17.take to feeding back



パンゲア大陸 ヴァルハラ帝国
グラブ・ダブ・ドリッブ魔導師協会管轄地区 魔導師協会本部"バベルの塔"最上階広間

高い天井、
鏡のように磨きあげられた床、
開放的な大きい窓。

その窓から見える
穏やかな秋空、
小鳥が戯れ、
涼しいそよ風が遊び、
柔らかな陽光が注ぐ。

ロッキングチェアに揺られながらパイプを吹かせていたその老人の心中は、
そのような秋の空とは対照的なものであった。

ノックの音が響く。

ギィと大きな扉が開き、マリアの低く落ち着いた声が響いた。
マリア「お連れしました」

その直後、マリアの背後から豪快な笑い声が響いた。
「な〜にが"お連れした"じゃ!つい今の今までぜ〜んぜんそんな扱いしてなかったヤツが!」
マリアは口を尖らせた。
マリア「んもぅ!切り替えよ切り替え!大事でしょ!」
「100年早いわ!」
そう言うと、
笑い声の主トランプの総統ジョーカーゼレルはロッキングチェアに歩を進めた。

同時にロッキングチェアに揺られていた老人、魔導師協会会長オードも立ち上がった。

2人は互いに握手を交わし、会長は近くに用意された豪奢な椅子に総統を促した。


―――― take to feeding(まかれた餌) ――――


総統「いやあ、実に久しいの」
会長「最近忙しそうじゃあないか」
総統「まあな。…して、わしを呼び出した理由は?」

会長はパイプをふかせた。
会長「ひとつ相談があってのう」
会長の穏やかでない瞳に、総統は盛大にため息をついて背もたれに体を預けた。
総統「協会からの"相談"はどれも黒いことばかりじゃ」
会長は笑った。
会長「世の中白ばかりじゃあ無かろうて」
総統「たまには青や緑にしてほしいわい」

扉が再び開き、マリアが紅茶を運んできた。
紅茶を2人の間のテーブルに置くと、マリアはそのまま広間を出た。

会長「…カグヤとトウジロウは元気でやっておるか」
総統はズズと音を立てて紅茶をすすった。
総統「相変わらずじゃよ、
   まあ、シェンの力もあって個別ではだいぶ落ち着いてきてはおるがのぅ…
   ……」
総統は「それで?」という視線を投げかけた。

会長は再びパイプをふかせた。
会長「…察しはついておろう?」

総統もまた再び紅茶をすすった。今度は音を立てなかった。
総統「W・B・アライランスのジパング人の件か。」

会長はパイプの火を灰皿に落とした。
会長「深刻な国際問題じゃ、各国とようく話をせねばならん」
総統「そうすればよいだろう」
会長「…最悪戦争にもなりかねんぞ」
総統「ではなんじゃ、
   真実を隠蔽し、丸くおさまるよう報告をするのか?
   明るみに出ればそれこそ(魔導師協会)連盟国との信頼問題だ」
会長「明るみに出ないようにするのがトランプの仕事では?」

総統は頬を掻いた。
総統「耳が痛いのう」

しばしの沈黙。

総統「スペリアル・マスターたちの意見はまとまっておるのか」

会長は紅茶を啜った。
会長「順番が逆じゃのう、
   まずトランプと"意識を合わせ"、
   それから決定項をスペリアル・マスターたちに伝える」

総統は盛大にため息をついてヤレヤレというジェスチャーをとった。
総統「そんな上意下達は古いと思わんか?」
会長「若い者に責任を押し付けろと?そんな無責任な年寄りにはなりたくないのう」
会長は片方の眉を上げ、ジロリと総統を見た。

総統「若い若いと、甘やかしては育つもんも育たん、
   "若い者"の前に一人前の"魔導師"じゃ、
   責任を共有せずどうする。」
会長「…トランプはここ最近"その方針"を取り入れて"このザマ"ではないか。
   結果が出なければ無意味だ」

総統は笑いながら紅茶を口に含んだ。
総統「わしら年寄りがずっと先導できればよいが、
   残念だがわしらにも時間の限りがあろう?
   わしらがすべきは若い者に"伝える"こと、最近そう思うておる」
会長「…変わったのう」
総統「年を取れば誰しも変わるわい」

