16.stray from the path back
        
        
「わ〜!すごい!お屋敷ばっかり!」
ミルクティー色のベリーショートに黄緑色の瞳、猫の尻尾を生やした少女――ラプリィは辺りを物珍しそうに見回した。
「おい、あんましウロチョロすんじゃねぇよ」
ラプリィの後ろから両手をポケットに突っ込んで、白髪金目に狼の尻尾を生やした青年――ヤクトミ・ヴルナスは面倒くさそうに注意した。
ラプリィは顔を赤くした。
ラプリィ「べ、別にはしゃいでる訳じゃないんだから!」
ヤクトミ(十二分にはしゃいでんじゃねぇか)
ラプリィはそっぽを向いた。
ラプリィ「ふんだ、都会人のアンタには田舎者の気持ちなんてわかんないんでしょーけどっ」
ヤクトミ(なんでそうなんだよ…)

ヤクトミは重いため息をついた。





―――― stray from the path(若さゆえ) ――――





ムー大陸中部 ナイム国 南部の街エリドゥ。
緑あふれるヴィンディア連峰"乗り越えた先の絶望オーバーザホロウ"の麓にある別荘地――

ラプリィ「ここにフィードさん達、いるかなあ」
ヤクトミ「さあな」
ヤクトミは何かを探すようにキョロキョロしていた。
ラプリィは笑った。
ラプリィ「なあに、やっぱりあんたも物珍しいわけ?」
ヤクトミ「どっかの田舎者と一緒にすんな」
ラプリィ「キー!」

この街で、ガルフィンと合流するはずだった、だが連絡はまだない。
山超え中に連絡をとった際に、シャンドラに関することだから一度戻るように言われた。
嫌な予感がした。

ヤクトミはこれまであえて聞こうとしなかったことを、ラプリィに聞いた。
ヤクトミ「…なあ」
ラプリィ「なによ」
ヤクトミ「………シャン…フィードにあった時、アイツ様子どうだった?」
ラプリィはキョトンとした。
なにを今更、と思ったからだ。
だが、ヤクトミのいつになく神妙な面持ちに、ラプリィはいつものように突っかかるのをやめた。

ラプリィ「どんな様子って…病気とかはなさそうだったし、
     なんていうか、元気いっぱいでエネルギッシュな人だったよ」

ヤクトミは「やはり聞かなければよかった」と後悔した。

初対面のはずのラプリィにまで言われるくらい、"いつも通り"。
やっていることは、共にトランプを目指そうと誓い、競い合っていた頃からは到底考えられない反社会的行為。
ラプリィの回答はただ単にヤクトミの「なぜ?」という思いを一層深めるだけのものでしかなかった。

ラプリィ「何よ、それが普段の様子とは違うって?」
ヤクトミは首を横に振り、静かにため息を付くと、何処を見るというわけでもなく、ただ遠くを見つめた。
ヤクトミ「それが俺の知っているシャンドラ・スウェフィードだよ」

ラプリィはヤクトミを見上げた。
ラプリィ「…事情があるんだよ、悪い人には見えなかったもん」

ヤクトミは笑った。
ヤクトミ「そっか」

ラプリィは直感的にわかった。
ヤクトミのその笑みは、偽りだと。

ラプリィは見せ物屋でフィードたちに助けられたときのことを思い出した。

「どうせこいつらもほかの金持ち共と同じ」だと、
本当に何の下心なく助けてくれているなんて、なかなか思えず、突っぱねたっけ。

ラプリィはポツリと呟いた。
ラプリィ「人を信じるってすごくエネルギー使うよね」
ヤクトミ「?」
ラプリィ「だとしたら、信じ続けるって、すごくしんどいことなのかも」

ヤクトミは少しの間ラプリィの言葉を反芻した。
ラプリィの言わんとすることが汲み取れなく、かつ自分の中で何かに引っかかったためだ。

これまで、信じるだの信じ続けるだの、全く意識したことがなかった。

信頼が当たり前のものであったから。

だが、今、その当たり前であるはずのものが、辛い。

それはなぜか?

ヤクトミは立ち止まり、口を覆った。
ヤクトミ(なぜなら、…俺はまだシャンドラを信じ"たい"から、
     けど、アイツのやることなすことが、それをさせてくれない)

ヤクトミの心の奥底で引っかかった感情――それは"裏切られた"という気持ちからくる悲しさであった。

ヤクトミは固く目を瞑った。
ヤクトミ(バカなことを考えんな!…俺は、)

ラプリィ「ちょっと!どうしたのよ」
ラプリィの甲高い声がヤクトミの耳に入ったのはラプリィが4度目に声をかけた時だった。
それまでラプリィに袖を引っ張られていたことにすら気づかなかった。
ヤクトミ「ん、ああ、悪い」

わずかな沈黙。

ヤクトミ「そういや、この街でちょっと人と待ち合わせなんだ、
     今日はここで泊まりな。」
ラプリィはニヤリと笑った。
ラプリィ「待ち合わせ?」
ヤクトミはヤレヤレとため息をついた。
ヤクトミ「男だよ、魔導師養成学校アカデミーの先生。」
ラプリィはつまらなさそうに小石を蹴った。
ラプリィ「つまんないの!」
ヤクトミ「いいからとっとと宿探しちまうぞ!」
ラプリィ「へ〜い」




        


適当な宿を探し、ヤクトミは待ち合わせ相手と連絡を取るため宿に留まり、ラプリィは暇だからと尻尾を隠して街に出た。

1人で街を歩くのは久しぶりな気がした。
そういえば、買い出しや、散髪の時も、
いつもヤクトミがそばにいて、周囲の目から守ってくれていたっけ。

隠した尻尾が窮屈だった。

ラプリィ(…そういや、アイツは堂々と出してたな)

ヤクトミが尻尾を隠しているところなんて、むしろ滑稽だ。

ラプリィ(でも、それが出来るのは、アイツが魔導師だからよ)

ラプリィは俯いた。

ラプリィ(…"そのために"魔導師になったって言ってたよな…)
※ヤクトミはまだ魔導師ではなく、学生。

ラプリィ(アイツは自分で道を切り開いた。じゃあ、私は…?)

