13.3.晩安 back


人影の一つもない山奥の岩場。

灰色の重たい雲。

ツンと肌をさす冷たい空気。

スナイドは辺りを見回し、白い息を吐いた。

スナイド「いいトコじゃん」

話しかけた相手に反応はない。

スナイドは笑った。

スナイド「話す元気もなさそうね。」

スナイドの視線の先――ロロの吐く息は白くはなかった。

ガタガタと震え、両手をひざにつき、息も絶え絶え、
だが、
その目は射殺さんばかりにスナイドに向いていた。

スナイド「冥土の土産に何したか教えてあげる。」

ロロ「…」

スナイドは人差し指を唇にあてた。

スナイド「"グッドナイトキス"。
     口の中で魔法にする直前の精霊をためといて、一気に吹き込む。
     すると、相手の体内で魔法が引き起こされる。
     あ!あたし氷雪魔法使いなの。」

スナイドはすこし間を開け、続けた。

スナイド「…でも、吹き込む前に、アンタ自分から吸ったね。」

スナイドは「あれは何をしたの?」という視線を向けた。

ロロはニヤリと笑った。

ロロ「てめーにくれてやる冥土の土産はねえよ。」

スナイド「あっそ」

視界から、スナイドが消えた。



ロロは腰からカクンと体を曲げた。

直後、スナイドの細く長い脚が、
放たれた矢のようにロロをかすめた。

ロロは後ろを見上げた。

その先には蹴りを空振りしたスナイドの姿。

スナイド「甘いよ」

スナイドは空振りした勢いを利用して、くるりと体を宙で回すと、
その勢いでそのまま踵を振り落とした。

ドカッ!!

ロロの頭部めがけて落した踵は、ロロの腕の上で止まった。

ロロの腕はミシリと音を立てた。

ロロはそのまま立ち上がった。

スナイド「うお、お」

スナイドの片足はロロの腕に乗ったまま。

ロロはそのままスナイドと間合いを詰めた。

スナイドは後ろにバランスを崩しかけた。

スナイド「フン」

再び、スナイドが視界から消えた。

だが、今度はロロの腕の上にスナイドの足は乗ったまま。

ドスッ

次の瞬間、スナイドのもう片方の足が、真下からロロの顎に命中した。

後ろ宙返りの勢いにまかせた蹴りあげは、ロロを大きく後ろに吹き飛ばした。

スナイドはくるりと回って、着地した。

スナイド(完全に入った。もう起き上がれないな)

ロロは倒れたままピクリとも動かない。

スナイドはロロの元へ近寄った。



スナイド「…!?」

スナイドがロロの足元に差し掛かった瞬間、
ロロの両足がスナイドの足を挟み込み、
スナイドはそのまま引き倒された。

スナイドはすかさず起き上がり、
ロロから間合いを取るため後ろに飛んだ。

だが、間合いを詰めるために飛んだロロのほうが早かった。

ロロはスナイドの顔の前でにやりと笑った。

ロロ「ノロマ」

ロロの拳がミシリと音を立て、スナイドの腹部にめり込んだ。

スナイド「ガハッ!!」

スナイドはそのまま崩れ落ちた。

息が、できない。

ロロの拳は的確に急所に命中していた。

スナイド(この男…)



スナイドはロロをにらみつけた。

スナイド(油断した…
     "グッドナイトキス"受けて、こんなに動ける男、今までいやしなかったよ。
     こいつがAクラスの賞金首なんてありえない!)
     
ロロはニヤリとスナイドを見下した。

ロロ「おれのパラダイスは誰にも壊させねぇ」

ロロの狂った笑みを、スナイドはただ見つめた。

スナイド(大事なモンのために、
     精神が肉体を凌駕した。)

スナイドは「訂正」とつぶやいた。

スナイド「やっぱ、背ェ以外は似てる」

ロロ「辞世の句はソイツでいいな」

スナイドは溜息をついた。

スナイド「あーあ」


雪が舞い始めた。

…普通に書けばよかった。。。スナイドイメージ画




その日、トランプに衝撃が走った。

「スナイド元中佐がやられた!」

「Aクラスの賞金首だぜ!?
 ありえねぇ!」

すぐさまキング、ジョーカーによるハイレベルミーティングが開催させた。

カグヤ「ハンターズがSクラスに引き上げるまで、待ってはいられない。」

リケ「確かに。あのスナイドさんが敵わないなんて、かなりの危険人物ですよ」

ジョーカー「トランプの案件対象とする声明を出しておこう。
      本件はハートに任せてよいな?」

カグヤ「はい」



リシュリュー「トウジロウ!」

日も落ちかけ、
だが、煌々と明かりのついた本部を背に、
財布一つでどこかに出かけようとするトウジロウを、
リシュリューは呼びとめた。

トウジロウは振り返らなかった。

リシュリュー「スナイドの件だけど…」

トウジロウ「アイツが自分で首突っ込んだ世界や。
      いつかこうなることくらい、アイツが一番わかっとったハズや」
      
リシュリュー「…飲みに行くの?付き合うわ」

トウジロウは背を向けたまま、手をヒラヒラと振った。

トウジロウ「一人で飲みたいねん」

リシュリューは去りゆくトウジロウの背中を、見えなくなるまで見つめていた。


リシュリュー「…スナイド…どうかあなたが最後に思い浮かんだのが、
       彼の姿でありませんように…」

リシュリューはポツリと「ごめんね」と付け足し、
仕事に戻った。


数日後、ジョーカーが出したトランプの声明にせかされるように、
ハンターズは情報の更新を行った。

――賞金首"イカれ帽子屋"ロロ・ウー ランク S1――




―――  黒い三日月(晩安) ―――





2010.4.17 KurimCoroque(栗ムコロッケ)