再びしばしの沈黙。

その間、会長は窓の外を舞う鳥達を見つめていた。

会長「マリア」

自分と総統の2人きりのその広間で、会長はマリアを呼んだ。
するとガチャリと扉が少し開き、気まずい顔をしたマリアが顔を覗かせた。
総統はニヤリと笑った。
総統「立ち聞きとは行儀の悪い」
マリアはふんぞり返った。
マリア「あら、私だけではなくってよ」

扉がさらに開いた。そこにはユディウスとガルフィン、そしてヤクトミ。

マリアはプププと含み笑いでガルフィンを見た。
マリア「盗み聞きだってよ」
ガルフィンはヤレヤレとため息をついた。
ガルフィン「俺はヤクトミと報告に来ただけだ」

その二人の間を神妙な面もちのユディウスが通り、
ツカツカと会長の元へ歩みよった。

ユディウス「会長、立ち聞きは大変失礼しました。
      ですが私は総統に賛成です。
      どうかお一人ですべて抱え込まないでください」
総統は会長を見ながら肩をすくめた。
会長はゆっくりと紅茶を啜った。

会長「…ちょうどお前たちのことを考えていたところじゃ」
ユディウス「我々を?」
マリア、ガルフィン、ヤクトミも会長の元に歩を進めた。
会長「年甲斐もなく、このかつてない事態に熱くなりすぎておったようじゃな」
ニカッと笑うそのいたずらっぽい笑みに、一同は自然と安堵の笑みがこぼれた。




        



ムー大陸 ナイム国 とある街

夜も更け街全体が寝静まった中を、音もなく蠢く黒い影。
街でそこそこの地位にある屋敷の高い塀を軽々とよじ登り、スルリと屋敷の中へ消えた。

しばらくして、再び塀の上に現れたその黒い影は
塀から降りて着地する際、僅かにチャリンと金属がぶつかる音を立てた。

「見つけた」

ぐるりと声のほうへ振り返った影は軽やかなステップで後ろへ二歩、三歩と下がると宵風のように駆け出した。

音もなく街を駆け抜けるその影は、静かなままの背後を振り返った。

「待ってってば!」

すぐ斜め後ろには先ほどの声の主。
暗くてハッキリと姿は見えないが、甲高い少女の声だった。

影はカクンと方向を変え、路地に入った。
少女も同じく影を追う。
いくつか角を曲がったところで少女はハタと足を止めた。

今の今まで前を走っていた影の姿がない。

少女はキョロキョロと辺りを見回した。
すると突然背後から腕を捻り上げられ、口を押さえられた。

「賞金稼ぎか?」
影は少女の耳元でボソボソと囁くように問いかけた。

少女は慌てて訂正するように首を激しく横に振った。

「騒いだら殺す」
そう言うと、影はゆっくりと少女の口から手を離した。

少女の第一声。
「腕も離してよ」

影は少女を無視して続けた。
「目的は」

目的はと聞かれ、少女の顔色が変わった。
「…あなたは怪盗"モスキート"ね?」
影は黙ったまま答えない。
「お願いがあるの!」
「…お願い?」

てっきり少女が自分を追ってきた賞金稼ぎだと思い込んでいた影は、
少女の思わぬ発言に一瞬手が緩んだ。

その一瞬を少女は逃さなかった。
スルリと影から抜け出すと、ペタンと両手と額を地面につけた。

「私を弟子にして!!」

「はぁ!?」
影は素っ頓狂な声を上げた。



        
        
        
        
――ボロボロの安宿の一室

「先輩、何ターゲット以外のものまで取ってきてんスか」
ふわふわのセミロングをポニーテールに結んだタンクトップとホットパンツの若い女は、
簡易なベッドの上にちょこんと座る少女に目をやりながら、
部屋のドアの前で黒装束から着替えている男に話しかけた。

男はこたえた。
「盗ったモンじゃねえよ、俺ぁいらねぇ」
女は頬を膨らませた。
「じゃあなんで連れてきたんですかあ」
「それも違ぇよ、勝手についてきただけだ」

女は今度は少女を見た。
女「なんで勝手についてきたんスかぁ!」
少女「あたしを弟子にしてほしいの」
少女は間髪入れず答えた。
女「は?弟子ィ!?なんでっスか!?」
少女「お金持ちの持て余してるお金をお金に困っている人にあげたいの」
女「はぁ〜〜〜!?アナタ何様っスかあ!」
少女はムッとした。
少女「別に何様でもないわっ!
   お金持ちが嫌いなだけ、お金の無さで人生決まるのが嫌なだけ」