しばらくブラブラと歩いていると、人だかりが目に入った。
よく見ると、大きな屋敷の門の前で二人の保安官と数人のハデな格好の女性たちと一人の少女。
ラプリィ(モメ事かな?)
ラプリィの野次馬心に火がついた。

人の顔がハッキリわかる距離になると、少女が泣きじゃくっているのがわかった。
少女の格好はこの屋敷の娘だということがすぐにわかるものであった。
大方、大事なお宝でも盗人に盗られたのだろう。

ラプリィはいい気味だと思った。
ラプリィ(あたしみたいな身分の人たちをボロ雑巾みたく扱って、踏み台にして、蹴落として、手に入れた金でしょう?)

金持ちには檻の外側から笑われた記憶しかなかった。

金持ちの金は他人の人生の犠牲の上にあるんでしょう?

腐るほど持っているんでしょう?

だったらいいじゃない、ちょっとくらい、分けてくれたって。

世の中には貧乏で困ってる人がどれだけいると思ってんのよ。

人だかりを通り過ぎる際、会話の端で「猫が」という言葉が耳に入った。
人だかりとの距離が開いたところでラプリィは盛大に笑った。
ラプリィ「猫とか!」

猫は自由気ままな生き物よ。

どこかに散歩に出ているだけかもしれないじゃない。

それとも、"いなくなった"が"盗られた"とイコールになるような飼い方だったわけ?

飼い殺しよ、そんなの。

もし本当に盗られたっていうなら、あたしはその泥棒に拍手を贈るわ。


ラプリィの歩みが止まった。
ラプリィ「…泥棒…?」



「すまん、待たせたな」

宿の一階に併設されているレストラン。
ヤクトミの座るテーブルの前に現れたのは体格のいい犬男。
ヤクトミの担当教官であり、犬の獣人であるマスター・ガルフィン。

ヤクトミがイスから立ち上がろうとすると、ガルフィンは手のひらを向けて制止し、自身もイスに腰掛けた。
ガルフィン「いくつか伝えなければならないことがある。」
ヤクトミは背筋を伸ばして両手を膝に置き、拳を握った。
ヤクトミ「はい」
ガルフィンはヤクトミの視線を確認し、口を開いた。

ガルフィン「トランプがジパング人人質の件を認識した」
     「これより協会は国際対応に周り、W・B・アライランス捜索からは手を引く」

ヤクトミは固く目を閉じ、黙ってガルフィンの言葉に耳を傾けていた。

ガルフィン「…そういえば、件の獣人の女子はどうした」
ヤクトミ「え?」

ガルフィンは話題を変えた。
ヤクトミがあまりにだんまりだったためだ。
恐らく言葉が出てこないのだろう。
こういう時は、頭の回る話題で言葉を出やすくしてやるに限る。

ヤクトミはガルフィンと目を合わせなかった。
ヤクトミ「街をブラブラしてるはずですよ、腹空かしたら戻ってくると思います」
ガルフィンは店員から出されたコーヒーを一口啜った。
ガルフィン「腹空かしたら戻るって、どんな扱いをしているんだ…」

ヤクトミ「…ソイツ、シャンドラとエオル・ラーセンを追ってるんですよ」
思いがけぬヤクトミの言葉に、ガルフィンの手が一瞬止まった。
ガルフィン「接点があるのか?!」
ヤクトミは自分の手元を見つめていた。
ヤクトミ「見せ物小屋にいたらしいんですよ、
     アクロスザヌルで移動中にそこから助け出されたって言ってました」

ガルフィン「…」
ヤクトミ「先生」
ガルフィン「ん」
ヤクトミ「…アイツ、本当に変わってしまったんでしょうか」




        
        
        
        
ガルフィンはテーブルに寄りかかった。
ガルフィン「お前は、シャンドラを信じたいんだな」
ヤクトミ「…わかりません」
ガルフィン「お前が向けている信頼を、シャンドラは今、W・B・アライランスとして裏切っている」
ヤクトミ「…」
ガルフィン「…と思っている」
ヤクトミは苦笑した。
ヤクトミ「そうですね」

ガルフィン「不安はわかる。
      ユディウス先生も、俺も、みんなそうだからな。
      答えをもっているのはシャンドラだけだ」
ヤクトミはガルフィンの顔を見た。
ガルフィン「だが、…まあ、これはマリア先生の受け売りだが、
      信じるやつがいなくなったら、シャンドラは孤独になってしまう」

ヤクトミは笑った。
ヤクトミ「信じるったって現に、」
ガルフィン「今ヤツがやっていることを否定するのは無理な話だ。」
ガルフィンはピシャリと言い放った。
ヤクトミは突き放されたように感じた。


