合わせていませんがね」




―――  A.(魔法法外使用事件) ―――





2010.11.20 KurimCoroque(栗ムコロッケ)