男「誰もお前が盗みを働いてゲットした黒い金なんざ、貰ったところで喜ばねぇよ」
そういうと男はタオルを首にかけシャワールームに向かった。

少女は立ち上がった。
少女「本当にお金に困ってる人は!」

シャワールームのドアに手をかけた男はその手を止め、少女を見た。

少女「…何色のお金でも関係ない…!!」

男「お前、名前は?」

少女「ラプリィ」

男はニッと笑いながらシャワールームへ入っていった。

少女「…」
女はしょぼくれた声で口を開いた。
女「先輩はヘズ、あたしはエテルって言うっス…」
ラプリィ「よろしくね!エテル!…あと、ヘズ!」
エテル「弟子なんだから師匠って呼ぶっス!
    あと後輩なんだからエテルのことは先輩って呼ぶっス!」


数日後――
ラプリィ「先輩」
ヘズ「あ?」
ラプリィ「あ、いや、エテル先輩…」
エテル「先輩〜!ラプリィにとっては師匠なんだからラプリィが先輩を呼ぶときは"先輩"じゃなくて"師匠"…」
ヘズは手にしていたタオルをボスリとエテルに投げつけた。
ヘズ「紛らわしいんだよボケナス!」
エテル「なっ"ナス"まで言うことないじゃないスかぁ〜」

ヘズはエテルを見ながら顎でラプリィを指した。
エテル「あっ!そうだ、何か用っスか!後輩!」
ラプリィ「ここ数日ヘズ…じゃなくて"師匠"は金持ちの屋敷の下見とか行ってますけど先輩は何係なんですか?」

エテル「世話係っス」
ラプリィはキョトンとした。

エテルは体をクネクネと、嬉しそうに語った。
エテル「ご飯作ったりぃ、お洗濯したりぃ、
    後輩っていうかもう妻…きゃ〜〜言っちゃったっス〜〜!」
ヘズ「主に緊急時の逃走経路確保とか、サポート係だ」
エテルはヘズをジトリと見た。
ヘズ「今日は活躍してもらうぞ…多分」
エテル「お?」
ラプリィ「!」

ヘズは簡素なテーブルにメモ用紙を広げた。

ヘズはラプリィを見た。
ラプリィは反射的にドキリとした。

ヘズ「ここ数日、俺と一緒に何軒か下見したな。
   俺は次にどれを狙うと思う?」

ラプリィは数日間の記憶を辿った。
ラプリィ「三件目くらいの一番大きなとこ」

ヘズ「それはお前が行きたいとこだろが」
ラプリィはペシリと脳天からタオルで叩かれた。

ラプリィ(痛くないし…)
    「じゃあ、7件目に見た一番ショボいとこ」

再びラプリィの脳天にタオルが降ってきた。
ヘズ「それはお前がチョロいと思ってるとこ」

ラプリィ「???」

ヘズはニッと笑うとペン先をラプリィに向けた。
ヘズ「お前が思うってこたぁ他のヤツらもおんなじこと思ってんだよ」
ラプリィ「…なるほど」

ヘズは頬杖をつき窓をみた。
ヘズ「少数派マイノリティにはスキがある、
   "自分は注目されてないから大丈夫だ"ってな」

ヘズはカツンとペンでテーブルを突いた。
ヘズ「そこを突く」

ラプリィは口を尖らせた。
ラプリィ「案外地味っスね」
エテルがラプリィの両頬をムニと摘み、引っ張った。
ラプリィ「いたたた!」

ヘズ「…気づかない間に、
   盗られたことにすら気づかないような持て余しモンをちょうだいする、
   相手は気づかない、俺らは金が入る、ハッピーエンドだよ」

ラプリィは不服そうに眉根を寄せた。
ラプリィ「…金持ちもハッピーなままなの…?」
ヘズは笑った。
ヘズ「…まァ、お前は俺から技盗んだら好きなポリシーの盗人になったらいいさ、
   さあ、…作戦説明するぞ」





        




その夜――

街でも中堅の富豪の館。

そこから音もなく出てくる2つの影。

館から距離を取った路地裏。
ヘズ「よし、口開いていいぞ。
   獣人だけあってなかなかスジがいいな」
ラプリィ「…」
ラプリィはゴソリと懐にしまわれた豪奢な宝石の散りばめられたネックレスを撫でた。