アイツは本当はいいやつなんだ、

犯罪なんて犯すようなやつじゃない、

そう信じたかった、

だが、心がつらい。

それはアイツがやっていることを、本当は違うんだと自分の中で否定しているから。


ヤクトミは黙ってガルフィンの次の言葉を待った。
ガルフィン「信じるというのはそういうことじゃないんじゃないか?」
ヤクトミ「…?」

ガルフィンはコーヒーを啜って背もたれに肘をかけた。
ガルフィン「俺の友人に、セイラムにかけられたバカがいてな」
ヤクトミ「えっ!?」

ガルフィンはどこをともなく中空を見つめた。

ガルフィン「呪いはかけられたが、今しっかりと地に足つけてまっとうな人生を送ってるよ」
ヤクトミ「…!」

ガルフィンはフフッと笑った。
ガルフィン「ソイツが今そうしていられるのも、
      ソイツの可能性を信じてソイツが一人で立てるまで諦めないヤツがいたからだ。」
ヤクトミ「…それが先生?」
ガルフィンは笑った。
ガルフィン「俺じゃあない。
      まあ、俺もソイツに乗せられて立ち直るまで見守ったクチではあるが…なあ、ヤクトミ、」
ヤクトミ「はい」
ガルフィン「お前はどうする?」

ヤクトミ「…」

ヤクトミは背筋を伸ばし、体の空気を入れ替えるように息を吸った。

ヤクトミ「俺は、その人みたいに気ぃ長くありません」

ガルフィン「ほう」

ヤクトミ「会って、問いただして、ついでに一発ぶん殴って、目ェ覚まさせますよ!」

    「先生!」

ヤクトミは立ち上がり、両手を膝につき、深々と頭を下げた。
ヤクトミ「留年しても罰則くらってもいい、シャンドラを探させてください、この通りです!」

ヤクトミは頭の先で、ガルフィンが腕を組んだのがわかった。
ヤクトミ「無理なら…俺、魔導師になるの諦めても、」
ガルフィン「男なら」
ヤクトミは顔をあげた。

ガルフィン「二兎でも三兎でも、目標を追え。
      お前は若い、それができる。
      …年寄りは、そんな若者を応援してやるだけだ、納得行くまでやれ、ヤクトミ」
ただし、とガルフィンは付け加えた。
ガルフィン「その間のゼミ課題や授業の単位は容赦しないからな」
ヤクトミはニヤリと笑った。
ヤクトミ「臨むところです」

ガルフィンはヤクトミを席に着くよう促した。
ガルフィン「ところで獣人の女子の件だが」
ヤクトミ「ああ、シャンドラとエオル・ラーセンに用事があるらしいので、このまま連れて行きます」
さらりと言ってのけるヤクトミにガルフィンは呆れた。

ガルフィン「…協会で一時的に預かろうという話が出ている」
ヤクトミにはその話が突拍子のないことに聞こえた。
ヤクトミ「預かる?重要参考人とか、そういうのですか?」
ガルフィンはため息をついた。
ガルフィン「バカタレ。協会は一般人をトランプのような野蛮な扱い方はせん。」
ヤクトミは苦笑した。
ヤクトミ(あの―…俺目指してんのトランプなんスけど)

ガルフィン「お前の足を遅める原因だろうし、ここいらは獣人差別の色濃い地域だ、オマケに女の子だしな」
ヤクトミは声を上げて笑った。
ヤクトミ「女の子♡なんていいもんじゃないスよ、アイツは」

ガルフィンは眉間を押さえた。
ヤクトミ(こいつ…女子に対する思考回路はシャンドラと大差ないな…
     …ヤツに比べたら少しは大人だと思ったのに…)

ヤクトミ「?どうかしました?」
ガルフィン「どうもせん、だが、"女の子だからな"」
ヤクトミ「???」
ガルフィン「…協会経由で家に帰してやろうとも考えている」
ヤクトミ「あ〜なるほど!
     ならどうしたいかアイツに決めさせますよ、
     言うこときかせようとするとトコトン反発してくるヤツなんで」

「ちょっと!」

突然響いた甲高い声。

ヤクトミは反射的に声の方に顔を向けた。





        



ヤクトミの真後ろには両手を腰に当ててこちらを睨みつけているラプリィ。
ラプリィ「探したじゃないの!」
ヤクトミ「はぁ?だから人と会うっつったろ。」
ラプリィ「あんたのその白髪目立つと思ったけど、
     そこらへんのおじーちゃんと間違えまくったじゃない!」
ヤクトミ「そりゃどーも。あ、先生、コイツです。」

ガルフィンは席を立ち、ラプリィに右手を差し出した。
ガルフィン「魔導師養成学校で教師をしているガルフィンだ」

ラプリィはガルフィンを見つめたまま、呆然としている。
ヤクトミが肘でラプリィをつついた。
ヤクトミ「ほら、握手!」

ラプリィは呆けたままガルフィンと握手した。
ガルフィン(…)
ガルフィンはニコリと笑い、ギュッと握り返した。

ラプリィ「…あたし…半獣人モードで街中にいる獣人、初めて見た」
ヤクトミ「おいこら、失礼だろ…」
ガルフィンはワハハと笑って席につくように促した。
ガルフィン「構わん、珍しいだろう、
      ヤクトミのような温室育ちじゃない証拠だ、厳しい環境を生きてきたんだな」
ラプリィ「…!!」
ヤクトミ「…温室育ちって…」
ヤクトミはガルフィンをじとっと見つめた。
ガルフィン「ハハハ、俺も変わらん。
      外の世界に比べたら、理解のある協会の中はぬるま湯だ。
      だがなヤクトミ、
      重要なのはその温室やらぬるま湯やらにぬくぬくと浸かりきらないことだ。
      俺がいつも口を酸っぱくして言っているだろう?」
ヤクトミ「"世の中を見て体験して学べ"ですね、もう耳にタコできるくらい聞いてますよ」

