15.1.In the morning! back


ムー大陸中北部 ナイム国南部の街・エリドゥ
緑豊かなヴィンディア連峰の麓に広がる別荘地

早朝の朝靄
小鳥のさえずりのこだま
ひんやりとした湿った空気
連峰から香る緑の匂い

中央に広がる静まり返った繁華街の、少し小道に入った一見廃屋のような建物
その二階に広がるのは陰気な酒場
殆ど客はなく、店も閉店間際

酒場の入り口をくぐり、真っ直ぐカウンターに向かって来たのは煉瓦色の髪に緑の瞳の女
ここは犯罪者たちが集う"冒険者ハンターズギルド"の裏ギルド、女一人で来るようなところではない

女はカウンター越しに、自身の胸元に光る金色のバッヂを指差した
店主は女に顔を近づけ、周囲に気づかれぬよう小声で話しかけた
店主「トランプが何の用だ」

煉瓦色の髪の女――リケ・ピスドローもまた、小声で答えた
リケ「情報提供をお願い、緊急なの」
店主はふてぶてしくため息をついた
リケ「ギルティンという男を追ってる」

店主はタバコに火をつけた
店主「なんだい、ついに"免罪符"もお縄の対象かい」
リケは身を乗り出した
リケ「"免罪符"?」




午前9:00すぎ

繁華街に面した冒険者ハンターズギルド
こちらの酒場は活気があり、これから出発する冒険者たちで溢れかえっていた

リケはテーブルにサラダとハムエッグをつまみながら懐中時計を眺めていた
しばらくして、ふとテーブルが陰った
リケは影の主を見上げた

「ナマひとつ」
二メートル近くある黒髪黒目の大男――市松桃次郎

リケはため息をついた
リケ「朝一の、オマケに仕事前ですよ」
トウジロウはニヤリと笑った
トウジロウ「酒場来て呑まんでどないすんねん」
リケは頬杖をついた
リケ「待ち合わせ場所が悪かったかしら」
トウジロウは店員からジョッキに並々と注がれたビールを受け取った
トウジロウ「何言うてんねん、最っ高の待ち合わせ場所やがな」

トウジロウはジョッキを一気に空にすると、椅子の背に肘をかけた
トウジロウ「で?ボク諜報とか初めてやねんけど〜」
リケ「今朝調べて来ました」
トウジロウはパチパチと手を叩いた
トウジロウ「お〜優秀や〜ん」
リケはニコリと笑った
リケ「おかげさまで昨日仕事が早く終わったからね」
トウジロウ「…」

トランプにおいて、
普段諜報軍クラブと他の3つの軍は共に仕事をすることがない
それはクラブが仕入れてきた情報をもとに、他の軍が捜査を行う、
というのがトランプのスタンスだからだ
当然、トウジロウとリケも副将軍エースとしての雑務以外で共に仕事をするのは初めてであった

そして、ここまでの一連の会話で、トウジロウは思った
トウジロウ(からかうのやめとこ)




リケ「まずハンターズここと裏ギルドで出回っている情報ですが、差分があるようです」
トウジロウ「差分?」
リケは頷いた
リケ「簡単に言えば、
   ハンターズでは、あくまで"こういう魔薬が出回っているらしいから気をつけろ"っていうレベル、
   裏ギルドでは"何処どこで誰々が"」
トウジロウ「より具体的な情報は裏ギルドいうわけか」
リケ「ええ、ただ…」
トウジロウ「何やねん」
リケは小声で話したいとトウジロウに顔を近づけた
トウジロウもまたリケに耳を近づけた

リケ「裏ギルドって大概店の場所を隠しているし、暗号とか…特別な入店方法があって」
トウジロウは背もたれに寄りかかった
トウジロウ「簡単や、そこいらのチンピラとっつかまえて聞き出したらええだけの話やわ。
      どうせクラブおまえらもそうやろ」
      
リケもまた背もたれに寄りかかった
リケ「話が早い」

トウジロウはニヤリと笑った
トウジロウ「そら事務処理もかさむわ」
リケ「そういうこと!だから、手荒なマネはほどほどに」

トウジロウは肩をすくめた
トウジロウ「むつかしいこと言いはるな」




リケは手を組みテーブルに寄りかかった
リケ「で、ここの裏ギルドで得た情報がギルティンの扱っている商品について」
トウジロウ「あん?魔薬やろ」
リケ「"免罪符"」
トウジロウの眉がピクリと動いた

リケ「一口飲めばこれまでの罪を免れ、天国へ行ける、楽園への切符…そう謳っているらしい」
トウジロウはタバコに火をつけた
トウジロウ「ほざいとる」
リケ「多いのよ、世の中には。藁にもすがりたい人たちが」
トウジロウはタバコをくわえながらニヤリと笑った
トウジロウ「ほな、キーワードは"免罪符"やな」

リケは地図を広げ、ナイム国の北部を差した
リケ「つい先日がマーフ国のキーテジだったから、(その北に位置する)ナイム国は超えてはないと思うんだけど」
トウジロウは頬杖をついて地図を覗き込んだ

ナイム国はマーフ国の北に位置してはいるものの、国土は北東方向に広がっている
トウジロウ「真っ直ぐ突っ切ってたらジャラル国に入るか入らんかくらいにはなってんで」
リケはナイム国の北に目を落とした
トウジロウはニヤリと笑った
トウジロウ「オレならそうすんなあ」

リケ(確かに…ギルティンの目的が本当に魔導師を語っての神使教への薬物テロだとすれば、
   巡礼のために世界中の神使教徒が集まるファンディアス国…つまり北に、一刻も早く進みたいはず)

トウジロウはため息をついた
トウジロウ「かといってほんまに真っ直ぐ突っ切るかはホシ次第やけどな」
リケ「そうですね、我々も2人だけですし、ではこうしましょう!」




リケはナイム国を指差した
リケ「ここから北の国々の北端の街で"免罪符"が出回っていないか確認していきます、
   そして"免罪符"の噂が途切れたラインで張り込みます」

"免罪符"の噂が途切れたラインつまりまだギルティンの息がかかっていない位置を特定する。
そこからギルティンがムー大陸の西部を行くか、東部を行くか、はたまた中央部を行くかの判断材料とし、
追い詰めてゆく、
それがリケの作戦であった

リケ「どうかしら?」
トウジロウはうなだれた
トウジロウ「面倒くさ〜…」
リケ「諜報って地道なの」
トウジロウ「ジミチやのぅてジミやがな」

リケ「文句がなければこれで行きます、
   では大ざっぱにムー大陸の右半分が私で左半分がトウジロウさん、いいですね?」
トウジロウはタバコを灰皿に押し付けた
トウジロウ「しゃーない、文句なしや。その作戦乗ったる」

リケ「では出発しましょうか」




―――  N.B-Chase(In the morning!) ―――





2010.6.5 KurimCoroque(栗ムコロッケ)