ドキドキと体が飛び跳ねるような鼓動。

ラプリィ「…ヘズは、初めて"仕事"をしたとき、どんな気持ちだった?」
ヘズは記憶を絞り出すように顔をしかめ、顎に手を当てた。
ヘズ「やっぱちょっと罪悪感はあったかなァ、…"でも仕方ない"」
ラプリィ「そっか…」
ヘズ「お前は?」

ラプリィはネックレスに当てていた手のひらに目を落とした。
ラプリィ「…"してやった"、それだけ。…変かな…」
ヘズは鼻を掻いた。
ヘズ「人それぞれだろ」
ラプリィは無意識に笑みがこぼれた。

表通りが騒がしい。

ラプリィはドキリとした。
ヘズ「…先方サン、"お気づき"になったようで」
ラプリィは慌てふためいた。
ヘズ「慌てんな。落ち着けなくなったら負けだ。」
ラプリィ「お、落ち着くったって…」

どうしよう、どうしよう、捕まりたくない。
ラプリィは短剣に手が伸びた。

その手をヘズが掴んだ。
ヘズ「相手を傷つけても負けだ」
ラプリィ「だって!」
ヘズ「テメェの心に一生モンの傷を負うことになんぞ」

相手じゃなくて?
ラプリィにはヘズの言葉の意味が分からなかった。

ヘズの誘導で追っ手に感づかれることなく街の出入り口までたどり着いた。

ラプリィ「エテルはどうするの…!?」
ヘズはニヤリと笑って顎で出入り口近くに止まる荷馬車を指した。

荷馬車の操縦士はマントのフードを目深に被った陰気な老人。

ラプリィ(この人も仲間?)

積み荷に紛れようと老人の横を通り過ぎる時、その老人と目があった。
「"エテル"じゃなくて"先輩"だって何回言ったらわかるっスか」

ラプリィはキョトンとした。
老人の口から出てきた声は紛れもなく若い女性――エテルの声だった。

ヘズは早くしろとラプリィの首根っこをひっつかんで荷台へ乗り込んだ。
馬車が動き出した。


        



ヘズは笑った。
ヘズ「エテルは変装の達人なんだ」
ラプリィ「ま、魔法!?」
ヘズは笑いをこらえた。
ヘズ「化粧だ化粧」
ラプリィ(お化粧…したことないからわかんないけど、ああいうこともできるんだ…)
ラプリィにはいまいち凄さがわからなかった。

馬車が止まった。
外で声がする。
ヘズは人差し指を立て、ラプリィを引き寄せた。
ラプリィ(わ、わ、わ!)


――こんな時間に出発か?今し方泥棒が現れてな…

――泥棒はよく知らないですが、積み荷は朝までに隣町まで運ばないといけないんです…―――


服越しに伝わるヘズの体温。
暖かい、というより熱い、それでいて、自分と同じくらいドキドキしている。
ラプリィはヘズの顔を見ることがなかった。

馬車は再び動きだした。

ヘズはため息をついてラプリィから手を離した。
ヘズ「"盗む"だけで満足したらそこから油断につながる。逃げ切るまでが"仕事"な」
ラプリィはそっぽを向きながら何度も頷いた。

やがて日が昇り、小鳥が囀り始めた。

エテル「ラプリィは?」
ヘズ「寝ちまいやがったよ、このまま"母ちゃん"とこに戻る」
エテル「了〜解っス!」

荷馬車の揺れは心地よく、ラプリィは荷馬車が止まるまで目を覚まさなかった。

ラプリィが次に目を覚ますと目の前にはエテルの顔。
ラプリィはそこで初めて自分が寝ていたことに気が付いた。
エテル「やっと起きたっスか!ついたっスよ」
ラプリィ「ついた?」

エテルは両腕を広げた。
エテル「私と先輩の愛の巣♡」

"孤児院デザートハウス"

そう書かれた看板を見、辺りを見回し、
ラプリィはここが山奥か森の奥であることを理解した。

ラプリィ「…愛の巣?」
看板の奥には天井の高い洞穴。
中には明かりが灯っているのが見える。
ラプリィ「ああ、あの中がそうなわけね。」

すると、洞穴の奥からヘズが現れた。
ヘズ「ラプリィ、起きたか」
ヘズにしては珍しく嬉しそうな笑顔。
ラプリィは心臓が飛び跳ねるかと思った。
ラプリィ(な、何何何!?)
ヘズ「来な、母ちゃんがお前に会いたいってさ!」
ラプリィ(おおおお母さん!?ヘズの!?)