ラプリィは座ってからもずっとガルフィンを見つめていた。
ガルフィンがこちらを見た。
ガルフィン「注文は決まったか?」
ラプリィ「あ、えと、紅茶…」
ガルフィンは店員を呼び止め注文を取った。

ガルフィン「さて、ラプリィさんだったか」
ラプリィはそういえば名乗り忘れた、と顔をしかめた。
ガルフィン「構わん、君のことはヤクトミからいろいろ聞いたところだ。」
ラプリィはヤクトミを睨みつけた。
ヤクトミ「別に変なこと言ってねぇよ。」

店員が紅茶ラプリィの前に置き、ラプリィが一口啜ってから、ガルフィンは口を開いた。
ガルフィン「シャンドラとエオルを追っているんだってな、会って何をしようと思っているんだ?」

ラプリィは紅茶に角砂糖とミルクを入れた。
紅茶はたちまちラプリィの髪と同じ色になった。
ラプリィ「わかんないけど…多分、お礼が言いたい気がする」
ガルフィン「礼?」
ラプリィ「助けてもらったから」
ガルフィン「そうか…ところで、魔導師協会で君を家族の元に帰そうという話が持ち上がっている、どうだ?」
ラプリィは目を見開いた。

弟は無事なんだろうか、父は、母は、お金に困って、苦しんではいないだろうか。

ラプリィ(…お金…)

ガルフィンの言葉で忽ちに湧いて出た望郷の思いは、一瞬にして掻き消えた。

ラプリィ(…今のあたしが戻っても、食いぶちが増えるだけだ…)

それどころか、今度はまた別のところに売り飛ばされるだけかもしれない。

ラプリィ(やっぱり、"今は"ダメ)

ラプリィはガルフィンを見た。
ラプリィ「いいです、私はまだ帰るわけにはいきません」
ガルフィン「"まだ"?」

次にラプリィはヤクトミを見た。
ラプリィ「あたし、やりたいことできたから」
ヤクトミ「ハァ?」
ラプリィ「あたしはそのやりたいこと目指しながら、フィードさんとエオルさんを追うわ、あんたとは別で」

ラプリィの唐突な発言に、ヤクトミは思わず身を乗り出した。
ヤクトミ「おいおいおい…大丈夫かよ?!
     つーか、そのやりたいことって何!?」
ラプリィは紅茶を啜った。
ラプリィ「なんであんたに教えなきゃなんないのよ、内緒!」

ヤクトミ(ふ…不安だ…)

ラプリィは再びガルフィンを見た。
ラプリィ「そういうことだから」
ガルフィン「君…猫の獣人か?」
ラプリィはきょとんとした。
ラプリィ「そうだけど」
ガルフィンはクスリと笑いながらコーヒーを啜った。
ガルフィン(勝ち気で気まぐれ、猫の獣人の特徴そのまんまだな)
     「君の思った通りにしなさい。ただし、危険な橋は渡らないように。」

ヤクトミはため息をつき、頭をポリポリと掻いた。
ヤクトミ(ヤレヤレ…ガルフィン先生がそう言うなら、まあいっか)
    「まあ頑張れよ」

ラプリィはヤクトミに手のひらを差し出した。
それは明らかに握手を求めている手ではなかった。

ヤクトミ「…」
ラプリィ「女の子がこれから一人旅始めようってのよ!
     餞別の一つでもくれたっていいじゃない!」
ヤクトミ(はい?)
    「ちょっと待て、何で俺が…」
ガルフィン「…」 ←笑いを堪えている。
ヤクトミ「先生!全然笑うとこじゃないから!」
ラプリィ「大人に助けを請うな――っ!」


こうしてラプリィはヤクトミから護身用の短剣と次の街まで程度の食料と旅の道具一式を手に入れた。

体制を整えるため一度協会へ戻ることにしたヤクトミと別れ、
ラプリィは随分久しぶりに1人になった、気がした。
ヤクトミと出会ってから、実際さほど日数は経過していなかったが、
心にポカンと穴が空いたようだった。

ラプリィ(フンだ、あんなヤツでも居ないとちょっと寂しいものね。)
ラプリィは歩き出した。
自分の足音が大きく聞こえた。







        






ナイム国南西部 ポホヨラ街道

フィード「腹減った〜…」
フィードは道端の草を毟った。

エオル「フィード!それ雑草だから!」
フィード「いいや、これはウィンナー…ウィンナーだ…」
エオルは慌ててフィードの手の中の草を払いのけた。
エオル「空腹で幻覚見えるってどんだけ!?1食抜いただけじゃん」
よしのは困ったわと頬に手を当てた。
よしの「フィード様…いつもは5食ですし」
エオル「食べ過ぎなんだよ…」

エオルははた、とよしのの腕の中で気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らすクリスを見た。
エオル「…フィードの腹減りが早いのって…お前がフィードの魔力喰ってるからじゃないの?」
クリスは平然と答えた。
クリス「当たり前だ、俺は魔王級サタンクラスの大悪魔だぞ!
    魔法提供してるだけみたいな単発の契約じゃねーんだ、俺がそいつと契約してる間はキッチリ頂くよ」
エオル「んなっ…!!」
クリス「でも、ソイツが幻覚見てんのとそれとは関係ねー」
エオルは顔をしかめた。
エオル「ハァ!?」

クリスは欠伸した。
クリス「ソイツさっき毒キノコ食ってたぞ」

エオル「フィ――ドオォ―――!!!」

フィード「肉―――っ!!」
クリス「ん?」
フィードはよしのからクリスを奪い取ると、クリスの尻尾にガブリと噛み付いた。
クリス「ギャーー!!」
よしの「やややややめてくださいましっ!フィード様っ!」

