14.2.Ready! back


対魔導師犯罪警察組織「トランプ」

隊員の平均年齢は30代。

非常に若い。

なぜなら魔導師の仕事の中で、
死と隣り合わせの最も危険な仕事であり、
結婚や親の介護等を機に、
より安全な仕事へと転職してゆくのが一般的だからだ。



トランプ本部 対魔導師犯罪第二軍ハート副将軍エース執務室。


ライトブラウンの癖っ毛、
黒ぶち眼鏡からのぞくブラウンの瞳

これをもっとやぼったくもっさりした感じが本物のウランド。癖っ毛はマウスでは限界…

ハートのエース ウランド・ヴァン・ウィンクルは
デスクの引き出しから封筒を取り出すと、
制服のポケットに丁寧にしまった。

同時にドアをノックする音が執務室に響いた。

「エース、キングがお呼びです。」



ハートの将軍キング執務室。

ウランド「…お呼びですか」

独特のボソボソとした低い声。

カグヤは待ちかねたと言わんばかりにウランドを見据えた。

ウランドはいやな予感がした。

ウランド「…ご用件の前にちょっとお話いいですかね」

カグヤは背もたれに寄り掛かった。

カグヤ「よかろう」

ウランドはそっとカグヤのデスクに封筒を差し出した。

その封筒にはある単語が書かれていた。

――辞表――

ウランドはつい先日、学生時代からの恋人と婚約したばかりであった。

ウランド「…すいませんけど、辞め」

カグヤ「今は無理だ。許可できん」

カグヤは間髪開けずにピシャリと言い放った。

これで何度目だろう。

辞表を出そうとするたび、タイミング悪く案件がどさどさと舞い込んでくる。

ウランドは頭をポリポリと書きながら封筒をしまった。

カグヤ「…毎度すまん。
    だが、お前の力が必要なのだ。」

ウランド「…ま、エース選定や引き継ぎにも時間や稼働はかかりますしね…」


とは言いつつ、彼女の怒り顔が目に浮かぶ。

帰宅は遅いし休みも不定期、以前より彼女からは別の仕事に変えるよう耳にタコができるほど言われてきた。

帰りにケーキでも買って、機嫌でもとるか。

ケーキ屋があいている時間に帰れるだろうか。


ウランドがアレコレ考えていると、ドアをノックする音が響いた。

「失礼しまーっす!
 おお!なんかキレイだな!この執務室!」

対魔導師犯罪第一軍スペードのキング リー・シェン

落ち着いた雰囲気だった執務室が一気に騒がしくなった。

ウランド「…?」



カグヤ「実は、W・B・アライランスの件で、
    悪魔"ノッシュナイド"が絡んでいる可能性が出てきてな」

ウランド「…キツイことさらりと言いますね」

カグヤは「事実だ、仕方ない」と一言付け足し、続けた。

カグヤ「"グランドセブン"召集の任にスペードのキングがつくこととなった。」

ウランドはシェンを見た。

ウランド「…ご愁傷様です」

シェンは肩をすくめた。

シェン「キツイこと言うね。事実だけど。」

ウランドは溜息をついた。

ウランド「つまり、スペードの案件をウチが引き継ぐということですか」

カグヤ「そういうことだ。
    そのためにスペードのキングにお越しいただいた。
    これから行うのはその引き継ぎだ。
    A会議室で行う。」

カグヤの声は、
普段聞きなれたウランドにしかわからないほど、
ごくごくわずかだが、震えていた。

シェンはデスクに手をかけた。

シェン「そんなかしこまんなくたっていいよ、
    ここでちゃちゃっと概要説明して、
    あとは資料見てくれたら。
    わかんないことがあったら聞いてくれりゃ答えるし。」

カグヤは表情を変えなかった。

カグヤ「…そうか」



シェンからの各案件の説明の最中、
ウランドは外を見たり、椅子の背もたれや机のヘリに寄り掛かったり、足を組んだり、
とにかく態度が、上司たちの前であるにもかからわず"失礼"であった。

そう、この男、まったくといって落ち着きがないのである。

今でこそ2人のキングはなれたものだが、
当初はジョーカーや、他のキングからかなり注意されており、
結局いつまでたっても治らないため、
周囲はあきらめた始末。

だが落ち着きはないが、話はきちんと聞いている。

それが態度として表れないのが問題なだけ。

いや、それが問題なのだが。


シェンからの説明が終わり、
シェンはカグヤの前に数枚の書類を差し出した。

案件移譲書――案件の引き継ぎの際にジョーカーへ提出するもの――

書類にはすでにシェンのサインがあった。

シェン「あとはお前がサインしてくれたら提出はこっちでやっとくから。」

カグヤは「ああ」と相槌を打つと、
万年筆を取り出し、書類に手をかけた。

その時、
シェンはカグヤの手からスルリと万年筆を取り上げ、
クルリと上下の向きを変えると
再びカグヤの指の隙間に戻した。

シェン「ペン逆。
    だいぶ疲れてんな。ちゃんと休みとってんのか?」

シェンはコツンと手の甲をカグヤの頭に当てた。

ウランドはカグヤの顔が真っ赤になるのがわかった。

それは、ペンの向きを正されたためではないことも。

ウランドはデスクに手をかけ、書類をチラリとのぞき込み、シェンを見た。

ウランド「…スペードのキング、
     書類が一部足りてないようですが」

シェンは「あれ?」と頬を掻くと、デスクの上の書類を確認した。

シェン「あー!ホントだ!ごめん!すぐ取ってくる!」

シェンは「お疲れなのはオレのほうだな」と屈託なく笑った。

ウランドはシェンを呼びとめた。

ウランド「受け取りにご一緒します。
     書類はこちらで提出しときますから」

シェンは「サンキュー」とニカリと笑った。

シェンとウランドが退室し、一人残されたカグヤは盛大に溜息をつき、顔を覆った。

カグヤ(…ば、ばれてないよな…)




スペードのキングの執務室まで行き、
移譲書を受け取り、
その去り際、
ウランドはシェンを振り返った。

シェン「ん?オレまた何かやらかした?」

ウランド「…ええ」

シェンは「え!何々!?」と慌ててウランドに駆け寄った。

ウランドは表情を変えず、淡々と言い放った。

ウランド「あなたの優しさは人を傷つける。
     もう少し周りを見たほうがいいと思いますよ。」

シェン「???」

シェンはきょとんとしていた。

ウランド「…あとはご自分でお考えを」

ウランドはそのまま執務室を後にした。

移譲書をピラピラと波打たせ、
ある一つのことに考えを巡らせながら、ハートのキングの執務室に歩を進めた。


ウランド「さて、どの案件から潰そうか」




―――  A.(Ready!) ―――





2010.5.8 KurimCoroque(栗ムコロッケ)