洞穴の奥の広間。

大きなソファに溢れんばかりの贅肉、
ギラギラギトギトのメイク、
豪奢なアクセサリーに
決して趣味がよいと言えないハデな服、
どっしり構えるその女の第一印象は"トド"だった。

母ちゃん「あんたがラプリィかい」
ラプリィはおずおずと頷いた。
"母ちゃん"はジロジロとラプリィの頭から爪先まで舐めるように見た。
ラプリィ(なに!?)
"母ちゃん"はニコリと笑った。
母ちゃん「ようこそ"デザートハウス"へ!ゆっくりしておいで」
ラプリィ「はぁ…」

母ちゃん「ヘズ」
ヘズは盗品の入った麻袋を"母ちゃん"に渡した。
"母ちゃん"は歓声をあげた。
ヘズは鼻を掻いた。
ヘズ「これで少しは薬代の足しになればいいけど」
"母ちゃん"は気色の悪い満面の笑みでヘズを抱きしめた。
母ちゃん「ありがとう、ヘズ」

ラプリィ(薬代の足し?)
今度はラプリィが"母ちゃん"の頭から爪先までジロジロと見た。
ラプリィ(あんなに豪華な感じなのに…それでもなかなか買えないほど高価な薬なの?)

母ちゃん「それはそうと、お前また懸賞金上がったねぇ」
ヘズ「そうなんだよ、盗みのほとんどはバレてねぇハズなんだけど…おかしいんだよな」
"母ちゃん"はヘズの頭を撫でた。
母ちゃん「…気をつけるんだよ」
ヘズ「心配すんなって、母ちゃんの病気が治るまでは捕まんねぇよ」


エテル「私と先輩は孤児だったっス」

洞穴の外、木々の間から差す、心地よい日の光。
その中をエテルとラプリィは薪を集めていた。

ラプリィ「孤児…」
エテル「母ちゃんは拾ってここまで育ててくれた、恩人っス。
    なかなかいないっスよ、このご時世、なんのメリットもないのに」
ラプリィ「…」
薪を拾って、重ねる音が大きく聞こえた。

その夜、ラプリィはなかなか寝付けず、
部屋から出たのはよいが、入り組んだ洞穴の中で道に迷ってしまった。
ヒタヒタと洞穴を進むと、こんな時間だというのにドアから光が漏れている部屋があった。
ドアは完全に閉まっていたが、下から中の様子が窺えそうだった。
ラプリィは単なる好奇心から中の様子を覗いた。

ドアの向こう見えたのは
豪奢な椅子に腰掛け、豪奢なテーブルの上につまれた札束をニヤニヤと数える"母ちゃん"。

ラプリィ(お金…あるじゃん)

その時、ツンと後頭部をつつかれ、ラプリィは顔を上げた。

目の前にはヘズ。

思わず声を上げかけたラプリィの口をつまみ、ヘズは人差し指を立てた。




        



暗い森の濃い緑の香り。
洞穴の入り口まで連れてこられて、ラプリィは開口一番にこう言った。
ラプリィ「知ってたの?」
ヘズ「まぁな」
ラプリィ「…わけわかんない」
ヘズは地べたに腰掛けた。

ヘズ「お前、家族は?」
ラプリィ「…いるけど…」
ラプリィもヘズの隣に腰掛けた。
ヘズ「家族が、悲しんだり、悔しんだり、苦しんだりしたら嫌だろ?」
ラプリィ「…まあ、…でもそれとこれとは」
ヘズ「変わんねぇさ」

ヘズは指を組んだ。
ヘズ「あの人にはいつまでも喜んでいてほしい、そういうもんだろ」
ラプリィは「何か違う」とヘズの言葉が引っかかったが、その"何か"が何なのかがわからなかった。

ラプリィ「…怪盗"モスキート"はもっと自由な人だと思ってたわ」
ヘズは天井を見上げた。
ヘズ「"自由"はここに拾われる前に十二分に味わった。」

ラプリィは「意味が分からない」とヘズを見た。

ヘズはデザートハウスに来る前のことを思い出し、鼻を掻いた。
自分を守るものなど何もない、
話す相手もない、
周りはすべて子どもである弱い自分から"搾取"する者ばかり。