エオルはため息をついた。
エオル「もー!まだ次の街まで距離があるってのに…よしのさん!せんゆ!」
よしの「あわわわ…せ、せんゆっ!」

よしのの足元から風が渦巻き、
胸の高さに数個の手のひらサイズの宝玉が、
よしのを取り囲むようにユラリと現れた。
そしてそれは横へ回転し、黄緑色の「癒」とかかれた宝玉がよしのの正面に来た。
宝玉は黄緑色の光を放った。
光の中から現れたのは黄緑色に輝く狛犬。
狛犬はフィードに向けてキャンキャンと吠えた。

フィード「う゛っ」

フィードはクリスを離し、草むらへ駆け出した。
エオル「なに!?」
フィード「下痢ったあぁああ〜〜!!」
エオル(…あほだ)

――数分後――

草むらからげっそりとしたフィードが戻ってきた。
よしの「お加減はいかがですか?」
フィード「…体力を使い果たした…動けねぇ…」
フィードはその場にへたり込んだ。
エオルは眉間を押さえた。

「こら〜!!」

遠くから男の怒号が聞こえる。
見ると進行方向から箒を振りかざして駆け寄ってくる老人。

老人「貴様ら〜ここは野グソ禁止だ〜!!」
エオル&よしの(ええ――――っ!?)

老人はエオルに箒を突き出した。
老人「今すぐ回収せんか!!」
エオルはそっと箒を老人に向けて寄せた。
エオル(え〜と…)
   「え、栄養になるからいいんじゃないですか?」
老人「魔物のな!!」
老人はエオルから箒を受け取らなかった。

老人「全く、旅人が生ゴミやらなんやらを捨ててゆくから、
   それ目当てで魔物が寄ってきて、地元民が通りづらくなっとるんじゃ!」
エオル「うわ…ご、ごめんなさい…」
フィード「グダクダうっせぇじいさんだな」
エオルは血の気が引いた。
エオル「フィードォォ!!」

フィード「別にここいらは人間様だけのモンじゃねーだろーが」
エオル&老人「屁理屈だ―――っ!!」
フィードは耳をほじりながら欠伸した。
フィード「別に腹空かしてたり、ちょっかいだしたりしなけりゃ何もしてこねーだろ、
     それともなんだ、
     (それとは関係なく襲ってくる)クリミナルモンスターでもいるってのか?だったら退治してやんよ」

老人はわなわなと体を震わせた。
老人「なんじゃこの不届き者は!!」
エオル「すいません!こいつもともとこういうやつで、悪気は、」
フィード「しょうがねぇな」
フィードは草むらに手をかざし、ブツブツと呪文を唱えだした。
フィード「小爆炎グラン・デ!!」

ドガァン…!!

フィードが手をかざした先の草むらは土を巻き上げ吹き飛んだ。
老人「ぎゃ〜!!草むらがあぁ!!」
フィードはカラカラと笑った。
フィード「野焼きだ野焼き!!」

ゴスッ!!
エオルの拳がフィードの脳天にめり込んだ。





        



老人「何てことをするんじゃ〜!!」
エオル「すみませんすみませんすみません!」
フィード「おいジジィ」
フィードは腕を組んだ。

フィード「これ以上俺様に野グソされたくなかったら、こっから一番近い便所に案内しろ!」
エオル(この人なんでこんな偉そうなの!?)
老人「野グソで脅すとはなんと凶悪な!!」
よしの「おじいさん、ごめんなさい。
    "お手洗いを貸してください"と申し上げたいだけなのです。」
老人&エオル「え?あぁ〜!」
フィード「なぜよしのの言葉は納得する!?」

老人はエオルから箒を取り上げた。
老人「近くにレストランがある、案内してやるわい」
エオル「本当ですかっ!?」
よしの「感謝します。」
フィード「よし、なんか偉そうなのは気に喰わんが、さっさと案内しろ」
再びエオルのゲンコツがフィードの脳天に降ってきたのは言うまでもない。

しばらく進むと道が二手に分かれ片方には看板が立てられていた。
エオル「"MILD CAT HOUSE"?聞いたことある!リピーター続出の超人気老舗!!ここだったんだ!!」

老人は扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」
奥から爽やかな声。
真っ白なコックの服を纏った短髪の若い男。
コック「お!じーさん、お客さん連れてきてくれたの?」
老人「客というか…まあ、招かねざる客じゃな」
フィード「便所どこだ?」
コックは一瞬キョトンとし、それからクスリと笑うとフィードを案内した。

エオル「…せっかくだし、ここでお昼とろっか」
よしのは微笑んだ。
エオル「おじいさん」
店から出ようとしていた老人は足を止めた。
エオル「お詫びとお礼にご馳走させてください。」
老人は首を横に振った。
老人「ワシはここのメシは食わん」
エオル「?」
老人は嬉しそうに笑った。
老人「実はヤツの最初の客が儂でな、その時のメシが不味いのなんの」
エオル「人気店なのに!そんな時もあったんですね!」
老人は頷いた。
老人「その時にあの若造コックに言ってやったんじゃ」

"人に出せるくらい美味いメシ作れるようになったらまた食ってやる"

エオル(ハハハ…きっついなあ)
老人は背中越しに手をひらひらと振った。
老人「人は集まっているがの、儂に言わせりゃまだまだじゃわい」
老人は店を出た。

よしのは小首を傾げた。
よしの「召し上がっていないのにどうして"まだまだ"だとわかるのでしょうか?」
エオルはクスリと笑って閉じたドアを見つめた。
エオル「さあねぇ」


順番が来るのを待ち、ようやく席に着くことができた。
しかし、フィードが戻ってこない。
エオル「そんなにヤバい毒キノコだったの?アイツどんなの食ってた?」
よしのは膝の上で気持ちよさそうに丸まるクリスを見た。
クリス「藍色で黄色いボーダーの、幻覚見えるやつ」
エオル「…"ジョイフルマッシュルーム"!?」
クリス「人間はそう言うのか」
エオルは頭を抱えた。
エオル「授業で散々やった、"絶対食べちゃダメな野草"の一つだよ…も〜!」
よしの「よ…様子を見て参ります!」
エオル「いいよ、よしのさんのおかげで下痢で済んだし、自業自得!
    放っておいて、俺たちはおいしいご飯でも食べてよう!」
よしの(大丈夫でしょうか…)

店内は非常に賑わっていた。
老若男女人種問わず、色々な人々が席を埋めていた。
エオルをクスリと笑った。
エオル「料理でここまで色々な人々が集まる空間にできるなんて、スゴいなあ。」
ウエイターが慌ててやって来た。
ウエイター「遅くなってすみません!」
エオル「いえいえ、スゴい盛況っぷりじゃあないですか!」
ウエイターはニカリと笑った。
ウエイター「うちはリピーター率99%ですから!」

エオルの笑顔が引きつった。
エオル(はい?)
   「…えと、何が皆さんをそこまで引きつけるんでしょうね?」
ウエイターはニカリと笑ったまま答えた。
ウエイター「食べたらわかりますよ!」
料理を注文し、ウエイターが去った後、エオルはポツリと呟いた。
エオル「…変な意味じゃなきゃいいけど」
よしの「?」
エオルには最早、周囲の歓談が異様なものにしか感じられなかった。


ザー…

フィード(フゥ!快調快調!)
トイレから出て、ハタと立ち止まった。
左右を見る。
フィード(どっちから来たっけか?)
鼻を掠める香ばしい香り。
フィード「食いもんの匂い!!」

匂いを辿って廊下を進むと、目の前に広がったのはコック達の戦場であった。
フィードのすぐそばのテーブルには出来上がった様々な料理。
フィードの目が光った。
料理にそろっと手を伸ばす。
「いけないいけない!」
フィードは手を引っ込めた。
「大事な仕上げを忘れていた。」
先ほどフィードをトイレに案内したコックだった。
そのコックはソルトケースを、それぞれの料理に一振りずつ振っていった。
ソルトケースからは白い粉がパラパラと出ていた。
フィード(…?さとう?)

「お客様」
フィードは背後から肩を叩かれた。




        



フィード「あ゛ん?」
いくつかの料理を腕に乗せたウエイター。
「お席はあちらになります。ご案内いたしますよ。」

エオル「あ、戻ってきた。」
よしの「フィード様!!お加減はいかがですか!?」
フィードはカラカラと笑った。
フィード「快調!」
フィードがドカリと席につくと、ウエイターはエオルとよしのに料理を差し出した。

エオル「ん?」
よしの「??」
フィード「…!」

差し出された料理は完全に冷めきっていた。

ウエイターはフィードに笑顔を向けた。
ウエイター「当店はリピーター率99%のレストランでございます。
      お客様も是非注文いかがですか?」
フィードはエオルとよしのの目の前に置かれた料理を指差した。
フィード「冷めてんじゃねーか。」
ウエイターは笑顔のままだった。
ウエイター「大丈夫ですよ、一口召し上がって頂ければ。」
エオル「?」
よしの「?」
フィード「…」

ザワザワ…ガヤガヤ
周囲の歓談は変わらず続く。

フィード(最近が最近だから神経質になりすぎかもしんねぇなぁ)
    「仕上げに料理の種類に関係なく振りかけてた白い粉はなんだ?」
エオル「粉?」
ウエイター「当店の秘伝の調味料ですよ。配合は企業秘密です。」
フィード「リピーター率99%ってなんだ?有り得ねぇだろ、そんなん。」
ウエイター「召し上がっていただければわかりますから。」


チリンチリン…

入り口の鐘が鳴った。
先ほどの老人が入ってきた。
老人「いかんいかん、箒を忘れた。…ん?」

フィード「こんな得体の知れねえモン食えるか!!」
フィードはウエイターにつかみかかった。

「得体の知れない物?」
「なんだと」
「あいつ…ここの料理を貶しやがった」

客たちが一斉に立ち上がった。

フィード「はぁん」
エオル「99%ってそういうこと」

「はいはーい!」
手をパンパンと叩きながら、先ほどの青年コックが奥から現れた。
ウエイター「店長…」

店長と呼ばれたそのコックはフィードの前に歩み寄ると、両手を腰に当ててニコリと笑った。
コック「クレームなら承りますよ、どうなさったんです?」

フィードはテーブルの料理を指差した。
フィード「冷めてるし、変な粉がかかってる」
店長は困ったように首を傾げた。
店長「そこがウチのウリなんですよ〜」

フィードは周囲を見渡した。
フィード「随分凶暴な客共だな」
店長「皆さんここの料理を好きでいてくださる」
フィード「ケチつけるヤツはああやって排他か?
     そりゃあリピーター率99%にもなるわな。」