ヘズ「誰かがいる"安心感"、"安定感"、俺にとっては何にも代えらんねぇ」
ラプリィは下を向いた。
ラプリィ「やっぱよくわかんない」
ヘズ「ま、要は俺もエテルも満足してるっつーことだ」

暫しの沈黙。

ヘズ「…そろそろ寝ねえと明日起きれねぇぞ。明日はまた"仕事"だ」

ラプリィ「…私、ここ出るね」
ラプリィは思いがけず声が震え、自分でも驚いた。

ヘズは「そうか」とラプリィの頭をポンポンと撫でた。
ヘズ「途中まで送ってやるから、ちゃんと朝起きろよ」


ラプリィは自分がなぜあのようなことを言ったのか、自分自身わからなかった。

何かと構ってくれるエテルといると楽しい。

"仕事"ももっとちゃんと勉強したい。

何より、ヘズと離れたくない。

家族と別れたときの気持ちとは違っていた。

だが、このままここにいてはいけない。なぜだかそう思った。

ラプリィ(…そうだよ、フィードさんとエオルさんに会いにいかなくっちゃいけないんだよ、…だからだよ…)

部屋に戻るとエテルがベッドに腰掛けていた。
ラプリィ「あ、ごめん、起こしちゃった?」
エテルは俯いたまま黙っている。
ラプリィ「エテル…?」
エテル「…見ちゃったっス」

ラプリィはギクリとした、"何に"かはわからなかったが。
エテル「こんな夜中に」
ラプリィ「えっとね!トイレ行こうとしたら迷っちゃっ」

エテルはボロボロと泣き出した。
エテル「ヘズ先輩といるとこ!」

ラプリィ「え…」
エテルはか細い声を上げて泣き出した。
エテル「エテルから先輩をとらないでほしいっスぅ」

ラプリィはエテルの隣に座り、おずおずとぶっきらぼうに頭を撫でた。
ラプリィ「…大丈夫だよ、エテル」


夜が明け、泣きつかれて熟睡したエテルとは対象的に、結局ラプリィは寝付くことができなかった。

迎えた朝はなぜだか心にぽっかりと穴が空いたようだった。




        



馬車に揺られ森を抜け、数時間。
視界が開け、広い道へ出た。

ナイム国国境付近。

ラプリィ「ここへんでいい」
エテル「み、道のど真ん中っスよ!?」
ラプリィは微笑んだ。
ラプリィ「いいよ」

荷台からでると、ヘズは遠くを指差した。
ヘズ「…ここを行けばポホヨラ街道にぶつかる。そうすりゃどこへとも行けらぁ」

ラプリィはヘズを見た。
ヘズ「なんだよ」
ラプリィ「…」

そっと、手をのばし、ヘズの手を両手でギュッと握った。
握ったのはいいがヘズの顔をみることはできなかった。
エテル「ちぇ、しょうがないからそのくらいは許してやるっス」

ラプリィ「…ありがとう、ヘズ」
ヘズ「まぁ、"ヘマ"すんなよ」
ラプリィは笑った。
ラプリィ「ヘズもね」





        



エオル「おっ!」
地図を眺めながら、声を上げたエオルに、フィードとよしのは同時に反応した。
エオルはピタリと歩みを止めた。
エオル「多分ここらへんが国境だ。」

よしのは辺りを見回した。
辺りは見通しのよい平原のど真ん中。

よしのはエオルを見上げた。
よしの「どのあたりですか」
エオル「ん〜…」
エオルは前方に目を凝らした。
エオル「あ、多分あの看板のとこだよ」

――ナイム国・ジャラル国 国境――

よしの「何と記してありますの?」
フィード「国境だとよ」
よしの「???」
よしのは左右を見回した。

エオル「あ、もしかして"線"を探してる?」
よしのは頷いた。
フィード「あ?線」
エオルは地図を指差した。
地図には確かに国と国の輪郭がはっきりと書かれている。

フィード「ウハハ!まーだ信じてんのかよ!線が引かれてるって!」
よしの「ええっ!?」
エオル「実際は看板こういうのとか、
    ヴィンディア山の時みたいに本当に何にもないところや、
    …まあ本当に実際線を引いてるところなんかもあって、それぞれだよ」
フィード「ま、今回はたまたま看板バージョンってだけさ」
よしの「そうでしたか」

よしのは看板の斜め横で身構えた。
エオル「えっ、何?」
よしの「せっかくですので、飛び越えます…!」
フィード「面白ぇ―!おっしゃあ!」
フィードは少し後ろに下がり、勢いよく走り出した。
そしてよしのの手を、エオルの腕を掴んだ。
フィード「せぇのお!」