店長「ええと…料理に対する"ご指摘"でよろしいんですよね」
フィード「そうだな…どちらかと言えば、」
フィードはニヤリと笑った。

フィード「"秘伝の調味料"に対する"ご指摘"だ。」

店長の笑みが僅かに引きつった。

店長「…どちらでそんな話を」
フィード「たまたま見えちまったんだよ。」
店長はニコリと笑った。
店長「他のお客様のご迷惑になりますし、奥へご案内いたします。」

フィードたちが店の奥へ連れて行かれると、客は皆、何事もなかったかのように食事を続けた。

老人「…!?」





        



店長「さて、」
店の奥の休憩室。
そこは簡素なテーブルと数脚の椅子があるだけのこじんまりとした部屋だった。

店長はテーブルの上に件のソルトケースを置いた。
店長「こちらがご指摘いただいた"秘伝の調味料"ですが…」
フィードはソルトケースを手に取った。
店長「何か不審な点でも?」

フィードはよしのの腕の中に目をやった。
フィード「クリス、お前ちょっとこれ食ってみろ」
クリスはぷいとそっぽを向いた。
フィードは頭をポリポリと掻いた。
店長はクスッと笑った。
店長「あーあ、そっぽ向かれちゃいましたね」

フィードは店長に向けてソルトケースを差し出した。
フィード「お前、ちょっとこれ食ってみろ」

店長「エ…」

ソルトケースをチラリと見る。

店長「…僕はもう飽きるくらい味を知っていますので…」
フィード「それは、こいつを振りかける前の料理の話か?」
店長「いえ」
フィード「じゃあ別に今ここでこいつを食っても問題ねぇじゃねーか」
店長は笑った。
店長「僕が今ここでそれを食べて、何かわかるんですか?
   味に問題あるようでしたらお客様の舌で確かめ」

ガン!

フィードはソルトケースを勢いよくテーブルに叩きつけた。
フィード「俺様は超〜〜〜〜〜潔癖症でなぁ」
エオル(さっきまで野グソだのなんだの言ってなかった?!)

フィードはニヤニヤしながら顎を上げ、店長を見下ろした。
フィード「毒味させてからじゃなきゃメシなんぞ食えねぇんだよ!だがしかし、」
クルリと踵を返し、エオルとよしのの肩に手をかけ、フィードは続けた。
フィード「俺様の大事な毒見係にこんな明らかに得体の知らねぇモン食わせられっか?」
エオル(大事じゃないから毒見係なんてあるんでしょー!!)

店長は何も言わず、ただ唇を噛んだ。

ガチャリ…

「どういうことじゃ?」
ドアが開き先ほどの老人がゆらりと現れた。
店長「な…なんだよじいさん、盗み聞きかよ」
老人「それはなんじゃ」
店長「ただの調味料だよ」
老人「なぜ客の言うとおり口につけん」
店長「いや、だから」

バシィ!

老人は箒で店長の頭を思い切り引っ叩いた。
フィードはヒュウ♪と口笛を鳴らした。
老人「自分が口をつけられんものを、客に出したのか!!」
店長「…いいじゃない、美味しいって、みんな言うんだから」
老人は箒を構えた。
老人「あの調味料はなんじゃ!!!」
店長「魔薬だよ」



老人の手から箒が滑り落ちた。
老人「な…」

老人は店長の胸倉を掴んだ。
老人「なぜじゃ!!なぜ…」
店長「しょうがねぇだろ!!」
店長は声を荒げた。

店長「…俺の腕じゃあ、店たたむしかないんだよ…!」

老人「何を…」

店長はその場にうずくまった。
店長「俺じゃ、あんたの店の味を作れない…」

フィードたちは老人を見た。

店長「あんたから店貰って、客はドンドン離れて行っちまったんだよ…誰も俺の平凡な料理食いにこんなとこまで…」

――このヘンピな場所に店を構えて、だが客の途絶えない、この目の前の男の料理にあこがれた。
――自分もこの男のように腕だけで人を集められるコックになりたいと。

老人「当たり前じゃ!」

店長「…」

老人「離れて行った客は、儂の客じゃ!
   ……お前はお前の味で客を作ればいい…儂はそう思っておったんじゃ…」

店長「…」

フィード「??話が見え」
エオルはフィードの口を塞いだ。
エオル「水差さないの!」

老人「魔薬なぞ…一体どうやって手に入れたんじゃ…」
店長は目に涙をため、答えた。
店長「旅人の客からもらった…」

――これを使えばみんな俺の料理を好きになる。
――…好きなのは俺の料理じゃなくこの魔薬…。

店長「わかってたんだ、自分の料理で引き止められないと意味がない…
   …でも…また客が離れていくのが怖かった…」
老人「…大バカ者が…!!」

フィード「バカなのはじーさんだろ」

エオル「フィ、フィード!?」
老人「なに…」




        



フィードはふんぞり返った。
フィード「要は超有名店の看板を背負いきれねぇヘタレを後がまに選んぢまったんだろ?」
老人「こやつはヘタレではない!」
店長「…」

フィード「離れて行った客がじーさんの客なら、この店もじーさんの店だ、
     そんなに大事な看板なら墓に一緒に持っていけ」
エオル「フィード…大事なものだからこそ、残しておきたいんだと思うよ」