なんという力のこもってなさ。。。

よしのは小さく拍手した。
よしの「わあ!飛び越えてしまいましたあ」
フィードは両拳を空に突き上げ吠えた。
フィード「おっしゃあ!」
エオル「…何このテンション」
――ジャラル国南部、ポホヨラ街道にて






        



人々が寝静まる真夜中。
豪邸からスルリと抜け出した黒い影。
今回は感づかれることなく"仕事"を終えた。

ヘズ(ラプリィあいつこういう仕事一人で大丈夫かなあ、…なんかガサツっぽいし)
そう思いつつ、ついつい思い出し笑い。

そうして豪邸の外壁を飛び越え着地したときだった。

「見つけた」

ヘズは後ろを振り返った。
暗くてよく見えないが、男のようだった。

ヘズ「…悪ぃけど、もう弟子は募集してねぇんで」

逃げようと、二歩、三歩後ろにステップを踏み、
男から十二分に距離をとったことを確認すると、
くるりと後ろに体の向きを変えた。

その時だった。

何かが鳩尾に当たる感覚。

そこでヘズの意識は途絶えた。



――デザートハウス
母ちゃん「おうおう、随分仕事が早いねぇ!」
そう言う"母ちゃん"の目の前には黒衣の男。

黒衣の男は布にくるまれたいくつかの札束を"母ちゃん"に投げ渡した。
"母ちゃん"は札束を確認すると、そのうちの一つを男に投げ渡した。

男「話が違うようだが?」
母ちゃん「なんだい、怪盗"モスキート"がどこに出るかって情報をやったのは誰だい?」
男「あんただな」
母ちゃん「だろう?あんたの賞金稼ぎとしての名を挙げてやったんだ、その報酬差し引いてソレだよ!」
"母ちゃん"は顎で男の手もとの一つの札束を指した。

男「そうか」

"母ちゃん"はシッシッと追い払うように手を払った。
母ちゃん「わかったんならとっとと消えな!」

男「ああ、わかった」

男は持っていた"長ドス"の柄に手をかけ、鞘から抜いた。
母ちゃん「ヒッ!ななな何だい何だい!」

男「…お前も見たことがあるぞ」

"母ちゃん"は男が何を言っているのかわからなかったが、
目の前の見たことのない刃物を前に、声が出なかった。

男「連続幼児誘拐犯"コトリ"」
母ちゃん「そんな何年も前の…」

賞金首になるまでは子どもを誘拐して売りさばいていた。
賞金首になってからは賞金稼ぎを恐れ森の奥に身を隠し、孤児を育てては女は売り、男は稼がせ生活していた。
男「お前をやればもっと"名を挙げてもらえる"な…まあ、俺は名には興味はないが」
母ちゃん「じゃっ、だったら、見逃しとくれよっ!こんな小物」

男「"入り用"でな」

男はニタリと笑った。
その目は明らかに"金が欲しいがため"である目ではなかった。
母ちゃん「けっ、けだもの!」
男は舌なめずりをした。







        



ハンターズギルドでここ最近話題になっていることがある。

先日の魔導師協会からの発表。

――魔導師犯罪組織W・B・アライランスがジパング人を人質に取って各所で犯罪を重ねている――

ジパング人を"人質"としたのは宗教対立抑止のための魔導師協会のせめてもの配慮であった。
W・B・アライランスをとらえた際に共犯であるというジパング人から共犯であることを自白させるシナリオを描いていた。

「魔導師による犯罪」
しかも「対立している神使教の象徴であるジパング人を巻き込んでいる」、
そのニュースは全世界に衝撃を与えた。

魔導師協会は各国の代表からの審問を現在継続的である。


とあるハンターズの店長がぼそりと呟いた。
「これで"W・B・アライランス"も一気に"大悪党"の仲間入りだな」

――W・B・アライランスのメンバー
"火葬屋"フィード
"堕ちた天才"エオル

それぞれS1ランクの賞金首とされた手配書が各国へ配られた。
当然、そのハンターズギルドでも新しい大物賞金首として目立つところに掲示された。

店長が掲示板を眺めていると、
ドサリ、と重い荷物が置かれる音。

見るとカウンターに大きな麻袋。

店長は麻袋を置いた本人を見た。

そこにはつい昨日一昨日くらいに怪盗"モスキート"の懸賞金を得た黒衣の男。

店長は顔をしかめた。それには理由があった。
店長「まぁたあんたか」
店長は麻袋の中を確認した。
店長「う゛っ」
反射的に袋を閉じた。

店長「あんたまたこんなスプラッタに…これじゃ誰かわかんないでしょ」
黒衣の男は無数に手配書が張られた掲示板から、
かなりの枚数に埋もれていた古ぼけた手配書を剥がすと、店長に差し出した。