フィードは店長を指差した。
フィード「だが、残しておける器がなかった。」

店長「…もう終わりだ…客に…なんと言えば…」

フィード「一個方法があるぞ」
エオル「…?」
店長「?」
老人「?」


フィード「ただし…」




店長「…いいのか…じいさん…」
老人「お前の店じゃ、お前が決めていいんじゃ」
店長はすうと深呼吸した。



フィード「おらおらぁ―!!」
ホールに響くだみ声。
客たちは声のほうに目を向けた。

フィード「俺様たちは!」

エオル「だ…W・B・アライランス!!」

フィード「この店に爆弾をしかけた!」

ホールがざわめいた。

よしのは息を吸った。
よしの「"死にたくなけりゃ、とっとと逃げ"…てください!」

「だ…W・B・アライランス!?」
「犯罪魔導師の!!」

フィード「ふふふ、俺様たちは魔導師だから、爆発でも死なねーが」
エオル(死ぬよ普通に!)
フィード「…ハッタリじゃねぇぞ?」

客たちは堰を切ったように我先にと出口に詰めかけた。
フィード「ハッハッハ!!良い眺めだなあ!!」
エオルは小声で呟いた。
エオル「ハッタリじゃん」
フィードはニヤリと笑った。
フィード「爆弾を仕掛けたってのはな」


――店の外
店長「みなさん、大丈夫ですか!?」
「店長さん!!W・B・アライランスが!!」
店の中からフィードたちが姿を現した。
フィード「おやおや〜皆さんお揃いのようで?」

客の一人が指差した。
「何考えてんだ!!」
フィード「こう考えてんだ!!」

フィードはクルリと背を向け、手をかざした。
かざした先は店――
フィード「低爆炎破ニアフ・グレ・ネルド!!」


ドガアァアン!!


店は跡形もなく、無数の火の粉が舞った。
フィード「この俺様にマズいメシ食わせた罰だ!!」
そういうとW・B・アライランスは立ち去った。


「な…なんとひどい…」
「て…店長…」
店長は客たちに向かい、地面に両手をついた。
「!?」


――『こんな過去の栄光で腐った店、ぶっ壊してやる。』

――『クスリ漬けの客共は来る場所がなくなる、そうすりゃ自分がおかしいことにも気づくだろうよ』

――『そうしてお前はお前の店を好きなトコに出せばいい』

――『ただし、』


――『お前は、じいさんを裏切った罪と、客を裏切った罪をキチンと償えよ』


店長の告白に、客たちの顔色が変わる。
客たちに囲まれ、だが額を地面につけ続ける店長を、老人はただただ見つめていた。
その目には、大粒の涙がたまっていた。









        



「ようやく見つけたぜ」

ハンチング帽を目深にかぶり、無精ひげで顔半分を黒と白の斑にした、小太りの中年男。

ハンチング帽の男が声をかけた先には、
ボサホザとしたフェルトのような髪にジャモジャとした髭面、
力士のような大男――魔薬"免罪符"事件主犯 ギルティン

ギルティンは首を傾げた。
ギルティン「はて?俺はお前とどこかで会ったか?」
ハンチング帽の男は笑った。
ハンチング「覚えがないならまあいいや、なあ、アンタを手伝わせてくれよ」
ギルティンはガハハと笑った。
ギルティン「唐突だな、なんだお前。」

ハンチング帽子の男はニヤリと笑った。
ハンチング「恨みがあるんだ、魔導師に。」



        
        
        
KT … カイセツ(K)とツッコミ(T)
      またの名を
      カユイ(K)ところにテ(T)がとどく


      
       
p.2    フィードが魔導師として卒業していて、ヤクトミはまだ学生の身なわけですが、
       魔導師として卒業するには単位をとっていることと卒業試験をパスすることが条件です。
       ただ、卒業試験をいつ受けるかは自分で決めてよいというルールがあります。
       ヤクトミは今のところ研究生的な位置づけで、まだ残って勉強していたいから学生のままでいるといったところです。
       

p.4    半獣人モード
       獣人は
       人化 ←→ 半獣化(半獣人モード) ←→ 獣化
       の3段階に変身できる。
       ただ、周囲の目があるため、
       大半の獣人は普段「人化」モード(人間の容姿で尻尾など体の一部のみ獣人の部分を残した姿)で過ごしている。
       ガルフィン先生がいつも犬男(半獣化)でいるのは単なる主義。
       
       ラプリィは紅茶に角砂糖とミルクを入れた。
       一口すすってストレートじゃ飲めないと判断(笑)
       
       弟は無事なんだろうか、父は、母は、お金に困って、苦しんではいないだろうか。
       ラプリィの家は貧乏で、弟が病気になり、お金が必要だったためラプリィを売ったのでした。(第2話)

       
p.5    お気づきかもしれませんが…
       作者はう○こネタが大好きだったりします。
       うん○ネタ第2段(笑)
       
       地元民が通りづらくなっとるんじゃ
       老人はレストランに安全にお客さんが来れるよう毎日ボランティアで街道を整備しているのです。
       

p.6    ここでコックが出迎えたのは店長だったため上客に本日のメニューの説明をしていたみたいです(ほら、あの、テレビでよく見るやつ)

       料理にそろっと手を伸ばす。
       行儀の悪い子…!!


p.7    フィードはウエイターにつかみかかった
       なんという盛大なクレーム(笑)とことん凶暴なやつです。まあ、「神経質になりすぎ」と前置きはありますが。
       世の男性諸君はもっとスマートにしないと彼女に呆れられてしまうかもしれないので注意ですよ(沈)
       
       
p.9    俺様たちは魔導師だから、爆発でも死なねーが
       一般人は魔導師をこんな風に勘違いしていることが多いです。
       基本、人間と思われていません(笑)
       イメージとしては小学校のころの先生ですかね。
       当時は先生は絶対間違うはずのないすべてが正しい絶対的な存在でした。と思ってました。
       そんな感覚。


p.10   ハンチング帽の男
       第7話、第8話参照。
       
       
       2010.7.11 KurimCoroque(栗ムコロッケ)