店長「連続幼児誘拐犯"コトリ"…」
店長は「仕事だから仕方がない」ともう一度麻袋の中身を確認した。
店長「確かに」
店長は数十枚の紙幣をカウンターに置いた。
黒衣の男はそれを受け取るとツカツカと出口へ向かった。

掲示板の正面にさしかかった時、ふと、目の端に映った真新しい手配書に足を止めた。

"魔導師犯罪組織W・B・アライランス"
"ランクS1"
"捕獲分類 D・O・A(生死問わず)"

黒衣の男はニタリと笑い、舌なめずりした。

黒衣の男が去った後、やりとりを見ていた数人の冒険者が店長の元に集まった。
「だいぶヤバイ雰囲気のヤツだな」
「何者だい」

店長は下っ端の店員に麻袋を渡しながらため息をついた。
店長「…"狂犬"」

「え?」

店長「"狂犬"ハイジ、頭のイカれた賞金稼ぎとして有名だ」


そのやり取りを隅で聞いていたベテランの賞金稼ぎは軽蔑を込めて鼻で笑った。
「ヤツが"賞金稼ぎ"?
 "ただの殺人鬼"の間違いだろ」

「あいつにターゲットにされたら終わりだな」

ベテラン賞金稼ぎはW・B・アライランスの手配書を一瞥し、煙草をふかした。





        
        
        
KT … カイセツ(K)とツッコミ(T)
      またの名を
      カユイ(K)ところにテ(T)がとどく


      
       
p.1    トランプは正確には魔導師協会の機関の一つです。
    ただし、捜査内容の外部公開義務など対外業務色が強いため、
    魔導師協会直属というよりは1個の独立した魔導師協会との協力機関という色合いが強いです。
    普段の捜査内容はトランプが独自で各国へ報告などを行いますが、
    今回のジパング人人質事件に関しては深刻な国際問題、宗教問題に発展する可能性もあるとのことで、
    魔導師の代表機関として魔導師協会が出る必要がある事柄なのかなという…
    
    「明るみに出ないようにするのがトランプの仕事では?」
    さっさと解決しろ!という意味です。
       

p.2    "影"は足の速さにかなりの自信があります。
    ただ、"少女"は獣人なので人間より身体能力も上なわけで、
    当然足も断然速いのです。

       
p.3    この数日の間にラプリィはちょっと体も鍛える努力もしたりしてます。
       

p.4    短剣に手が伸びた。
    この短剣はヤクトミに買ってもらったやつです。


p.5    荷物も確かめず怪しげな馬車を通すって(笑)
       
       
p.6    ギラギラギトギトのメイク
       とりあえず濃い化粧ってことを表現したかった。
       濃い化粧がギトギトなのかは謎。作者のイメージ。
       
       「ヘズ先輩といるとこ!」
       以前この話には色気が足りないとどこかで書いた気がしますが(小説家になろうかな?)
       こんな少女漫画みたいな展開…(笑)
       まあラプリィ(女)視点だから仕方ないか。。
       ラプリィにはいろいろ経験を経て大人の素敵な女性になってほしいと思います。


p.9    話が違う
       怪盗モスキートの賞金は山分けのはずでした。
       
       孤児を育てては女は売り、男は稼がせ生活していた
       "母ちゃん"はいずれエテルも売り払うつもりでした。
       
       ちなみにラプリィが怪盗モスキートの居所をつかめたのも、
       ヘズの懸賞金を得るために賞金稼ぎたちの間に"母ちゃん"が流した出没情報のウワサをゲットしたからです。
       
       
       さてさて、なんだかやっかいらしいヤツに目をつけられたっぽい一行。
       出くわさないことを祈るのみですが、、、
       今回の協会の声明で、裏社会のやつらも一行を放っておくことができなくなりそうです。
       
       
       2010.9.25 KurimCoroque(栗ムコロッケ)